君のために
夜の宮は、沈黙の中でさらに深い物語を抱いていた。
粛宗の足取りは見慣れぬ道へと進み、
私は音もなく、その後に黙々と従った。
一歩ごとに空気が静かに裂け、
彼の龍袍の裾が擦れるたびに、微かなときめきが広がった。
彼の横顔は月明かりの下でどこか遠く感じられたが、
ただ彼が導くままに足を進めた。
どれほど歩いただろうか。
見慣れた殿閣が視界から遠ざかり、
一度も行ったことのない方向へと深く入っていくと、奇妙な違和感が漂った。
(ここはどこだろう?)
尋ねたかったが、
口は開かなかった。
ただ殿下の後ろ姿だけが、私の視線を奪っていた。
彼が歩みを止めた。
そして、私を振り返った。
彼の眼差しは深く、その中に込められた何かが私の心臓を静かに叩いた。
「ここへ行こう。」
粛宗の言葉が落ちるやいなや、
彼の視線は、見慣れない殿閣に向けられた。
普段の散策ルートとは明らかに違っていた。
一瞬戸惑いがよぎったが、
彼がためらうことなく足を進めるのを見て、私は彼に従った。
一歩、また一歩。静かな石段を上ろうとした瞬間、殿下が手を差し出した。
「手を握るのだ。」
ぶっきらぼうに投げかけられた言葉だったが、
その中には温かい温もりが染み込んでいた。
魅入られたように彼の手に触れた。
彼の手に触れた途端、見慣れていながらもどこか新しい温もりが指先に広がっていった。
その瞬間、わずかに残っていた不安感が雪のように溶けて消えた。
手を握り合い、ゆっくりと門をくぐった瞬間、
目の前に広がる光景は、まさに壮観だった。
星の光の下、巨大な殿閣が五色に輝く光を宿し、きらめいていた。
瓦はほのかな光を帯び、
手すりに刻まれた精巧な模様は、月明かりを受けて神秘的に輝いていた。
殿閣の周りには穏やかな池が広がり、
その上には色とりどりの蓮の花が宝石のように咲いていた。
まるで世の中の全ての美しさが一か所に凝縮されたかのようだった。
おそらく、現実でもこれほどの美しさには出会えないだろうと思うほどだった。
「わあ…。」
思わず感嘆の声が漏れた。
(宮廷にこんなに美しい場所があったなんて。)
「殿下…ここは…宮廷にこのような場所があるとは存じませんでした。」
私の目は驚きで満ちていた。
粛宗はそんな私を静かに見つめながら、
ぶっきらぼうに、ぽつりと呟くように言った。
「当然だ。君のために作り直したのだから。」
その言葉に、私はハッと息をのんだ。
ドクン。心臓が激しく鳴り響いた。
目の前の美しい殿閣よりも、
彼のその無愛想な一言が、より大きな衝撃となって心に響いた。
私のために作ったなんて。
彼は私の手をそっと持ち上げた。
指先に冷たい何かが触れた。
白玉の指輪。純白の玉が月明かりを受けて透明に輝いた。
繊細に彫刻された模様が指に巻かれると、
元々美しかった手が、さらに気高く見えた。
(この人、どこまで私を感動させるつもりなの。)
心の中は驚きでいっぱいだったが、
彼がそんな私の本心を知るはずもなかった。
粛宗は真剣な顔で私をじっと見つめた。
彼の眼差しは、揺るぎない確信と深い愛を宿していた。
「君に贈りたかったのだ。正式に私の妻になった君に、
美しい殿閣も、最高の玉の指輪も…そして私の心全てを。」
彼の声は低く穏やかだったが、
その中には全てを捧げる真心が込められていた。
「実は中宮殿を与えたかった。今でも変わらぬ気持ちだ。」
付け加えられたその一言に、目頭が熱くなった。
中宮殿。私を中殿の座に座らせようとしていたという、
その凄まじい真心が心臓を激しく打った。
震える声でかろうじて口を開いた。
「殿下…。」
私の感動がまだ冷めやらぬうちに、
彼の表情は一瞬、拗ねた子どものように変わった。
そして、その後に続いた彼の言葉に、私は完全に吹き出してしまった。
「初夜も、婚礼の後に執り行うつもりだったのだがな。」
涙が出そうなタイミングだったのに、
彼の拗ねた表情に、私は結局我慢できず、プッと笑いを漏らした。
「私が先に誘惑したんです。」
冗談のように投げかけた言葉に、
殿下の顔にもクスッと笑みが広がった。
私たちは互いを見つめ、しばらく笑い合った。
宮廷の静かな夜を切り裂く私たちの笑い声は、まるで一枚の絵のようだった。
そうして笑いが止んだ後、
彼の唇が静かに私へと降り立った。
夜の帳が降りた美しい殿閣の前で、
私たちの心はさらに深まっていった。
星の光はさらに透明に輝き、
池の蓮の花は、その光の下でさらに高潔に咲き誇っていた。