第九九話 秘湯の嘆き、野沢菜の温もり編 その六
翌朝。
二日酔いも、すっかり、覚めた、昼頃。
龍也は、改めて、皆に、酒場で得た事を踏まえて、まとめた情報を改めて、説明し始めた。
「……今回の、敵は、『ヤマタノゴモラ』ギドラの、兄貴分だ。……以下省略」
「酒場では、この街の古い神社が、何か関係してるらしいのを、以前温泉から避難してきた討伐者にきいたと、他に、戦国の時代の事が関係すると。魔物が嫌う何かが、あるらしい」
「宿の主人の、この街には来ないという証言、古い寺の存在、嫌う何か、これが何か関係大いにあるかもしれん」
ゆうこは、龍也の、横で、そっと、腕を組み、不機嫌そうな、顔を、していた。
龍也は、ミーティングが、終わった後、「どうしたんだ?」と、声をかけた。
「……ふん。知るか、朴念仁」
ゆうこの、態度に、龍也は、苦笑いを、浮かべた。
(……もしかして、あの、宴会の、続きの、ことか?)
「散歩しないか」
宿を出て、散歩に、出かけた。
長閑な、街の風景。子供たちが、楽しそうに、遊んでいる。
(……なぜ、この街には、魔物が、寄り付かない?……来ない?……来れない?……来れないとして、なぜ、来れないものが、この街にあるのか……)
「……何、ブツブツ、言うとんじゃ」
「あ、ああ。……すまん」
「どこ、行くんだ、タツヤ?うちは、今、そがぁな気分じゃなぁて」
ゆうこは、まだ、少し、ふてくされた、顔をしている。
「もしかして、昨日の、夜の、ことか?」
龍也が、尋ねると、ゆうこは、ぷいっと、そっぽを向いた。
「……そうじゃ……「あとで」……言うから……楽しみにしとったのに……」
「ああ、だけど、酔って、寝ちゃったじゃないか」
「そうじゃ、そう……じゃが、楽しみじゃったんじゃ!」
「分かった、分かった」と、彼女を、なだめる。
「……でも、話は、さっきしたことで、分かったろ」
二人が、歩き、古びた神社の、前に来た、その時だった。
龍也の、胸のあたりが、急に、高鳴った。
「……ん?……なんだ?」
「どうしたんじゃ?」
ゆうこが、心配そうに、尋ねる。
「……胸のあたりが、何か、違和感を、感じてな」
「どれ」 ⁂ 忘れてる方もいるかと思うので、彼女医者です。⁂
「……ちいと、早いが、大丈夫じゃろ。……なんじゃ、うちに、ときめいたか」
その、あまりにも、ストレートな、言葉に、龍也は、
「……そうだな。……あっち、行ってみようか」
苦笑しながら、そう言った。
(一体、今のは、何だったのか。年だから、心臓の何か、かもな、今度、大きな街いったら、検査してみようかな)等と思った。
その、通りで、子供たちが、輪になって、歌いながら、遊んでいた。この、街の、歌らしい。
♪
なのはな ばたけに いりひうすれ
みわたす やまのは かすみふかし
はるかぜ そよふく そらをみれば
ゆうづき かかりて においあわし
さとわの ほかげも もりのいろも
たなかの こみちを たどるひとも
かわずの なくねも かねのおとも
さながら かすめる おぼろづきよ
♪
歩きながら、その歌を、聞いていると、ゆうこが、隣で、まねして、口ずさんだ。
(……初めて、歌を聞いたが、心が、癒される、優しい、声だな)
「……なあ、ゆうこ」
「……なんじゃ」
「……結婚したいか?」
「な、なんじゃ、急に!」
ゆうこは、驚いて、立ち止まった。顔は、予想以上に、驚いた感じで、カッと、真っ赤に、染まっている。そして、龍也自身も、自分が、何を、言い出したのかと、驚いている。
「す、すまん。……思わず、言ってしまった。……不用意に、言う言葉では、なかったな。……ごめん」
「……謝んな、朴念仁。……こっちが、恥ずかしいわい」
そう、言い捨てると、彼女は、それきり、何も言わずに、黙ったまま、宿へと、戻っていった。
ただ、その、歩く、ゆうこの、顔は、ほんのりと、微笑んでいるように、見えた。
部屋に戻ると、三上隊長が、
「……実は、昔、この街の話を、聞いたことがあってな、貴殿の、話を聞いて、思い出したんだが……」
一息ついて、
「……その昔、かの、戦国の雄、上杉謙信が、この街に、前線基地を、築いた、という話が、ある。……そして、その、上杉が、この辺りの、神社を、重宝していたそうだ」
「それって……!酒場の話で、出た、『魔物が、寄り付かない、何か』と、関係があるんじゃ、ないですか!?」
龍也が、思わず声を、上げた。
「ああ。……わしも、似ていると、思ってな」
三上隊長が、頷く。
「……その、神社……探せないでしょうか?」
かすみが、興奮した、声で、尋ねる。
「……よし!皆で、探しに行こう!」
龍也の、号令一下、一行は、再び、街へと、繰り出した。
【三組に分かれての探索】
【龍也、シンジ組】
龍也と、シンジは、街の、古い、資料館へと、向かった。
そこには、この、飯山の、歴史に関する、古文書が、たくさん、収められている。
龍也は、文献を、貪るように、読み漁る。
「……上杉、謙信…………前線基地……。……神社……」
そこに、書かれていたのは、上杉謙信が、この地で、戦を行った際、必ず、ある特定の神社で、戦勝祈願を、行った、という、記述だった。
【ゆうこ、レン組】
ゆうこと、レンは、街の、住民たちに、聞き込みを、始めた。
「……すみません。……この辺りに、古い、神社は、ありませんか?」
「ああ、それなら、街の北に、古びた、祠が、あるよ」
住民の、言葉に、二人は、顔を見合わせる。
【じんた、かすみ組】
じんたと、かすみは、街の北の林を、探していた。
じんたの、シーフとしての、勘が、何かに、強く、反応している。
「……かすみちゃん!こっちだべ!なんか、こっちから、感じるど!」
かすみも、その、じんたの、言葉に、頷く。
「……はい!私も、同じように、感じます!」
彼女の、杖の先が、一つの方向を、指し示していた。
情報が、少しずつ、集まっていく。
上杉謙信が、重宝した、神社。
それは、魔物が、寄り付かない、この街の、結界の、秘密を、握る、鍵なのかもしれない。
そして、その、神社の場所は、もう、そこまで、迫っていた。
新たな、謎が、彼らを、待っていた。
街での、情報収集を終え、その街の北側、朝の散歩で、龍也と、ゆうこが、歩いた、古びた、神社の前。
ここに、皆が、それぞれの情報で、導かれ、集まっていたのだ。
「……なんじゃ、皆、ここに来たか」
ゆうこが、言うと、皆、頷く。
「ああ、話を聞いたら、ここだったんだ」
シンジが、静かに、答える。
龍也は、あの朝の、違和感を、思い出していた。
あの時感じたのは、なかったが、この、古びた神社の境内に、足を踏み入れると、確かに何か気配を、感じる。
他の者たちも、同じように、感じているのだろう。
「……多分、ここに、間違いなさそうだな」
三上が、深く、頷いた。
近くでは、まだ、子供たちが、輪になって、歌いながら、遊んでいた。
その、無邪気な、歌声に、龍也たちが、話をしている、横で、ゆうこは、子供たちを、優しい目で、眺めながら、その歌を、口ずさんだ。
♪
なのはな ばたけに いりひうすれ
みわたす やまのは かすみふかし
♪
その時だった。
ゆうこの、懐に、しまってあった「源泉の龍玉」が、淡く、光り始めた。
同時に、かすみの、手にした、氷晶の杖も、呼応するかのように、輝きを放つ。
「……誰だ!」
龍也が、思わず、叫んだ。
皆が、驚きに目を、見開いている。光り出した、龍玉と杖。そして、龍也の、突然の叫び。
光り出した、この、状態で、龍也の、耳に、直接、声が、響いてきた。
「……なんか、聞こえたんだ。「こい」って、はっきり、聞こえて……」
龍也は、幻聴かと思った。
(もしかして、あの、ヤマタノギドラの、呪詛が、まだ、残っているのか?……俺は、死ぬのか?)
その、不安が、一瞬、龍也の心をよぎる。
「……誰も、聞こえてないが、行ってみないか、中に?」
シンジが、龍也の、様子を見て、冷静に、促した。
「なんか、気味悪いべ!」
じんたが、怖がる。
「行ってみましょう!」
かすみが、勇敢に、一歩、踏み出す。
「なんじゃ、この光、タツヤ、大丈夫なんか!?」
ゆうこが、心配そうに、龍也に、尋ねる。
一行は、神社の、石段を上り、社殿の、前に来た。
すると、社殿の、奥から、神職が、慌てた様子で、飛び出してきた。
「……光った!光った!」
神職は、龍也たちを、一瞥すると、すぐに、奥へ戻り、「宮司様を!」と、声を、上げた。
やがて、現れたのは、白髪の、老いた、神主だった。
じんたが、気になって、声をかけた。
「んだば、どしたんだい?そったに、騒いで……」
神主は、輝く、龍玉と、杖、を見て、合点がいったように、深く、頷いた。
「……おお、そうか…………納得した……そなたたちに、共鳴したんじゃな」
神主は、そう言うと、一行を、社殿の中へと、通した。
入った瞬間、社殿の、奥の方が、淡く、光っているのが、分かる。宝物庫だ。
神主は、一つの、小さな箱を、取り出すと、その紐を、ゆっくりと、ほどき、蓋を、開けた。
その光は、一瞬、眩く輝いたが、すぐに、落ち着き、目には、眩しくない、程度の、光を、放ち続けた。
「……神主様、これは?」
龍也が、尋ねる。
「……その前に、そなたたちは、一体、何なのじゃな」
龍也は、自分たちの、これまでの、旅路。そして、この、神社に、なぜ、来たのかを、全て、説明した。
「……なるほど。これはな『風花勾玉』という、しろものじゃ」
神主は、静かに、語り始めた。
「これは、戦国時代、上杉家が、北信濃を、守るために、奉納したと、される、霊具。地元に、咲き誇る、菜の花を、象り、里山の、風と、月の力を、封じ込めた、勾玉じゃ」
「その、風花勾玉には、常時、周囲に、清浄な風が流れ、魔物を、寄せ付けない、という、効果がある。つまり、この街に、魔物が、来ないのは、この、勾玉の、結界の、おかげじゃ」
「そして、魔物が、触れると、その力は、急速に、削がれ、攻撃も、魔法も、威力を、失う。……特殊能力も、無効化する。……まさに、魔に対する、『守りの要』。それが、この、風花勾玉じゃ」
「さらに、月明かりの下で、かざすと、勾玉の中に、金色の、花が、揺らめくのが、見える。……春風と菜の花、そして、未来を願う、人々の祈りが宿り、魔を退け、大地を守り続ける。……という、しろものじゃ」
龍也は、皆の、顔を、見渡した。
「……つまり、この、風花勾玉こそが、この街を、守る、結界の、要。そして、野沢温泉の、魔物、ヤマタノゴモラを、討伐するための、大きな、手がかりになる、ということだ」
その、言葉に、皆の、顔に、決意の色が、浮かぶ。
「……これは、何としても、手に入れるしか、ないべ!」
じんたが、叫んだ。
「……はい!これを、使えば、きっと、ゴモラを、倒せます!」
かすみも、力強く、頷く。
しかし、龍也は、神主に、尋ねた。
「……神主様。……これを、お借りすることは、できますか」
神主は、静かに、首を、横に振った。
「……それは、できかねる。……これは、この、飯山の、街を、守るための、宝じゃ。……万が一、これを、失えば、この街も、また、魔物の、脅威に、晒されることに、なる」
その、言葉に、皆が、黙り込んだ。
守るべきものと、救うべきもの。
その、二つの間で、彼らは、新たな、決断を、迫られることになったのだった。
借りれないのは、仕方がない。無理強いは、できない。
龍也は、諦めて、神主に、深々と、頭を下げた。
「……分かりました。……残念ですが、諦めます」
そう言って、一行は、踵を返し、社殿を、後にしようとした、その時だった。
勾玉から、淡い、緑色の光が、放たれた。その光は、ゆうこの「源泉の龍玉」へと、吸い込まれていく。龍玉も、呼応するかのように、輝きを、増した。
さらに、その光は、かすみの、手にした「氷晶の杖」にも、流れ込み、杖の、先端が、眩い、光を、放ち始める。
三つの、光が、三角形を、作り出したのだ。
そして、その、三角形の、真ん中から、一条の、眩い光が、放たれ、かすみの、髪に飾られた「陽晶の髪飾り《ソルクレスト》」へと、吸い込まれていく。
髪飾りは、淡く、しかし、確かな、光を放ち、中央の晶石の中で、金色の小さな、花がゆらゆらと、揺らめくのが、見えた。
その、あまりにも、神秘的な、光景に、皆が息を飲む。
「……な、なんと……!」
神主が、驚愕の、声を、上げた。
「……風花勾玉の、力が、あの、髪飾りに、宿ったのか……!」
その、奇跡は、かすみの、髪飾りに「風花勾玉」の、力を、宿らせたのだ。
勾玉そのものは、借りられなかった。しかし、その、力が、かすみの、髪飾りに、継承された。
「……これは、まさしく、神の、思し召し……!」
神主は、深々と、頭を下げ、感動に、打ち震えている。
龍也は、かすみの、髪飾りを、見つめた。
それは、かすみの、清らかな、心と、龍玉の力、そして、この、飯山の地を、守りたいと、願う、純粋な、想いが、共鳴し奇跡を、起こしたのだ。
これで、野沢温泉の、ゴモラを、討つための、最後の、ピースが、揃った。
一行は、新たな、希望を胸に、飯山の、社殿を後にする。
その、足取りは、もう、一点の、曇りも、なかった。
彼らの、旅は、神の加護を得て、新たな、局面へと、突入しようとしていた。