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朝鮮に落ちた女子大生、致命的な王に囚われる  作者: エモい姉さん
第一章 ― 朝鮮に落ちた女子大生、ユン・イナ ―
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恥じらいの逃避行


息が詰まった。


胸元から心臓が荒々しく跳ねた。


心臓、お願い、黙ってて。


逃げるタイミングを、逃してしまった。


東屋の柱にもたれた彼が、

重たい眼差しでこちらを見つめていた。


陽射しをかすめて揺れる埃、

風にたゆたう柳の枝、

澄んだ水面にきらめく池。


すべてが、息を飲むほど鮮やかだった。


一つ一つの呼吸さえ、視線さえも。


目が合った。


あの夜の記憶が、洪水のように押し寄せた。


近すぎた吐息、

そっと解かれた衣の襟元、

灯火の下、震える指先と視線。


息を呑もうとしたが、

喉が詰まり、一寸も飲み込めなかった。


顔が、体全体が、火照るように熱くなった。


彼が、静かに身を起こした。


重みを纏った足取りが、

まっすぐ私の方へと近づいてくる。


反射的に一歩下がった。


指先に力を込めて、裾を握った。


少しでも、小さくなりたかった。


それでも、彼は止まらなかった。


影を落とし、私の目の前に立った。


「……なぜ、私を避けるのだ。」


低く穏やかな、

しかしどこか凍てつくような声音。


ただ、その声を聞いただけで

全ての感覚が、再び蘇ってきた。


いつものように、温かくはなかった。


静かな分だけ、かえって怖かった。


……怒ってるの?


顔を上げられなかった。


視線は地面に縋りつき、

唇は微かに震えていた。


「避けたわけ…では…ございません…殿下…」


息よりもか細い声。


彼の視線が、言葉なく私を貫いた。


あの夜。


互いに知ってしまった感情と震え。


その重みが、肩にのしかかってきた。


息が詰まった。


裾を握る手に、自然と力が入った。


ついに、爆発した。


「恥ずかしくて顔を見れませんっ!!」


叫ぶように。


体が先に動いた。


裾を握ったまま、

後ろも見ずに走り出した。


足元に裾が当たり、

何度もつまずきそうになった。


……無理。


恥ずかしすぎて、死にそう。


誰か、リセットボタン押して。


心の中で絶叫しながら、

池のほとりへ駆けていった。


風が裾を揺らし、

柳の枝が指先に触れても、

何も見えなかった。


──


肅宗は、静かにその場に佇んでいた。


裾を揺らして逃げていく、小さな背中が

風に舞うように視界の端に残っていた。


池をなぞる風、

揺れる柳の枝、

水面に反射する柔らかな光。


すべては穏やかに広がっていたが、

彼女だけが、必死に駆けていた。


『恥ずかしくて顔を見れません』


耳元で弾けた小さな叫び。


肅宗は、思わず笑みを噛み殺した。


深呼吸をしても、

胸のざわめきは、消えてくれなかった。


なんて、愛しいのだ。


指先に残る、あのぬくもりが

再び心臓をくすぐった。


そっと、東屋の欄干に触れた。


まるで、

さっきまでそこにいた彼女の体温を

手放したくないかのように。


その時、背後から慌ただしい足音が近づいてきた。


「殿下…!大妃様がお呼びでございます…!」


尚膳が息を切らせて頭を垂れた。


肅宗は、静かに視線を落とした。


空に舞う裾の名残、

水面で砕ける光、

そして彼女が逃げていった道。


唇の端に、淡い微笑が浮かんだ。


次こそは。


決して逃がしはしない。


彼女の手首も、

恥ずかしさに震える心も、

すべてを、この胸に抱きしめてしまおう。


肅宗は、静かに歩を進めた。


けれど、その一歩ごとに、

今すぐにでも彼女の元へ引き返したい衝動が

胸の奥で、荒れ狂っていた。




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