行ってくる、私の人
蹄の音が土の道を押した。
早朝の霧はまだ完全に晴れておらず、その下に垂れ込めた帳のように、頭の中が静かに霞んでいた。
速度を出せずにいた。
敢えてそうしたいとも思わなかった。
宮殿に戻る道なのに、ついつい振り返ってしまう。
傍を離れて、
わずか一刻余り。
それでも胸の片隅が虚ろだった。
腕の中で冷めていく温もり、
絹の布団に残された吐息、
朝の陽光にやっと瞼を閉じたその下の、
震える表情。
それにもかかわらず、背を向けねばならなかった。
今は。
彼女の体温に再び沈んでしまえば、これ以上…
王ではなく、ただの男になってしまいそうだった。
額に口づけながら残した言葉が、しきりに頭の中を巡った。
彼女の目を思い出した。
苦痛と恥ずかしさが入り混じっていた瞳。
しかしその中に、確かに込められていた感情。
それは愛だった。
間違いなく。
それは、しばらく留まって終わるような感情ではなかった。
水門番が見え始めたが、手綱を握る手に力が入った。
引き返したい誘惑。
彼女の傍に残り、全てを忘れてしまいたい衝動が、
不意に、喉元までせり上がってきた。
だが。
宮中は針のむしろだった。
内命婦、朝廷、大妃殿。
その誰一人として、心から信じられる者はいなかった。
必ず、連れ戻すだろう。
彼女の居場所へ。
単なる隠遁ではない、
堂々たる場所へ。
隠すのではなく、表に出す形で。
速度を上げた。
戻らねばならなかった。
彼女を守るための手を、今から打たねばならなかった。
閔維重の動きを牽制し、
内命婦の口も封じなければならなかった。
お母様の視線もまた…感じていた。
閔氏一族は中殿の座を狙っていた。
見せかけの王座を餌に、
朝廷を手中に収めようとする魂胆は明白だった。
しかし、その座を易々と明け渡すつもりはなかった。
愛を、
誰かの条件と取り換えたいとは思わなかった。
彼女を宮殿に迎える道、
ただ他の方法があるのなら──
必ず見つけ出したかった。
彼に従っていた護衛武士が近づき、声をかけた。
「殿下、大妃殿より殿下にお目通りを願いたいとのお言葉にございます。」
視線が再び霞んだ。
お母様もまた、
感じているのだ。
宮殿が揺らいでいることを。
手綱を引いた。
馬が駆けた。
その速度と同じくらい思考も速くなった。
「オクチョン……」
心の中で静かに呼びながら、
胸のどこかにぎゅっと押し込めていた体温を思い出した。
あの夜、
彼女の手が私の肩に触れた瞬間。
震える吐息、顔を向けられなかった瞳。
そして、
その小さくか弱い体で私を抱いた、
その温かい人。
必ず再び傍に置くだろう。
愛ゆえに、
王である以前に、一人の男として。
彼女を守らねばならない。
彼女は──
私の女だ。