第三話〜前編〜『封雷神の祠と、水銀花紋の鏡』
竹林を抜けた先、静かに佇む神社の廃墟。
苔むした鳥居の奥、拝殿は朽ち、倒れた石灯篭が苛烈な時の流れを物語っていた。
その奥、社殿の床下に開かれた裂け目が、まるで誰かを誘うかのように口を開いている。
「ふむ……なるほど、これが“神社迷宮”とやらか」
木刀を肩にかけ、武蔵は裂け目を見下ろす。
まるでその奥の気配を“感じ取る”ように、片膝をつき、静かに地に手を触れた。
「気の流れが逆巻いておる。――人の理ではない、封じの気配。だが……」
カエデが武蔵の隣にぴたりと立つ。
「武蔵くん、ここ……マジでヤバそうな感じする。風がうねってる」
「……地下迷宮に風が吹く時、それは“命を呼ぶ”か“魂を喰らう”か」
空雷が後方からつぶやいた。既に戦術盤を展開し、魔道具の端末に地形情報を構築し始めている。
「剣豪どの、ここは“封雷神の祠”と呼ばれていた。雷神を封じる祭祀の地。雷と風の属性が歪に交錯している。故に、通常の探査魔法が乱れる恐れあり」
「フッ、ならば俺の火で道を切り拓いてやる!」
烈火が拳に火炎を灯し、先行しようとする。
「やめんか、烈火。こういう時は順序がある」
黒鋼創冶が鉄の槌で地を軽く叩きながら、進入ルートの安全を確認する。
「瓦礫の崩れ、地盤の軟化、魔法障壁……この手で全部ぶち壊せるって保証があるまで、突っ込むな」
「まあまあ皆さま、慌てずとも」
ナギサは微笑みを浮かべ、両手を合わせる。
「このような地では、水精霊の声に耳を澄ませるのが良うございます。水はすべてを映す鏡、地下の気配を辿りましょう」
彼女の周囲に、淡く光る水の精霊が舞う。
一筋の水が地へと沁み、幾筋かの“安全な導線”を照らし出す。
「ふむ……これほどの才、まさしく“姫”の風格よな」
武蔵が軽く頷きつつ、最も気配が濃いとされる奥の通路へ目をやる。
「皆の才が道を拓き……我はただ、最奥にて剣を振るえばよい。――何と楽なことよ」
「サボり宣言すな!」
カエデがすかさず肩肘でツッコミを入れる。
「最後だけ全部持ってくの禁止ー!」
「くっ……まったく、あの静かなる確信に満ちた余裕っぷり、分析不可能だ……」
空雷が僅かに目を細める。だが手帳には、“剣豪どの:初動における無言の観気判断(危機察知力)→S”と書き加えられていた。
――そして。
地下迷宮に踏み入った瞬間、彼らを迎えたのは、まるで異空間とも言える空間だった。
漂う雷光、宙に浮く瓦礫、上下左右が曖昧な構造。
その全てが、六人の感覚を試す。
「空雷、陣形指示!」
「“流風の型”にて展開。カエデ、先行して罠の解除。ナギサは結界探知。烈火は中心を守りつつ、創冶と連携して地盤制圧。剣豪どのは――」
「言わずとも、最奥へ参る」
空雷が頷く。武蔵はすでに、一歩前を行っていた。
――そして、迷宮の奥。
淡い銀の輝きを放つ“水銀花紋の鏡”を守るように、雷獣の霊が咆哮する。
雷と風が暴れ、炎が躍り、鉄が吼え、水が流れ、空が指し示す。
その中で、ただ一人。
武蔵だけが、静かに歩を進めていた。
木刀が構えられる。
「――風雷の獣よ。我が道を塞がば、ただ斬るのみ」
風を裂く音と共に、木刀が振るわれた。
後編へ続くーー