第一〇四話 古寺の想いと復興の兆し
皆がようやく動けるようになったのは、昼を少し回った頃である。
再び、商店街へと、買い出しに、やってきた。
手にしたリストには、秋田までの、長旅を、乗り切るための、膨大な、品々が、記されている。
まずは、保存用の、食料だ。
パン、干し肉、乾燥野菜、そして、龍也が、特別に厳選した、缶詰類。
次に、野外でも、本格的な、料理が、できるよう、調理器具を、一式揃える。
そして、最後に、野営用の寝具だ。
シュラフ(寝袋)、簡易テント、折りたたみ式の、椅子とテーブル。
龍也が、それらを、キャリアカーに、積み込んでいると、ゆうこが、眉をひそめて、尋ねてきた。
「……シュラフ?……野宿、するんか?」
その、言葉に、じんたの、顔色が、さっと、青ざめる。
「秋田までは、長旅だ。この先、大きな町しかないなら、途中で、野宿するしかないだろう」
「そんじゃあ!ゾンビが、来っかもしんねえじゃねえが!」
じんたが、恐怖に、震える。
「そうじゃ!わしも、いやじゃ!」
ゆうこも、それに、続く。
「……困ったもんだな」
龍也は、ため息を、ついた。
ゾンビは、夜行性。そして、彼らが、最も苦手とする、魔物だ。
野営は、避けられない。
しかし、その、恐怖心を、どうにかしないことには、旅の、進行に、大きな、支障を、きたすことになる。
龍也は、ちらりと、ゆうこと、じんたの、顔を、見た。
その、不安げな、表情、彼の心に、一つのアイデアが、閃いた。
(……もしかしたら、あの、古寺の、力なら……)
龍也は、その、アイデアを胸に、次の店に、行った。
「レン、ちょっと」、龍也が、こそっと、呼んだ。
「はい、なんですか?」不思議そうに聞いた。
「あそこの店、覚えてるか?」小声でいい、龍也が指さした、露店だ。
「覚えてます、かすみさんの買った店ですよね。」
「ああ、行って、買ってこいよ」お金渡して、促した。
「いいんですか?有難うございます」
かすみを誘って、二人で、入っていった。
今回、長野に戻ってきた理由の一つに、戦いで、粉砕した、髪飾りを買ってやりたかったのだ。
長野での、最後の買い出しを、終えた。
「……よし……皆、よく、聞いてくれ」
龍也は、宿に戻ると、買い込んだ、荷物を、整理しながら、皆に告げた。
「……今回の旅では、野宿も、増えるだろう。……そこでこの、長野の、古寺の力に、頼ろうと思う」
その言葉に、皆が、首を傾げる。
龍也は、あの、飯山の神社で、神主から、聞いた「風花勾玉」の、伝説について説明した。そして、その勾玉の、清浄な力が、街から魔物を、寄せ付けない結界を、張っているということ。
「……そして、あの時、ゆうこの懐の龍玉が、光を放っただろう」、じんたを、見た。
「……お前も、知っているはずだ。……あの、野沢温泉の、戦いで、ゴモラの背中に、護符を、貼り付けた時、ゴモラの、波動が、止まった」
「……つまり、この古寺にも、同じように、何かの清浄な力が、宿っている、ということか?」
シンジが、静かに、問いかける。
「ああ。……俺は、そう思う。……そしてもし、その力が、借りられるのなら……」
龍也は、再び古寺へと、向かった。
住職は、龍也の、話を聞くと、深く頷いた。
「……なるほど。……そなたの、言うこと、理解いたしました。……たしかに、この寺の、『護符への念入れ』は、魔を、寄せ付けぬ、力を持っております。……しかし、それは……旅路の、安全を、約束するものでは、ございません」
「……分かっています。……しかし、もし、その念の、一部でも、お借りできるのなら…………野営の際、せめて、皆が、安心して、眠れる場所を、作りたいのです」
龍也の、その、真摯な願いに、住職は、しばらく考え込んだ。
そしてやがて、彼は、一つの、小さな木の札を、龍也に手渡した。
それは、寺の、護符だった。
「……この護符には、この寺の、念の、ごく一部の力を、宿らせて、ございます。……これを、野営地に、立てることで、一時的に、魔を、寄せ付けぬ、結界を、張ることができるでしょう。……ただし、その、効力は、半日ほど。……そして、使用できるのは、一度だけ。……乱用は禁じます」
住職は、そう言って、優しく、微笑んだ。
龍也は、深々と頭を下げ、その護符を、懐に、大事にしまった。
これは、ただの、お札ではない。
温かい、人々の祈りと、そして、寺の歴史が、詰まった、希望の光だ。
宿に戻り、龍也は皆に、その護符のことを説明した。
「……これで、安心して、野宿できるだろう」
「すげえ!タツヤ、神様みたいだ!」
じんたが、目を、輝かせている。
龍也は、苦笑いした。
その、夜は、皆、安堵に、包まれて、深い眠りについた
翌朝。
日課を、終えると、ちょうど、シンジとレンが、朝のロードワークから、帰ってきたところだった。
レンもすでに、日課として毎日、走り込んでいる。
朝食を、皆で済ませ、宿を出る。
「……では、行ってきます」
「……うむ。……気をつけて行け。……そして、また会おう」
三上隊長は、にこやかに、頷いた。
三上隊長に、見送られ、再び、飯山の街を目指し、出発した。
飯山までは、長い。しかし、もう、彼らの心に、不安はない。
強敵との戦いを、乗り越え、新たな力を、手に入れ、そして、互いの絆を、深めた、彼らにとって、どんな困難も、乗り越えられる、という、確かな自信が、あった。
道中、現れる魔物も、彼らの、行く手を、阻むことは、できない。
そして、無事に、飯山の街に、到着した。
翌朝
宿の主人が、
「……旦那さんたち!いい、知らせが、あるよ!」
野沢温泉の、復興が、進み、もう、温泉にも、入れるようになった、というのだ。
「……あの、毒の湯が、また、最高の、湯に、戻ったと、聞いてるよ!」
その、言葉に、皆の顔が、パッと、明るくなった。
「ほんとけ!」「やったー!」「行ってみましょう!」
龍也は、皆に、頷き、荷物もそのままに、一行は、野沢温泉へと、向かった。
まずは、状況確認。そして、何よりも、最高の湯に、浸かるために。
彼らの、新たな、温泉の旅が、今、始まろうとしていた。