月光の下、結ばれた想い
庭は、息を潜めるように、ひっそりと静まり返っていた。
カサリ、と音を立てる裾を、そっと持ち上げ、慎重に歩みを進める。
月光が、静かに降り注ぐ夜。
ひんやりとした草の匂いが漂い、風が、スカートの裾をそよと撫でて過ぎていく。
指先で、衣の端をきゅっと握りしめた。
息苦しかった。
もう、あの人に会ってから、半月以上が過ぎたようだ。
その思いだけで、ため息が喉元までせり上がり、息を詰まらせる。
あの夢を見て以来、
妙に、体の奥で、ユン・イナという名前が、異物のように漂っていた。
もう、自分が誰なのかさえ、曖昧になっていくような気がする。
そっと、地面を踏みしめた。
カサリ──と草葉が擦れる音まで、
耳に届くほど、世界は静かだった。
空には、白く、まあるい月が、ぽつんと懸かっている。
冷たく、そして遥かな光。
顔を上げ、その月光を見上げた。
心臓が、けたたましく、その存在を主張する。
朝廷で簡択の準備が進められているという知らせや、
時折耳にする宮廷の噂のせいで、
一日に何度となく、胸がドキンと音を立てて、落ち込む。
私を忘れてしまっただろうか。
私が裏切ったと、思っているだろうか。
なぜ私を救ってくれたのだろう。
無益な考えに、芝生を、ただ、むやみに蹴った。
…いいえ、もしかしたら、最初から、掴みきれない人だったのかもしれない。
静かに息をのんだ。
月光があまりにも明るすぎた。
目を閉じても、胸が締め付けられるように痛む。
殿下…
あの人を想うだけで、息が詰まる。
悲恋のヒロインモードなんて、本当に私には似合わないのに…
はぁ…
馬鹿みたい…
月に向かって、小さく唇を開いた。
どれほどの時間、そうして立ち尽くしていただろう。
初夏の屋外は、それほど暖かくはなかった。
ひんやりとした空気に、身をすくめていた、その時、
風の気配が、わずかに変わった。
草葉が、低く震える。
何か、見慣れない気配。
知覚できない存在に、本能的に顔を向けた。
そして──
息が止まるかと思った。
月光の下。
絵画のように、たおやかな一人の人影。
粛宗。
彼が、そこに立っていた。
月光が、彼の肩を、そっと包み込んでいる。
胸が、張り裂けそうだった。
呆然と、彼を見つめる。
夢だろうか、
また、私を傷つける夢。
もう、幻覚まで見えるようになったのね。
首を横に振り、身を翻そうとした、その時、
その絵画のような姿が、私の方へと歩み寄ってくる。
一歩、二歩。
彼の視線の先にいる私が、消えてしまうのを恐れるかのように。
足取りが、少しずつ、速くなった。
心臓が、狂おしいほどに、高鳴る。
頬が熱くなり、足の先が、痺れるようにじいんとした。
息をこらえきれず、震える唇を開いた。
「…殿下…?」
私が、その名を呼ぶと、
彼は、ぴたり、と足を止めた。
そして──
腕を、広げた。
私に向かって。
本物だ。
本当に、あの人だ。
月光が、彼の瞳を照らす。
その深く、そして奥ゆかしい瞳の中に、私が映し出されるようだった。
もう、これ以上は、我慢できなかった。
何かに誘われるかのように、彼に向かって駆け出した。
スカートの裾が、風を切り裂き、はためく。
彼に、まだ、触れる前に、
彼は、力強く、本当に力強く、私を抱き上げた。
「オクチョン…」
これは、本物だ…夢じゃない…
息遣いすら震える、殿下の声。
彼の胸に、顔を埋めた。
温かい温もりに、全身が溶けていくような感覚に陥る。
熱く、そして硬い心臓の音が、耳元に届く。
互いを抱きしめ合ったまま、世界にたった二人だけが残されたかのように。
月光だけが、私たちを包み込んでいた。
私は、息を潜め、用心深く囁いた。
「…会いたかったです…殿下」
彼が、私の髪を、そっと撫でる。
「私も…身も凍るほど、会いたかった。」
声が震えていた。
なぜか、笑みがこぼれ落ちる。
月光が、彼の髪を、柔らかく照らしていた。
彼の心臓が、私の耳に、そっと触れている。
ドクン、ドクン。
互いの心臓が、互いを呼んでいる。
ぎゅっと、目を閉じた。
この人だ。
この人さえいれば、他には何もいらない。
二度と、手放さない。
二度と、その手を、離さないと。
月光の下、
私たちは、互いを、しっかりと抱きしめ合った。
とても長く、とても静かに。
月明かりの下で結ばれた彼らの心が、どのような苦難にも挫けないことを願っています。