第十二話〜中編〜『封雷神ノ記憶』
霧が立ち込め、空がざわつく。
それは嵐の前触れではない。神の記憶が目覚めようとしていた。
拝殿の奥、幾重もの結界が破れたその先に鎮座する巨大な石碑。
それを囲むように配置された六本の柱──空雷が即座に解析する。
「これは……神代陣“雷ノ六極”。封印結界と雷信仰の融合術式……ッ!」
その瞬間、周囲に雷が奔る。天からではない、地下から。
雷脈を走る霊気が地表へ突き上げ、石碑の中心が裂ける。
現れたのは――
封雷神・ツチカグラ。
半身が雷を纏い、半身が霊の影と化した神獣の姿。
カエデが鋭く叫ぶ。「うわっ、アレ絶対ヤバいやつやろ!? てか、雷の神さんってウチらの話ちゃんと聞いてへん感じ!?」
「問答無用で攻撃してきますわね……!」ナギサが氷のような冷静さで身構える。
ツチカグラの一撃が地を揺らす。
大地が裂け、霊柱が砕ける。
烈火がその直撃を大盾で受け止めた。
「まだッ……まだ、我が陣は……!」
盾の縁が軋み、破裂寸前。それでも彼は崩れぬ。
「黒鋼ッ!」烈火の叫びに応じ、背後から黒鋼の大槌が天へと振り上げられる。
「打ち砕くは宿命の枷よ!」
叩きつけられた一撃が、地脈の流れを強引にずらし、雷の根源を撥ね上げた。
空雷がその変化に応じ、仲間たちを誘導して叫ぶ。
「第三陣“雷縛結界”発動!烈火、正面で封止め!黒鋼、右斜面から一撃を!ナギサ姫は左の分岐へ!」
「心得ましたわ!」ナギサが扇子から放つ蒼き風が神の雷を巻き取り、別の空間へと導いてゆく。
カエデはその隙に跳躍。
「そらもう、行くでえええッ!」
宙で三回転しながら投げた包丁型の双剣が、神の足元に突き刺さる。
わずかだが、動きが止まった。
その瞬間、すべての音が消えた。
「――我が参る。」
一歩。
武蔵が、静かに前に出る。
すべての喧騒のなかで、ただ一人、彼だけが“静”を纏っていた。
雷が渦巻く。だが武蔵は歩みを止めぬ。
その歩みはまるで、時間が引き延ばされたように遅く、しかし確実であった。
ツチカグラの眼前に至り、腰の木刀を右手に取る。
カエデが呟いた。
「……出た、無の構え。」
その刹那――
雷が砕け、空が裂けた。
「見極めは、心眼にあり。」
木刀が一閃。
神の胸元に、たった一線の傷が走った。
されどその一線こそが、雷神の核心を断ち、結界全てを無に帰す致命の一撃。
ツチカグラが吠え、雷が四散する。
烈火がつぶやく。「あれが……武蔵の、無銘の太刀……!」
そして静寂が戻る。
ツチカグラは膝を折り、仰向けに崩れ落ちる。
その胸から零れた勾玉が、蒼く、ほのかに光を灯していた。
空雷が解析を始め、顔色を変える。
「この勾玉……雷の力を蓄える器ではない。これは、“記憶”だ。」
ナギサがそっと武蔵の横に立ち、袖を掴む。
「武蔵さま……何かが、動き始めておりますわね。」
武蔵は空を仰ぎ、ただひとこと。
「……風は、来る。」
物語は、終幕へと向けて静かに加速していく──
後編へつづくーー