密やかなる計略、王の深き決意
数日前、
朝鮮の宮廷。
粛宗は、執務を行う便殿の中央に、静かに座していた。
背後から差し込む陽光が、彼の着る袞龍袍に反射し、
その中に威厳を纏う金糸で刺繍された龍の姿も、
ひときわ目を引く彼の前では、ただの衣に過ぎなかった。
尚膳が、音もなく戸を閉め、深々と頭を下げて下がった後、
静寂の中を、低い、しかし揺るぎない声が流れた。
「殿下、急ぎ、ご報告申し上げたいことがございます。」
粛宗は、ゆっくりと頷いた。
黒い装束をまとった武士が、戸の外にひざまずいている。
「閔ユジュン大監の御方から、チャン尚宮ママ様を狙った、陰湿な噂が、宮中に急速に広まっております。」
彼の瞳が、細く、しかし鋭く、閉じられた。
「…噂、と申すか。」
「はっ。チャン尚宮ママ様が、大妃ママ様を害しようと企んだ、という内容にございます。」
短い息が、一瞬、止まった。
しかし、すぐに、冷ややかな微笑みが、彼の唇に浮かぶ。
‘…ついに、動いたか。’
大妃と閔ユジュンの間に、長く漂っていた不穏な気配。
彼は、その予兆を、もうずっと以前から、感じ取っていた。
ただ、心の片隅に、ほんのわずかな、淡い期待が残っていただけだ。
大妃が、オクチョンに対して、ほんの少しでも、心を開いてくれるかもしれないという、その小さな、細い糸のような希望を、捨てきれずにいただけだった。
‘…母上も、結局は、息子である私を選ぶはずだ。’
そうして、彼は動いた。
彼女を守るために。
彼女を生かすために。
そして、彼女を、二度と手放さないために。
狩りは、
彼らを、油断させるための、隠れ蓑に過ぎなかった。
意図的に作り出した、わずかな隙。
その間に、彼女を、この場所から、安全に連れ出すために。
粛宗は、静かに、指先を強く握りしめた。
彼女を生かさねばならぬ。
どんな代償を払ってでも。
便殿の中を、ひゅう、と風が通り過ぎていく。
「密かに指示した、全ての準備を整えよ。」
武士は、深く頭を垂れ、まるで影のように、その場から姿を消した。
その夜、彼は、一瞬たりとも、目を閉じることができなかった。
小さな書状を、密かに衣の裾の中に隠し持ち、
もし、万が一、全ての計画が失敗した場合に備えていたのだ。
そして──
今日に至った。
全てのパズルが、ようやく、ぴたりと、はまったのだ。
静かに、窓の外を見つめた。
ただ、広がるばかりの、空。
ひらひらと舞い落ちる、陽光。
彼女が、今、どこにいるのかを知りながらも、
この瞬間は、動くことが許されなかった。
心臓が、狂おしいほどに、ドクン、ドクンと脈打つ。
息をするのも、苦しいほどだった。
「オクチョン…」
胸の奥で、静かに、彼女の名を呼んだ。
今すぐにでも、彼女の元へ駆けつけたい衝動に駆られる。
その身を抱きしめ、温かい吐息を肌で感じたいと、切に願った。
しかし、彼は、その衝動を、必死に抑え込んだ。
全ての視線が、自分へと注がれる今、
彼女のためには、ただ、静かに、この苦痛に耐え忍ばなければならなかった。
彼は、ゆっくりと、瞼を閉じた。
窓の外を流れる風に、まるでその決意を乗せるかのように、
静かに、ごく静かに、固い決意を、心に刻み込んだ。
今、この瞬間から。
何人たりとも、何者たりとも、
彼女に、指一本、触れさせはしない。
便殿の中は、息をのむほど、静まり返っていた。
彼は、ただ、何も言わず、その場に座っていた。
静かに流れていく時間の上に、
誰にも知られることのない、彼の心の奥底に秘められた、
固い決意だけが、ひっそりと、しかし確実に、積み重なっていた。