冷たい風の気配
遅い夜、大妃殿の庭を伝って
軽い風が吹き抜けた。
青く染まった空気の中、
灯火は静かに揺らめき、
塀の端の梅の木は重さを失ったかのように
葉先を震わせていた。
尚宮が門の前で静かに頭を下げた。
「ママ、閔維重大監がお見えになりました。」
大妃は茶碗を弄っていた指先をしばらく止めた。
灯火の向こうから流れ込んできた気配を静かに聞いた。
「この時間に?」
一呼吸置いて、
ゆっくりと言った。
「お通しなさい。」
閔維重は静かに足を踏み入れた。
道袍の裾が板の間を擦る時も
床に隠れた埃一つ立たなかった。
「大妃ママ、閔維重、謹んで拝礼申し上げます。」
腰を深くかがめ、
息遣いさえも低くした。
大妃は手のひらに乗せられた茶碗を
ゆっくりと回しながら、
視線を落とした。
「この遅い時刻に、何事でございますか、大監。」
短い一言。
しかし、部屋中に満ちた重みは
息をすることさえも慎重にさせた。
閔維重は頭を上げたまま
声を整えた。
「小人、恐れながら懸念すべきご報告がございまして。」
大妃は答えなかった。
ただ静かに、
冷たい眼差しで彼を見下ろした。
閔維重はもう一歩慎重に近づいた。
「殿下が私邸にお留まりになることが多く、
朝廷に噂が流れております。御医や医官たちも
私邸を出入りすることが尋常ではないとのことです。」
大妃の指先で回っていた茶碗が止まった。
彼女の目の奥に小さく染み込んだ影が
一瞬、揺れた。
閔維重は沈黙を続けた。
そして、
慎重な声で一行付け加えた。
「もしや…張尚宮があそこにいるのでは、という話が
聞こえております。」
闇は深まった。
息は吐き出されず、
蝋燭は細く揺れながら小さな金色の線を描いた。
大妃は茶碗をゆっくりと置いた。
軽くぶつかる音が
部屋中に響いた。
「風聞に過ぎないでしょう。」
大妃は静かに言った。
その一言には
全てを覆い隠そうとする
固い意志が込められていた。
閔維重は頭をさらに深く下げた。
「はい、大妃ママ。」
短い静寂の末に、
閔維重は慎重に口を開いた。
「しかしながら、王室の安寧のため
簡択を急ぎ終えるのがよろしいかと存じます。
中宮の座が盤石になれば、朝廷の是非も消えるでしょう。」
大妃は再び茶を手にしなかった。
手を膝の上に静かに置いたまま、
ゆっくりと尋ねた。
「閔氏を中殿とすることが正しいとご覧になりますか。」
その名を口にした瞬間から、心の一角がひやりとした。
しかし再び、静かに息を飲み込んだ。
閔維重は頭を上げなかった。
だが、確信に満ちた声で答えた。
「誰よりも完璧な中殿となられるでしょう。王室を守り、
内命婦を治める立派な中殿ママになられることと存じます。」
大妃は無言で彼を見つめた。
その瞳の中では
長く埋もれていた深い水が
ゆっくりと揺れていた。
しかし結局、
いかなる感情も表に出さなかった。
「簡択を進めます。
閔氏に、心身を一層整えるよう申し伝えなさい。」
短い命が下された。
「御意にございます。」
閔維重はそれ以上留まらなかった。
慎重に退がり、
灯火が長く伸びる廊下を伝って消えていった。
大妃は長い間動かなかった。
灯火が消えかけ、
夜風が静かに障子戸の隙間から染み込んだ。
しばらくして、
指先を上げて尚宮を呼んだ。
「明日早朝、閔氏を宮中に入れさせなさい。」
しばし、風が灯火を揺らした。
静かな命だった。
その中には、
王室を守ろうとする大妃の心と、
一介の人間として抱かざるを得ない
苦い諦めが幾重にも絡み合っていた。