第四話〜後編〜『静謐なる鏡と、剣豪の新たな欲』
夜の五行庵。
月明かりが竹林を照らし、虫の音が静かに鳴る中。
ひとつの部屋だけ、仄かに灯りが点っていた。
その中では――天道空雷が、いつものように手帳を開いていた。
机上には、水銀花紋の鏡の簡易写しと、魔術測定器。
ノートには緻密な記述と、全員の行動ログが細かに記されている。
【武蔵:午前9時、縁側にて墨と対話。所望行動の沈静化確認】
【ナギサ:観察中に動悸反応あり。表情指数+3】
【烈火:茶を啜る際、明らかに羨望と警戒混在】
【カエデ:武蔵に対するテンション上昇傾向。親密度高】
【創冶:会話中、剣鍛造時の職人熱を垣間見る】
空雷(心中)
(この一団……不均衡なようで、戦場では完全に噛み合う。
だが、その中心にいるのは――やはり“剣豪どの”、あなただ)
彼は、鏡の裏面に走る墨文字を見つめた。
『鏡は心の奥を映す』
それは、武蔵が己の手で記した言葉。
空雷はそっと鏡を手に取り、自分の目を映してみた。
そこに映ったのは――冷静な戦略家の瞳。
だが、その奥に一瞬、炎が揺らめいた。
知的興奮とも呼ぶべき、ある種の執念。
“武蔵という存在を完全に理解したい”という、狂気すれすれの観察欲。
空雷(心中)
(我が研究テーマ:『異世界剣豪における木刀主義と戦闘哲学の再構築』。
鏡が映したのは……我が“欲”そのもの)
そこへ――
コン…
「天道、起きてるか?」
部屋の戸が静かに開き、武蔵が入ってくる。
「……剣豪どの。どうなされたか?」
「例の鏡……あれに、僅かに“揺れ”があった」
「揺れ?」
「そう、“空気が歪んだ”。
気配の源は、おそらくこの地に向かいつつある」
空雷が素早く目を細めた。
「――予兆か。では、やはり“封雷神”の残滓が動き始めたということか」
武蔵は軽く頷き、肩にかけた木刀に手を添える。
「空雷。所望は時に、試練を呼ぶ。だが、我らはそれすら“己を映す鏡”とせねばなるまい」
「……それは、“欲と道を重ねる”ということか」
「うむ。“所望とは、我が剣の呼吸なり”。」
二人の間に交わされる、哲学と戦略の静かな応酬。
そこへ、別室から烈火の怒声が飛ぶ。
「おい!誰だ俺のあとで食べる用に取っておいた団子食ったヤツはァ!!」
カエデ「知らないよ〜!?ってか、あたし見てただけだし!」
ナギサ「まぁまぁ、落ち着いて烈火さま。……え?わたくしじゃありませんことよ?」
創冶「(モグモグ)うん?何か言ったか?」
空雷「……“所望”の余波は、食卓にまで及ぶらしいな」
武蔵「ふ、見事な連携……これぞ、我が最強の仲間たちよ」
◆ ◆ ◆
そして、夜明けの五行庵。
武蔵が朝の稽古を始める頃。
遠く離れた山中の封印の地。
雷光が走り、黒き雷の残響が鳴った。
“封雷神”――その一部が目覚め始めていた。
――
第五話前編へ続くーー