プロローグ
本作は、朝鮮王朝時代をモチーフにした架空の宮廷恋愛物語です。
歴史に詳しくない方でも楽しめるように、物語の中で少しずつ世界観が広がっていきます。
雨が降っていた夜だった。
ぽつ、ぽつと落ちる雨粒が、誰もいない路地裏の地面を静かに叩いていた。
教科書を胸に抱え、息を切らして走っていた。
濡れた靴が、滑るように地面をかすめる。
胸が張り裂けそうに波打っていた。
──なんで、今、こんな嵐……
角を曲がったその瞬間──
パッと、眩い光が目の前を裂いた。
キキィ──
そして、衝撃。
体がふわりと宙に舞い上がった。
空中に浮かぶ一瞬の感覚。
何もない闇へと吸い込まれていく。
目を閉じても、耳には雨音だけが鮮やかに響いていた。
沈むように、深く。
冷たい闇が肌を這い、息を奪っていく。
意識が、底へと沈んでいく──
そのときだった。
───「いかなる生を生きれば、戻れると思うか」
耳元を撫でる、冷たく奇妙な声。
まるで雨と一緒に染み込んでくるような言葉。
『……戻るって? どこに?』
考える間もなかった。
世界がぐらりと揺れた。
視界が回る。
胸を締めつける恐怖。
声にならない悲鳴が喉を突き破った。
「──いやあっ!!」
次の瞬間、目を開けた。
乱れる呼吸。
「ハァッ、ハァッ……」
あの声が、妙にリアルだった。
夢だったのか──
額に手を当てた。
ふと、何かが違うことに気づいた。
静かな部屋。
鼻先をかすめる漢方の香り。
しんと冷たい空気。
粗く浮き出た木の天井。
障子の向こうから響く、雨の音。
すべてが、知っている世界と違っていた。
そっと床に触れた指先が、ひんやりとした感触を伝えてきた。
「……ここは、どこ……」
返事はなかった。
けれど確かに、ここは違う。
耳に、あの声がまた囁いた。
───「定められた道を外れれば、戻ることは叶わぬ」
───「されど、違う生を生き抜けば──戻る資格を得るやもしれぬ」
胸の奥が、ぞくりと冷えた。
『……私、生きてるの……?』
そっと手を握った。
障子の向こう、雨がまだ静かに降っていた。
そして──
運命の歯車が、
静かに、音もなく、
動き始めた。
お読みいただきありがとうございます
朝鮮時代に転生したラブストーリー、まだまだ未熟ですが…
優しく見守ってくださると嬉しいです☺
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