第二章 二十九話 『大槌の男と、心を打つ火花』
――タケ、十三歳。
峠を越え、鉱山の麓に広がる鍛冶の町・クガネを訪れたふたり。
音が鳴っていた。鉄を打つ音。
空気の密度さえ変わるような、圧倒的な熱気と規律のある重音。
「この音……好きやわ。うち、昔から火と鉄の匂いが好きなんよ」
カエデが鼻をくすぐる香りに目を細め、一方タケはその音に、己の“心”の輪郭が打たれてゆくのを感じていた。
その中心にいたのが――
「邪魔だ、どけ! 火が冷める!」
巨体。片手に振るうのは、丸太にも見える黒鉄の大槌。
武骨な体格と顔立ち、だがその眼は炎のように真剣で、
ひと打ちごとに火花を咲かせながら、炉の中の鋼を育てていた。
名は、黒鋼創冶。
この国でも名の知れた若き鍛冶師。
年齢はまだ十八。だが鉄に生き、鉄に選ばれし者。
「……その木刀。鋼に劣らぬ気がある。だが、魂を打っておらんな」
タケの腰の木刀を一目見て、そう言い放った。
「貴様の目……見えておるか。我が道を」
「道だと? 刀は道を切り拓くためにある。ただの棒切れを誇るな」
一触即発。カエデが慌てて割って入る。
「ちょ、ちょっと待ちぃや!ここで喧嘩せんとって!旅の途中で鍛冶の町に寄っただけやん!」
だが、タケの目に宿る光もまた、火を帯びていた。
「ならば試すがいい。鍛冶の誇りと、我が木刀の所作――どちらが真を打つか」
クガネの裏手にある試し場。
巨大な鉄の台座の上、黒鋼は大槌を担ぎ、タケはただ木刀を抜かずに立った。
そして――
打ち合いは、一瞬だった。
黒鋼の大槌が地を裂き、風圧で岩を砕くたびに、タケは“歩いた”。
予測と静の一手。
木刀すら振るわず、わずかに傾け、かわし、間合いをずらし、重力すら欺いた。
やがて、最後の振り下ろしが空を裂いたとき――
「……なにっ……!? 肩が、動かねえ……?」
黒鋼の右肩に、タケの木刀の柄がそっと添えられていた。
「勝敗は動ではなく、静にあり。破壊ではなく、“残し”にこそ真は宿る」
黒鋼は、ただその場に膝をついた。
「……負けだ。だが、なぜだ。お前の剣は軽いのに、俺の槌より……重い」
その問いに、タケは静かに言う。
「我が木刀には、五百の道と、ひとつの魂が打たれておる。それが重みだ」
しばしの沈黙の後――黒鋼はふっと笑った。
「……気に入った。お前の剣と、俺の鉄……いつか、合わせてみてぇ」
それは、初めての言葉だった。
黒鋼創冶が誰かに“打たれた”瞬間。
こうして、ふたりの剣士と鍛冶師の縁は生まれた。
まだ同行はせずとも、魂の火花は、やがて“五行庵”を打ち立てる礎となる。
──第三十話へ、続く。