心が勝手に揺れてしまう
冷たい氷で満たされたアイスアメリカーノ。
狭くて息苦しいワンルームの空気。
毎朝耳にしていた、母の小言。
それらすべてが——
今はもう、遠い夢のようだった。
もしかして、これは全部夢なんじゃないか。
目を開ければまた、元の世界が待っているんじゃないか。
そんな淡い期待を抱いて朝を迎えても、
目の前に広がる現実は、いつも同じだった。
朝鮮。
チャン・オクジョン。
そして、私。
どんよりとした灰色の空の下、
満開の花の下でじっと立ち尽くしていた。
濡れた風が衣の裾をなびかせ、
土と花の匂いが入り混じって鼻先をくすぐる。
そっと腰を折って深呼吸する。
清らかな空気が肺を満たす感覚は、
どこか懐かしくて、けれど知らない感触だった。
私は、ぽつりと呟いた。
「……毒を、もらおう。」
目標ははっきりしている。
チャン・オクジョンの最期には——毒があった。
だからこそ、できるだけ早くそこへ向かうのが正しいと思った。
でも。
思ったよりも、毒をもらうのは難しかった。
今の私は、朝鮮で最も権力のある男の目に留まってしまっていて、
宮中ではまるで神聖な存在のように扱われていた。
化粧法に服装。
私の真似をする者まで現れ、
周囲の女官たちは離れようともしなかった。
そして、
彼——肅宗。
その人は、恐ろしいほど優しかった。
大殿の廊下の端、雨に濡れた軒下で出会った日。
「オクジョン、今日も顔が赤いな。体調が優れぬのか?」
穏やかな瞳。
頬をそっと包む手。
柔らかく落ち着いた声。
……お願いだから、近づかないで。
心臓が——勝手に騒ぐから。
彼と目が合うたびに、私はまともに呼吸もできず、
その場から逃げ出すように立ち去っていた。
逃げることが、日課になっていた。
でも。
どこへ行っても、彼がいた。
廊下、東屋、庭、書庫の前……
まるで肅宗が瞬間移動でもしているかのように、
気づけば、そこにいる。
ここまで来ると、もう……ストーカーなんじゃないかと思うほどだった。
『お願いだから、殿下……私は今、毒を目指して歩いているんですよ……』
彼を見るたび、胸の奥が妙に締めつけられた。
その感情が自分のものなのか、
それともチャン・オクジョンのものなのか——
分からなかった。
心が、勝手に——
境界線を越えて、暴れ出してしまう。
『最期に毒をもらうって分かってるのに……惹かれるとか、馬鹿でしょ私……』
――
長い一日が終わり、
静かな部屋の中で、ゆっくりと目を閉じた。
母の手の温もりが恋しかった。
友達と騒いでいたあの路地、学食前のトッポッキの匂い。
アイドルの音楽に合わせて体を揺らしていた時間。
すべてが、もう、霞のように遠かった。
そして。
ふと、浮かんでしまう顔があった。
あの人。
避けても、背を向けても——
いつも静かに、近づいてくる眼差し。
冷たくもなく、重たくもなく。
ただ、真っすぐに私を見ていた。
『もしかして、気づいてるのかな。私が"昔のオクジョン"じゃないって……』
もしその愛が、"チャン・オクジョン"という名前だけに注がれているのだとしたら。
私は、ただその殻の中に、一時的に宿っているだけの存在なのに。
そう思うと、胸が——
少しだけ、痛くなった。
私は、静かに誓った。
『だめだ、揺れちゃだめ。目標は毒。毒、毒、毒……』
そう言い聞かせながら、目を閉じた。
でも。
耳元で、またあの声がこだまする。
低くて、静かで、あたたかな吐息。
心臓が、また……
勝手に、騒ぎ出した。
『お願い……もうこれ以上、ときめかせないで。
それか、いっそ今すぐ毒をください……お願いだから……』
静かな夜、障子を打つ雨音の中。
あの人の気配が、ふいに触れた気がした。
その震えを、胸の奥深くに押し込みながら。
私は、静かに——
誰にも聞こえないため息をついた。