交泰殿の夜
秋の香りが深まる中、
深い静寂の間に、虫の音だけが聞こえる夜であった。
部屋には香がほのかに焚かれ、
その傍らで灯火の光が静かに瞬いていた。
九重宮闕の奥深く、
大礼を終えた王妃が初めての夜、
王を待つ交泰殿。
朝鮮の王妃は
嘉礼の後、必ず初夜を執り行わねばならなかった。
それが正式な手順であった。
大礼の当日、礼服を脱いで下着を纏った中殿は、
肌襦袢の上に薄紅色の寝間着を羽織り、
結跏趺坐で端座していた。
素衣は静かに息を整えていた。
障子の外、
夜は既に深まっていた。
部屋の中は準備が全て終わった状態であった。
寝所は清潔に整頓されており、
素衣は膝の上に手を置いたまま
何の言葉も発しなかった。
ただ静かに待った。
その待ち時間は、
少しずつ胸を締め付けてきた。
嘉礼の時に見たあの冷たくも鋭い
表情のない顔が、ひんやりと胸に突き刺さると、
微かな溜息が漏れた。
(もし、まったく来なかったらどうしよう…。)
押し寄せる不安に唇をぎゅっと噛み締めた。
そうして容赦なく時間だけが過ぎてゆくその時、
ごく近くから静かな足音が聞こえた。
戸が微かに動き、
その隙間から道袍の裾が擦れた。
彼が入ってきた。
王であった。
震える心、
彼女の心臓の音が彼に届くほど大きく鳴り響いた。
しかし──
交泰殿に入ってきた彼の眼差しには
やはり何も込められていなかった。
素衣は身をかがめ、丁重に礼を尽くした。
「殿下、おいでになられましたか。」
粛宗は答えなかった。
ただ、軽く頷いただけ。
一度たりともまともな視線を与えることはなかった。
素衣は座ったまま、軽く頭を下げた姿勢で
彼の気配を待った。
しばし躊躇う彼の動きが感じられたが、
やがて彼は席に着き、静かに酒を注ぐ尚宮たちの
動きもまた忙しなく感じられた。
一言も交わさない彼のために、
空気はゆっくりと冷えていった。
寝台の傍ら、
彼女は指先をそっと握りしめた。
このままでは
今夜は何事も起こらないだろうと
本能的に感じていた。
王の手は動かなかった。
彼の瞳は虚ろで、
さらに一言の言葉すら発しなかった。
まるで──
彼女がこの場にいるという事実さえ
否定したいとでも言うように。
彼女はゆっくりと顔を上げた。
彼の姿が見えた。
遠く、硬質なシルエット。
彼の眩しい顔の向こうから、冷やかな夜の空気が染み込んでいた。
彼女は何も言わなかった。
ただ静かに崩れ落ちる胸だけが彼女の心臓を鳴らした。
初めてであった。
王妃となった初めての夜、
心も、男の情も、
何も受け取ることなく
寝所の一隅に座っているこの気持ち。
彼が静かに立ち上がった。
「体に気をつけなさい。」
たった一言。
その言葉が終わりであり、
彼が残した全てであった。
素衣が立ち上がるよりも早く、
彼はその場から出て行ってしまった。
動くことも、
尋ねることもできなかった。
彼が出て行き、
尚宮たちも戸惑うように立ち止まってから、
やがて膳を片付けて戻っていった。
戸が静かに閉まった。
閉まる音の終わりに、
全てが終わったことを知った。
婚礼の夜。
王妃となって初めて迎える夜であった。
その部屋には──
いかなる気配も残っていなかった。
残ったのはただ一つ、
言葉もなく染み渡る長い孤独だけであった。
そうして、
夜は何事もなく静かに過ぎていった。