第五話〜前編〜『影の予兆と、五行庵に届く使者』
風がざわめいた。
竹林が微かに鳴き、葉擦れの音が静かに流れる。
ここは、拠点「五行庵」。
竹林の奥に佇む、静謐で神聖な和風木造の屋敷。
その一角。
縁側に座し、木刀を膝に置いた宮本武蔵は、ゆるやかに目を開いた。
「……風が、ざわついておるな」
その声音は低く、しかし確かに緊張を孕んでいた。
目を細め、黒曜石のような瞳を空に向ける。
そこに見えぬ“何か”を読み取るかのように。
「“気”が、騒いでおる……この静けさの底に、何者かの蠢きあり」
彼の腰にある二本の木刀から、まるで本物の斬気が漂い始めていた。
◆
五行庵・食堂。
「へぇーっくしょん!!」
カエデがくしゃみをひとつ。
卓上には朝餉の香ばしい湯気とともに、皆の姿がある。
「まーた竹林で寝たのかカエデ? 風邪引くぞ」
烈火が呆れたように湯呑を置いた。
「ち、違うってば!なんか……空気がピリッとしててさ、眠れなかっただけ!」
「それは……わたくしも感じましたわ」
ナギサが静かに箸を置く。
「空気が、凛と張り詰めて……まるで、大いなる力が、息をひそめているような……」
創冶も、珍しく真面目な面持ちで呟いた。
「俺の鍛冶場の火も……一瞬、跳ねたんだ。妙な違和感だった」
それを受けて、天道空雷がゆっくりと手帳を閉じた。
「全員、何かしらの“予兆”を感じているようだな。
これは偶然ではない。地脈か、魔力の収束か。あるいは――」
ガタン。
戸が勢いよく開く。
現れたのは、薄汚れた旅装の少年。
顔には傷、服には風と土の匂い。
だが、眼差しは鋭く、明確な“使命”を帯びていた。
「……この中に、“剣豪・宮本武蔵どの”は居られるか……!!」
武蔵がすっと立ち上がる。
その瞬間、空気が切り裂かれたかのように一変した。
「我が名は宮本武蔵。……聞こう、その使者たる理由を」
少年は膝をつき、懐から取り出す。
それは、一通の“和紙の文”と、黒き御札。
「この札に記されたるは、封雷神の地より届く“招喚の印”……
……“神喚の鏡”を揺らした者が現れしと……!」
空雷が一歩前に出た。
「神喚の鏡が反応したというのか?
それは“封雷神の片鱗”が目覚めたことを意味する」
「そう。かつて“空を裂いた雷の神”が遺したもの――
それがいま、現代の地脈に干渉を始めておる。
そして、その神の器に選ばれし“何か”が、迷宮の最奥で目を覚ましつつある!」
その言葉に、一同の背筋がぞくりと粟立つ。
烈火が拳を握りしめた。
「ようやく来たか……面白ェ、雷の神だろうがなんだろうが、全部焼き尽くしてやる!」
創冶も低く頷いた。
「未完成の刀があるなら、今ここで、完成させる時だな……!」
ナギサは静かに、武蔵の側へ寄り添った。
「わたくし……あなたとなら、どんな嵐の中でも、歩いていけますわ。武蔵さま」
カエデもにやりと笑い、背中の包丁型双剣をカチンと鳴らす。
「んじゃ、張り切って行こか。今日の戦利品は、雷神焼きにしてやるからね!」
空雷は、全員を見渡したのち、告げる。
「陣形【雷鳥陣・改式】を構築する。
敵は“神の器”と呼ばれる存在……軽挙は禁物だ」
武蔵が一歩、進み出た。
その眼差しは夜明けより鋭く、
その気配は大地より重く、静かなる“剣”そのものだった。
「――所望するぞ。
神なる器の中に、剣の魂が宿るのならば……我が木刀にて、見極めてみせよう」
後編へ続くーー