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第一〇六話 越後の洗礼、トラウマの二人

 温泉に、ゆっくり浸かり、心身ともに、癒された一行は、

 翌早朝、まだ、夜明け前の、暗い中を、飯山を、出発した。

 次の、宿場町は「十日町」新潟エリアの、入り口だ。

 ここから、約半日の、道のり。そして、その道のりは、険しい、山越えとなる。


 県境を、超え、峠道へと、差し掛かる。

 足場は、悪く、道も狭い。まだ、朝のうちだというのに、日の光は、木々に遮られ、薄暗い。


 その、薄暗い、峠道の、ちょうど、真ん中あたりに、それは、いた。


「……あれは……!」、龍也の、声が、震える。


 その名は、「コシヒビー」

 巨大な、黒牛の、体に、背からは、金色の、稲穂が、無数に、生えている。

 その、眼は、稲光のように、ぎらついてる。

 蹄が、一歩、地面を踏みしめるたびに、稲が生え、峠道を、瞬く間に、覆い尽くしていく。

 まるで、飢餓と豊穣。二つの、相反する力を、内に秘めた、山の主のような、威容だった。


「来るぞ!」、シンジの、警告が、飛ぶ。

 コシヒビーが、巨大な、角をこちらに、向けた。


「グォォォォォォォォ!」

 その、咆哮と共に、雷を帯びた、猛烈な突進が、始まった。

 大地が揺れる。


「アイスウォール!」、かすみが、咄嗟に、氷の壁を、作り出す。

 しかし、コシヒビーは、その速度を、一切緩めない。

 ドォォン!

 氷の壁は、まるで、紙のように、粉砕され、その衝撃に、大きく後退させられる。


「くそっ!硬え!そして、速え!」、シンジが、歯ぎしりする。

 コシヒビーは、攻撃を、受けるほど怒り、そして、肉体の硬度と、圧倒的な、突進力による、物理的な脅威だった。


 その、間にも、コシヒビーの、背から生えた、稲穂が、鞭のようにしなり、鋭い刃のように、龍也たちを、切り裂こうと、襲いかかる。

 そして、口からは、粘り気のある、餅のようなものが、次々と、吐き出される。

 それが、地面に、着弾すると、ベタリと張り付き、足場を奪っていく。


「ヴォルト!」、ゆうこの雷が、コシヒビーの、巨体に、直撃する。

 しかし、普通の雷では、全く、効いている様子がない。


「くそっ!わしの、雷が、効かんじゃと!?」

「アルドゥル!」

 かすみの、炎魔法も、同様だ。

 巨体を、包み込むほどの、炎が放たれるが、コシヒビーは、びくともしない。


「……何か、弱点、ないか!」、龍也が、叫ぶ。

 その時、かすみが、閃いた。


「……水と、氷に弱いかも……!」

「かすみ!氷系を、集中させろ!」龍也の、指示が飛ぶ。

 かすみは、杖を構え、一点に、魔力を、集中させる。

「アイスアロー!」

 無数の、氷の矢が、コシヒビーの、巨体に、降り注ぐ。

 さすがに、その、冷気に、コシヒビーは、一瞬、怯んだ。


「今だ!じんた!」

 じんたが、シーフの、俊敏さを、最大限に、発揮し、足元へと、駆け寄る。

 そして、その、暗殺者の指輪に、仕込まれた、針を、蹄の、付け根に、突き立てた。


「チクッ!……グォオオオォォォ!」

 急所ではない。しかしその、一撃が、コシヒビーに、強烈な、痛みを与えた。


 痛みで、体勢を崩し、その場で、暴れ回る。

 その、巨大な身体が、ぐらりと、揺れた、その隙を、シンジとレンは、見逃さなかった。

「双牙!」シンジの、鈎が、コシヒビーの、首元を、切り裂く。

 レンの、破城剣が、その、腹部を、深々と貫いた。


 コシヒビーは、断末魔の、咆哮を上げた。

 その、巨体は、力なく、地面に崩れ落ち、動かなくなった。


 戦いは、終わった。

 一行は息を、弾ませながら、その巨体を、見下ろす。

 全員、満身創痍。かなりの、苦戦だった。

(……幹部級に近い、強敵……なるほど、これが新潟の、洗礼か)

 龍也は、改めて、この先の旅路の、厳しさを、実感していた。


 峠道を越え、道も少し広くなった。両側には、鬱蒼とした、林が広がっている。


「ここ、何かええかんじ、じゃな」

 ゆうこが、そう言うと、かすみと、二人で、林の中へと、ずんずんと、入っていった。

 それは、彼女らにとって、旅の、大きな楽しみの一つだ。


 龍也は、そんな、二人の、姿を、温かく、見守っていた。

 しかし、じんたと、シンジは、決して、林の中には、入ろうとしない。


「……僕、警護します」

 レンが、そう言うと、破城剣を構え、林の入り口に立った。

 薬草探しに、夢中な二人の、後方を見守る、彼の背中は、頼もしい。


 しばらくして、満足げな、顔で、ゆうこと、かすみが、林から、戻ってきた。

「……ええ薬草が、見つかったわい!」

 ゆうこが、嬉しそうに、採取した、薬草を、見せる。

「はい!私も、珍しい、薬草を、見つけました!」

 かすみも、目を、輝かせている。


 日が、傾き始めた、夕刻前に、ようやく、十日町の、門が、見えてきた。

 新潟エリアの、最初の、宿場町。


 宿を取り、まずは、長旅の、疲弊した、身体を癒す。

 湯に浸かり、身体の、汚れと疲労を、洗い流した後、街の食堂へと、向かった。

 地元の、人々で賑わう、活気のある食堂。

 龍也が、店主の、おばちゃんに、名物を、尋ねると、彼女は、にこやかに、答えた。


「おお、そりゃあ『へぎそば』じゃな!こればっかりは、他所じゃ、食えんよ!」


 へぎそば。

 つなぎに、布海苔フノリという、海藻を使用し「へぎ」と呼ばれる、四角い木の器に、一口サイズで美しく、盛り付けられるのが、特徴。

 布海苔を使うことで、つるつるとした、喉越しと、弾力のある、独特の歯ごたえが生まれ、食べやすく、見た目も美しい蕎麦。


「……そりゃあ、美味そうじゃな。……おばちゃん、それ、六人前、ちょうだい!」

 ゆうこの、その、言葉に皆が、歓声を上げた。


 しばらくして、運ばれてきた、へぎそば。

 その、見た目の、美しさに、皆、思わず、息を飲んだ。

 緑がかった、蕎麦が、一口サイズで、丁寧に、へぎに、盛り付けられている。


 龍也は、まず、一口、すすった。

 つるつるとした、喉越し。そして、歯ごたえ。

 蕎麦の、香りと、布海苔の、独特の風味が、口の中に広がる。


「……こりゃあ、美味いな!」

 そう、唸ると、皆も、それぞれの、へぎそばを、口に運んだ。


「のど越し、最高だべ!」「ぶち、うまいわい!」「美味しいです!」

 皆、口々に、感嘆の声を、上げる。

 魔物との激闘で、消耗した身体に、その滋味深い、蕎麦が、じんわりと、染み渡っていく。

 それは、明日への、活力を与える、最高の食事だった。


 食堂は、一行の、賑やかな、笑い声に、包まれている。

 十日町の、夜は、静かに、更けていくのだった。

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