名に刻まれる人
翌朝。
王宮は一瞬にして、息を殺した噂に包まれた。
「張侍女が、殿下の寝所にいたらしいよ」
「ついに、寵愛を受けたんだって?」
細いささやきが、廊下を伝って流れていく。
障子の向こうに滲む朝の光さえ、緊張に押されて蒼ざめていた。
そして明け方、静かに一枚の詔書が下された。
「張侍女を承恩尚宮に冊封する。
特別に凝香閣を下賜し、居所と定める。
衣服と贈物一切を備えて授けることとする」
それは、殿下の意思が明確に刻まれた、
毅然とした命令であった。
内命婦殿は即座に沸き立ち、
端正な足音が石床を速やかに駆け抜け、
尚宮たちは冷静に儀式の準備に入った。
風さえも、慎重に動いているようだった。
──
数日後。
玉貞は整った髪に、深い紫の裳を纏い、
柔らかな絹の上衣を重ねたまま、
内命婦の庭先に静かに立っていた。
瓦屋根の陰で、軽く身をかがめて待っていた時、
威厳を湛えた尚宮が、金色の封筒を手に歩み寄ってきた。
「これは、殿下のお言葉にございます」
空は雲ひとつなく晴れていたが、
風の端には、微かな緊張がまだ漂っていた。
尚宮は供えられた箱から詔書を取り上げ、厳かに告げる。
「張玉貞を、
承恩尚宮の位に任ず。
凝香閣を居所として下賜する。
これよりは品位を保ち、
国の礎を共に支えるべし」
周囲の宮女たちは一斉に頭を垂れ、息を呑んだ。
玉貞は静かに詔書を受け取った。
指先まで届く微細な震え。
墨に染み込んだ一文字一文字が、
運命を編むように胸を圧していた。
荒れていた感情は静かに沈んだが、
その奥に残る重みは、より深く鋭かった。
その手の震えは止まらなかった。
これは恋の始まりではなく、
運命という檻に足を踏み入れる儀式のように思えた。
晴れ渡る空の下、
一枚の梅の花びらが、ふわりと舞い落ちた。
その下に、
承恩尚宮 張玉貞の名は、
静かに、だが確かに──
朝鮮の歴史に刻まれた。
──
その日の午後。
凝香閣。
赤い瓦は陽を受けて柔らかく光り、
池の縁から梅の香りがかすかに漂っていた。
白い幔幕の内には、
新しく納められた絹の寝具と黒漆の家具、
繊細に細工された香炉が整然と並ぶ。
黄金の名札に刻まれた名。
「承恩尚宮 張玉貞」
そして、
そのすべての景色の彼方から──
静かに彼女を見つめるひとりの男。
肅宗。
彼は、言葉ひとつなく、
だが深く、その姿を胸に刻んでいた。
空は低く流れ、
風はそっと草をなでて過ぎていく。
(おまえは、もう俺の人だ。
誰にも、おまえを揺るがせはしない)
目を細めながら、
彼は静かに視線を外した。
沈む夕陽の中で──
凝香閣は、朝鮮の心臓のただ中にて、
小さな炎のように輝き始めた。
そしてその時から、
朝鮮の歴史は静かに、
だが確かに、
向きを変え始めていた。