第四話〜前編〜『静謐なる鏡と、剣豪の新たな欲』
五行庵・翌朝。
光射す竹林を抜け、風が軒先の風鈴を鳴らす。
木の香漂う広間には、静謐な気配が満ちていた。
縁側の端で、宮本武蔵が一人、筆を走らせていた。
彼の前には、昨夜手に入れた「水銀花紋の鏡」。
その縁に、漆黒と白銀の文様が施され、周囲には銀細工の和風飾りが並ぶ。
「ふむ……“静と華”……見事な対となったな」
武蔵は小さくうなずき、硯に筆を浸す。
そして鏡の裏面へ――『鏡は心の奥を映す』という古語を、墨で記す。
その横顔を、陰からじっと見つめるのは――水姫ナギサ。
(なんと神妙なご様子……まるで、墨と筆と魂を交わしておられるかのようですわ……)
思わず手を胸に当て、息をのむ。
その隣からぬっと現れる影。
「おい、ナギサ。盗み見とか趣味悪ぃぞ」
護堂烈火が胡座で歩きながら茶を啜る。
「し、失礼な!これは観察でしてよ!“お姿を堪能”していたわけでは……!」
「口が滑ってるぞ、お姫様」
「うぐ……!」
そこにカラリと音を立ててやってくるのは風飛カエデ。
「んふふー、やっぱ武蔵くんってさぁ……なんか“和風アイテム”持ってる時が一番活き活きしてるよね〜。
にしても、また“所望病”再発じゃない?」
烈火「まじで周期的だよな、アレ……」
ナギサ「しかし……あの鏡、本当に霊的な気配がございますわ。まるで何か、力を宿しているような……」
その時――
「やはり気づかれたか」
背後から静かに声をかけるのは、天道空雷。
手帳を開き、そこには【異常所望行動 第13事例】と記されている。
「水銀花紋の鏡――あれは神社迷宮の最深部、雷獣の封印を担っていた“結界鏡”だ。
つまり、それが抜かれたということは――」
創冶(鍛冶場から登場)「封印が“解けた”ってことか」
全員:
「………………」
沈黙。風が吹く。
烈火「おいおい、じゃあ俺ら、封印解除しちゃった系!?」
カエデ「ってことは……何かが“出て来る”ってコトだよね?」
空雷「鏡に残った魔力残滓を解析した結果、“共鳴反応”が起きている痕跡があった。
すなわち、何者かが――既に、動き出している」
ナギサ「鏡の奥に映った、影のようなもの……あれは――まさか」
創冶「“封雷神”本体、か……」
一同が顔を見合わせたその瞬間、
武蔵がふと、立ち上がる。
静かに、縁側を背に歩き出しながら、ふと呟いた。
「“欲とは心なり。心乱れれば、剣もまた濁る”。――よいぞ。己が所望した先に、試練があるのならば……」
足を止め、背中越しに続ける。
「全力で、受けて立とうではないか」
◆ ◆ ◆
夜。
五行庵の一室にて。
銀色の鏡に、微かに“別の世界”が映り込んだ。
そこには、角のある黒い影と、深い深い、禍々しき雷の目――
封雷神、本体。
――
後編へ続くーー