第一話〜後編〜『五行庵の朝』
――風が、竹を揺らす音がする。
この静寂が心地よいのは、我らの間に言葉にせずとも通じる絆があるからだ。
仲間たちの気配が、風のように屋敷に染み込んでいる。
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──護堂烈火視点──
「うおおおらああああ!!」
竹林奥の庭に、雷鳴のような咆哮が響く。
素手で振るうは、まるで岩を砕くような鉄拳。巻き起こる衝撃波に、周囲の葉が舞う。
「ちくしょう……昨日の一撃、まだまだ甘かったか……!」
自らの拳に傷を作りながらも、烈火の目は鋭い。
己を鍛えるための試練は、他人に課されるものではなく、自分で選び取るもの。
それを教えてくれたのは――五行庵で出会った、あの小さな剣士だった。
「武蔵……お前、あの身体でなんであそこまで“重い”斬撃が出せるんだ?」
初めて見たとき、驚いた。
筋骨隆々でもない。派手な魔法も使わない。
ただ、木刀一本で鬼を斬った。その刹那、彼の背に――巨大な“刃の幻影”が浮かんだ気がした。
「背負ってんだよな、何か……命より重いもんを」
その重さに届くために、俺は今日も拳を振るう。
いつか、あの剣を真正面から受けてみたい。それが俺にとっての真の戦いだ。
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──黒鋼創冶視点──
「……またやってんな、烈火のやつ。ったく、朝からうるせぇ」
鍛冶場の一角、火を落とした炉の横で黙々と鉄片を研ぐ音がする。
金属の匂い、炭の残り香、熱が抜け切らぬ炉壁。ここが創冶の“戦場”だ。
「アイツ(武蔵)のさ、腰の木刀って一体なんなんだろうな。木刀なのに化け物を斬る。ありゃもう理屈じゃねぇ、神域だな」
創冶は打つ。己の納得するまで、何度でも。
けれど、武蔵の持つ木刀――二天一流の構え――それだけは、未だに打ち抜くイメージが持てない。
「……いや、違ぇな」
俺は多分、アイツの“剣”じゃなく、“覚悟”に負けてるんだ。
だからこそ、負けたままで終わるつもりはねぇ。
あの木刀を超える何かを、必ずこの手で創り出してやる。
「それが俺がここにいる理由ーー」
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──天道空雷視点──
「朝の陣、配置確認」
戦術盤を手に、屋敷を見下ろす小高い丘の上。空雷の瞳は蒼く冷え、しかしどこか熱を帯びている。
「烈火、単独鍛錬。想定通り。創冶、道具点検。余剰燃料不足……要補充。ナギサとカエデ、武蔵との距離約7.3メートル……」
手帳に走るペン。文字のリズムが呼吸と同期する。
そして、彼の視線は一瞬、縁側の“その人物”に止まる。
「……剣豪どの。やはり貴殿の気配は“測定不能”だな」
感応干渉も、視覚補正も、すべてがズレる。まるで人ではなく、意志ある“剣の精”のようだ。
観察対象としては危険で、だがそれ故に魅了される。空雷の胸奥が、じりじりと熱を持ち始める。
「……我が研究テーマ、“剣豪の精神構造”にまた新たな資料が加わったな。フフ」
頬を赤らめながらメモを取り続ける姿は、他の誰にも見せられぬ“変態軍師”の真骨頂である。
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──宮本武蔵視点──
……ふむ。
烈火は今日も拳を振るう。
拳に剣の理を求めるその姿は、火のように激しくも、どこか真っ直ぐで清い。
創冶は静かに鉄と向き合い、己の流儀を磨いておる。
武とは、刀のみを指すにあらず。彼の創る“意志ある刃”こそ、また剣なり。
空雷の視線は、時折我が背を刺す。
冷静に見えて、彼もまた戦を愛する男よ。策を巡らすその目に、熱が宿り始めた時――いずれ戦場にて、彼の本質を見ることになろう。
……皆、己の道を行く者たち。
ゆえに、我は彼らと共に在ることを、誇りとする。
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第二話へ続くーー