第一〇〇話 秘湯の嘆き、野沢菜の温もり編 その七
宿に戻り、一行は、最終の、おさらいと、準備を整えた。
シンジやレンは、それぞれの武器を、念入りに磨き、かすみやじんたは、道具の手入れを、行った。
龍也は三上隊長と、明日からの、現地での動きについて、詰めの相談をしていた。
「……我々が連携し動く、その僅かな隙に、三上隊長は、あのローブの男を、討つ。……それで、よろしいですね」
「うむ。……任せておけ」
その、緊迫した、作戦会議の、かたわらで。
一人、元気のない、ゆうこが、いた。別に、機嫌が悪いとか、いじけているわけではない。
ただ、明らかに元気が、ないのだ。
「……どうした、元気ないな」
龍也が、声をかけると、ゆうこは、「なんでもない」と、そっぽを向く。
「……少し、散歩するか」
そう言うと、皆に、簡単に、伝えて、二人で、宿を出た。
人目を気にする事なく、手をつないだ。
「……なんじゃ、はずかしゅうなるわい」
ゆうこが、少しだけ、照れくさそうに、言う。
日中堂々と、おっさんと手をつなぐのは、おっさんも、はずかしいのである。
「何、気にしてんだ。恥じらうことも無いだろう」
二人は、ゆっくりと、歩いた。
「……それで、どうして、元気ないんだ?」
改めて、尋ねる。
「……もう、朴念仁、なんもない!」
そう、ぶっきらぼうに、言うが、その顔には、まだ、影がある。
「……『ない』顔じゃないだろう」
歩みを止め、ベンチに、彼女を、座らせると、前に立ち、その顔を、覗き込んだ。
「……お前が、元気ないと、俺が、困るんだ」
その、言葉に、ふっと、笑った。
「……なんじゃそら」
隣に、座ると
「……あはは。……五十、超えた、おっさんが、何言ってんだよな。……あー、はずかし」
ようやく、彼女が、心から、笑った。
「……どうした?」
龍也が、優しく、問いかける。
「……ほんま、なんでも、ないんよ……じゃけど、なんで、あの光が、うちじゃのうて、かすみなんじゃろうって…………思うただけじゃけぇ」
その、小さな呟き。
「……それは、わからん」
肩を、抱き寄せた。
「……だけどな、あれは、俺たち、皆の、光だと、思ってる。俺も、何かを感じ、ゆうこが、光を放ち、かすみが、共鳴し、あの宝が、共鳴し、形となったのが、髪飾りな、だけだと、思ってる」
「……言ったろ。お前がいて、皆もいて、それが全てだ」
「……それと、朝の、あれなんだが、あの……その、する、とか……」
彼の言葉を、遮った。
「……分かっとるけえ……何も、言わんでええよ……望んどらんとは、言わんけど…………今じゃのうてええ。……なくてもええ。……もう、そういう事のところにおらんけえ。……今のまんまでええ」
そう、言うと頭を、擡げた。
その、言葉は、相変わらず、漢らしかった。
龍也は、その小さな、何よりも、強い身体を、強く抱きしめるのだった。
その夜。
飯山の宿の食堂で、決起夕飯が、開催された。
明日、いよいよ、野沢温泉へと、向かう。
ヤマタノゴモラと、ローブの男を、討つための、最後の、宴だ。
テーブルの上には、豪華な料理が、所狭しと、並べられている。
しかし、いつもと、一つだけ、違うことが、あった。
酒が、ない。
明日の、決行に、備え、酒は、禁止なのだ。
「……乾杯じゃあ!」
ゆうこの、元気な、声が、食堂に、響き渡る。
皆の、グラスには、冷たい水が、注がれている。
しかし、その、一杯には、明日への決意と、仲間への信頼が、ぎゅっと詰まっていた。
「……皆、明日、絶対に、倒して、ここに帰ってこよう!」
龍也の、力強い言葉に、皆が応える。
「「「「「おう!!」」」」」
酒がなくとも、その、宴は、熱かった。
料理を、囲み、笑い声が、響く。
じんたが、けん玉の技を披露し、かすみが、それに目を、輝かせている。
レンは、静かに、皆の話に、耳を傾け、シンジは、黙々と食事を、平らげている。
ゆうこは石の由来の話を、三上隊長に、熱心に説明している。
明日、野沢温泉の、闇を、打ち払い、新たな、希望を、もたらす。
その、決意を、胸に、一行は、最後の夜を、静かに、そして、熱く、過ごすのだった。