運命と笑う朝鮮
雨が嘘のように止んだあとの空は、
まるで洗い流されたかのように澄み渡っていた。
応香閣の軒先に並ぶ水滴がきらめき、
池の向こうから草の香りが風に乗って届いた。
空の真ん中に、やわらかな陽射し。
私は応香閣の部屋の中で大の字になっていた。
床は日差しでぽかぽかと暖かく、
障子の隙間からは、さやかな風が吹き込んできた。
はあ……もう、どうしたらいいの。
空を仰ぎながら腕をぶんっと振り回し、
ついには自分の額をぱしんと叩いた。
「しっかりしろ、チャン・オクチョン……」
小さく漏らした言葉。
あの胸。
あの眼差し。
あの手のぬくもり。
まだ頬が熱くなるほど、鮮明だった。
そう、私は——
あの人を、愛している。
どうしようもなく。
でも、知っている。
チャン・ヒビンの運命を。
一度追放され、また中宮となり、
そして再びヒビンに下げられ……
最後は——賜薬。
そして肅宗は……
結局、私を捨てることになる。
たったひとりの宮女のために。
そこまで考えた瞬間、
胸の奥が焼けるように熱くなった。
そのぬくもりが、別の誰かに向けられる?
……無理。
想像するだけで、心が引き裂かれそうだった。
むしろ今、消えてしまいたい。
いや、そもそも——
この状況、バグじゃないの?
どんどん歴史のフラグが立ってる気がするんだけど!?
もしも……
このまま歴史を変えたら、現代に帰れない?
あるいは、途中で命を落としたら……それで終わり?
思考が、恐怖が、
頭の中をぐるぐる回って離れなかった。
私は唇を噛みしめた。
愛は、愛。
でも運命は——運命。
どんなに抗っても、変えられないなら。
「……よし、気合い入れろ。」
勢いよく起き上がって、両手を高く掲げた。
「いざ、参る!!!!!」
肩がごきっと鳴った。
その瞬間——
ガラッ!!
「ママ!いかがなさいましたか!?」
キム尚宮が息を切らして駆け込んできた。
私は両手を上げたまま、平然と答えた。
「ちょっと、身体を動かそうかと。」
キム尚宮はぽかんとした顔で、
私を頭から足まで見つめてきた。
「……お身体を、動かされると……?」
「そう。人生はね、体力勝負よ。」
真剣に頷いて、再びストレッチ開始。
そのとき——
ドタドタと走る足音。
ジョンナインとソナインが慌てて飛び込んできた。
「ママ!いったい何があったのですか!?」
「さっきまで静かにお過ごしでしたのに!」
ふたりの声が重なって響いた。
必死なその姿が、可愛くもあり、
なんだか切なくて。
思わず笑ってしまった。
「運命に立ち向かう準備よ。」
ジョンナインとソナインは
ぽかんと目を見開いて顔を見合わせた。
「……運命、でございますか?」
ソナインがそっと問い返した。
「そう!正面から、真正面から!」
拳をぎゅっと握る。
手のひらに、じわりと汗。
「だから、体を鍛えるのよ。」
ぐいっとストレッチして、
そして一気に立ち上がる。
「さあ、出るよ!」
「へっ!? どちらへ!?」
「まだ外は滑りやすいです、ママ!」
キム尚宮とジョンナインが慌ててついてくる。
私は天に向かって指を突き上げた。
「ジョギングだ!!」
——ジョギング。
そんな言葉、朝鮮にあるはずもない。
キム尚宮は真っ青な顔で叫んだ。
「じょ、じょ、城内の景観を……
ご覧になるとおっしゃっているのですね!?」
私は返事もせず、
応香閣の門をばーんと開けて飛び出した。
風が衣を舞わせる。
濡れた土の匂いが鼻をくすぐる。
足元では、ぬかるみに水音が跳ねた。
呼吸が荒くなる中、
私は強く思った。
——愛は止められない。
でも運命は、私が抱きしめる。
そう、受け入れよう。
彼がどこにいても、
彼が幸せであるなら。
それだけで、私はいい。
風が頬を撫でた。
後ろからは、
ハアハアと息を荒らげるキム尚宮。
今にも泣き出しそうな顔で
必死に走るジョンナインとソナイン。
「ママ!お願いです、落ち着いてください!」
「このままでは……本当に賜薬されてしまいますっ!!」
私は走りながら、空に向かって笑った。
そして叫んだ。
「心配無用!
賜薬ごときにも、私は堂々としてみせるわ!」
——朝鮮に来て、初めて。
心から、笑った。
本当に、初めてだった。