春宵に揺れる決意
便殿の中は、息を呑むほどの静けさに包まれていた。
障子の隙間から柔らかな春風が流れ込み、
陽光が殿の隅々をそっと照らしていた。
遠くで風鈴が微かに揺れる音。
私は膝を揃えて静かに座り、
指先で裾をきつく握っていた。
肅宗は向かいに座り、
何も言わず、ただ私を見つめていた。
その視線に、唇がかすかに震えた。
「殿下……妾は、中宮の座を望んだことなど一度もございませぬ。」
感情がこみ上げて、思わず顔を上げた。
息を整えながら、どうにか声を保った。
「ただ……殿下の傍に、静かにお仕えしたいと、そう願っただけでございます。」
肅宗は、何も言わなかった。
その沈黙。
むしろ言葉よりも重く胸にのしかかる沈黙だった。
私は視線を落とした。
お願い、何か……何か言って……
障子の外では、柔らかな風が吹いていたが、
私の心の中は、嵐の只中だった。
指先にさらに力を込めながら、言葉を続けた。
「妾は……殿下の命に、従うことができませぬ。」
声が少し震えた。
どうにかして顔を上げた。
肅宗は、ただ一寸の揺らぎもなく、私を見ていた。
その瞳が、震える息すら奪っていく。
……ああ、お願い、その目で見ないで……逃げ場がない……
私は震える指先で裾を胸元に抱きしめた。
手のひらが、冷たく硬くなっていた。
「妾には、わかりませぬ。この先に何が待っているのか……」
微動だにしない。
……もう、だめかもしれない。
歴史の旗が、静かに崩れていく音が聞こえた気がした。
「されど……殿下が傷つくことだけは、耐えられませぬ。」
言葉を吐くたび、内側から焦げるようだった。
その時。
肅宗が、静かに立ち上がった。
足音さえ立てずに、
彼は私の方へと近づいてきた。
その気配に、私は本能的に身を縮めた。
彼はそっと、私の手の上に自らの手を重ねた。
温かかった。
私は呼吸さえままならず、身を強張らせた。
その温もりに——
息も、心も、すべてが崩れ落ちた。
「そなた一人で、十分だ。」
低く、穏やかに。
その一言は、誓いだった。
千の反対を超えても、ただ私を選ぶという——
王の言葉ではなく、一人の男の真心。
確かに、まっすぐに響いてきた。
その言葉に、視界が滲んだ。
……ああ。
お願い、そんなの……
それじゃもう、私、耐えられない……
愛してる。
でも、それはちょっと反則でしょ……
熱いものが、目元に込み上げてきた。
俯いてみたけれど、
漏れ出す息遣いに、涙は隠しきれなかった。
彼は静かに、私の手を取り、
自らの胸元に、そっと抱きしめた。
鼓動が、感じられた。
指先を濡らすように、確かに打っていた。
「大妃様も、朝廷も、
何も恐れてはいない。
私は、そなたを失うことだけが、何よりも怖い。」
私は耐えきれず、
彼の衣を掴んだ。
胸が、痛いほど締めつけられた。
……リセットボタンが欲しかっただけなのに、
どうして朝鮮王朝の未来をリセットしようとしてるのよ……
私は、ゆっくりと、
彼の腕に身を委ねた。
互いの息遣いが交わるほどの距離。
目を閉じた。
「殿下……どうか、まずは御身をお大切に……」
肅宗は、言葉の代わりに、
私の額に口づけた。
静かに、
熱く、
そして、長く。
風鈴の音が、かすかに響いていた。
深まる春の夜。
彼の腕の中で、
遠ざかる運命の流れを、そっと感じていた。
朝鮮の春。
その中で——
私たちは、互いを抱きしめていた。