手のひらの熱、沈む夜
彼が私の手を取った瞬間、私は悟った。
もう、我慢もしないし、引き下がりもしないという決意がその目に宿っていた。
言葉なく伝わる熱。
その熱は指先から伝い、
肌を覆い、
心を、ゆっくりと、でも確かに侵していった。
彼を見上げた。
その瞳は静かだったが、
その静けさの奥では
言葉にできない波のような激しい渇望が揺れていた。
荒くなる呼吸が喉を抜けていく。
彼は一歩、また一歩、無言のまま私を導いた。
淡い絹の衣が夜気に揺れ、
柔らかな灯りの下で、長い影が並んで揺れていた。
息をのんだ。
この先に何が待っているのか、知らないはずがなかった。
頭では戻らなければと思っていた。
「毒」ではなく「愛」に溺れてしまいそうで、
心臓が叫んでいた。
けれど、足が動かなかった。
私の心はすでに彼の手に握られていた。
不安とときめき、
恐れと渇望が
胸の中でぐちゃぐちゃに絡み合っていた。
彼に導かれて辿り着いた寝殿の前。
尚宮たちが静かに扉を開けると、
中には灯りがひとつ、静かに揺れていた。
彼の手がするりと離れた瞬間、
私は反射的に一歩下がった。
そのとき——
彼の腕が腰を荒々しく引き寄せた。
胸の奥で何かが爆ぜるようだった。
「お前が私を避けて逃げ回るたびに……私は狂いそうだった。」
その声は静かだったが、重く、揺るぎなかった。
強い彼の指先が私の顎を包んだ。
柔らかくも、切実に震えるその手。
息が詰まりそうになった。
そして——
迷いなく落ちてきた彼の唇を、私は受け入れた。
その口づけは、荒く、激しかった。
長く抑えてきた欲望、
一瞬も逃したくないという
呼吸と肌の間を埋めるような、激しい渇き。
荒く抱きしめるその動きの中でも、彼の吐息は決して離れなかった。
無意識に伸ばした手が、
赤く熱を持った彼の頬を包んでいた。
思考は消えていた。
この男の体温、
熱くぶつかるその唇、
すべての感覚を支配していた。
彼は息を乱しながら、低く囁いた。
「私は何百回、何千回も夢の中でお前を壊した。
この手で、お前の息を抱き、
お前の身体を包み、お前の心に私を刻み、
幾度もお前を手に入れた。」
その声は焼けた刃のように
荒々しく、痛いほど熱を帯びていた。
ひとつの息も、ひとつの震えも、
絶対に逃したくないという、
切迫した思いが溢れていた。
腰に沿っていた手が静かに動きを止め、
離さないように掴んでいた手首も、ゆるやかにほどかれた。
まるで、逃げ道をそっと残すように——
彼は、決してその一線を越えようとしなかった。
熱が、激しく燃え上がっていたにもかかわらず。
今すぐにでも私を抱きたかったはずなのに——
それでも彼の手は、どこかためらうように、私を包んだ。
それは、欲ではなく——
守りたいという、ひとつの答えだった。
それは、愛という名の、静かな誓いのようだった。
私はその腕の中で、
ゆっくりと、ゆっくりと心を落ち着けていった。
私を抱きしめるその熱を、
彼はただ静かに押しとどめていた。
そして、そっと額に口づけた。
それは柔らかく、それでいて体が震えるほど熱かった。
私たちは何も言わずに、
互いの心臓と息づかいを——
魂のように刻みつけた。
彼は最後まで私を放さなかった。
そして私もまた——
その温もりから逃れられなかった。
すべての感情が波のようにうねり、
やがて静かに沈んでいった。
私は彼の腕の中で、
おそらく初めて——
穏やかな安堵の中で、眠りについた。
あの夜は、何も起きなかった。けれど——
すべてが、始まった夜だった。
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