第7話 白雪大隊長と模擬戦
「以上が雨宮隼人隊員の調査報告です。それでは失礼します!」
「ご苦労美濃部隊員。退室を許可します」
「はっ!」
美濃部は敬礼をして黄昏の会議室を出て行った。
「さて、そろそろ第46小隊を外に出せるようになるみたいだけど誰が持っていく?」
挑発するように黄金威が黄昏の会議室に集まった各大隊の隊長たちに問う。
しかし黄金威の威勢のいい声とは裏腹に誰も返事はしてくれない。
「なあ~、返事ぐらいしてくれてもよくない?ただでさえ二人いないんだから少しぐらい元気出して行こうぜ?」
この黄昏の会議室は各大隊の隊長たちのみが使える会議室である。
そして今現在この会議に参加しているのは6人の内4人。
メディック隊とサポーター隊の隊長は来ていない。
「黙れ。そんな下らん話の為に私はここに来たわけではない」
口元を隠した目つきの悪い男が厳しく言った。
「あなたは変わらず口が悪いわね」
そんな男にボッキュンボンのポニテお姉さん風の女性がまるで手間のかかる子供に注意するかのように言った。
「貴様こそいつも軽々く物事を語るな。貴様は自分の立場が分かっているのか?」
「もちろんよ」
一発ありそうなピリピリとした雰囲気が会議室に漂う。
そこに待ったをかけたのは黙っていた最後の大隊長だった。
「双方とも一旦落ち着いてください」
美しい白の髪がなびき、その容姿はまるで絵本の中から飛び出してきたお姫様のようだ。
「私は最初から落ち着いてるわよ」
「私もだ」
注意された二人はまったく持って悪びれなく答える。
それを聞いて場を落ち着かせようとした女性は溜め息を吐く。
「それなら良いのですが……ともかく御二人が第46小隊をいらないと言うなら私がもらってよろしいですか団長」
「いいわよ。どっちみち誰もいらないならあなたのところに預けようと思ってたし」
「ありがとうございます」
「それじゃあまずは一つ目の議題はこれでお終い。次になんだけどちょっと面倒なことになっててね~」
黄金威は花瓶を壊してそれを誤魔化している子供のように告げる。
「なんだ?とっとと話せ」
目つきの鋭い男が早くしろと促す。
黄金威は溜息一つついて語る。
「実はね、政府のお役人さんが自分の主催するパーティーのうちに所属する歌姫を一人一日貸して欲しいんだって」
「なに?」
それを聞いてその場にいた3人の隊長たちの目は明らかに厳しくなった。
「何を考えているのですか。彼女たちは政治の道具ではないのですよ!」
「そうよ。ただでさえ人手不足なのにうちにそんな余裕ないに決まってるじゃない」
「忌々しいがこいつらと同意見だ。そのバカは一体何を考えているのか」
三人の意見は一致していた。
ふざけんなだ。
だがそんな反応黄金威も百も承知だ。
「そうなるよね~。分かった。これについては私からあっちに保留の返事を出しておくから」
「何を悠長なことを言っている。さっさと断ってしまえばいいでないか」
「それができれば団長も頭を抱えないのです。我らも一組織、運営するには金が必要なのですよ」
「まったくこんな世界になったって言うのにほんとこういうことは100年前と変わらないのね」
会議の空気は割と悪いまま目つきの悪い男とお姉さんな隊長の二人は会議室から出て行った。
「それでは団長。私はこのまま第46小隊のところに行ってきます」
「いいの?彼女たちをこっちに呼ぶこともできるけど?」
「はい。どちらにしろそこまで手間でないので。それに私に呼ばれて移動している間に少しでも強くなってもらった方が団の為ですので」
「そう。ならいいわよ。じゃあ彼女たちを頼んだわよ白雪大隊長」
「承知致しました。黄金威団長!」
白雪は敬礼をして会議室から出て行った。
「はぁ~」
一人残された黄金威は力を抜いて椅子に寄れかかる。
「まったく団長って言うのも楽じゃないな~。……よし、疲れたから一杯やって行くか!」
その後自分の隊に戻った黄金威に鬼の雷が落ちるのはこの時黄金威は一ミリも考えていなかった。
いや、あえて知らないふりをしていた。
***
その頃、訓練室では隼人と真白が模擬戦形式の訓練をしていた。
「その調子よ隼人君!」
「はぁ、はぁ、そうか、よ!」
隼人は木刀で槍の振りを払う。
リーチの差で攻めきれない隼人。
それを意識するあまり守りに転じるしかない隼人。
そこに更に戦闘服で強化された瞬発力と筋力。
それを埋めるための経験の差も向こうに分配は上がる。
どう見ても隼人が勝てる未来はない。
はずだった。
「え!?」
隼人は槍の突きを恐れず真っ直ぐ前から向かい打った。
それに驚く真白。
当たり前だ。
訓練用の木製だろうと当たり所が悪ければ死ぬこともないわけじゃない。
一度も都市の外に出たことがないはずの人間が死ぬ以前に痛みを恐れず自分に向かってくる武器に走ってくるのは相当な蛮勇がいる。
隼人は刀の柄の部分を槍の先端から滑らせて真白の懐に入った。
「勝負、ありだな…」
「うん。私の負け」
「…はぁ……」
身体から力が抜けて座り込む隼人。
「483戦で初黒星だ…」
ここ一月ずっとマキナの顕現と霊威のコントロールを中心に模擬戦でならしてきてようやくの黒星。
「お疲れ様隼人君」
隼人は真白の手を取って起き上がる。
「お二人ともお疲れ様です」
そばで見ていた美春がお茶を渡してくれる。
「隼人さんも初黒星おめでとうございます」
「ギリギリだったけどな…」
「その具合なら次の任務にも支障はなさそうですね」
聞き覚えのない声が訓練室の入り口から聞こえてきた。
そこに目を向けるとまるで絵本から飛び出て来た白い髪のお姫様が騎士のような鎧を着てこっちを見ていた。
そして彼女の姿を見た瞬間、真白と美春が敬礼をする。
「お久ぶりです白雪大隊長!」
「お久しぶりですね白銀隊長」
白雪と真白が握手を交わすと、次の瞬間二人は抱き合う。
「お久しぶりです泉華御姉様」
「ええ、ほんとに久しいですね真白さん」
傍から見ると二人はまるでほんとの姉妹の様に見える。
白雪が真白とハグをし終えるとこっちの方を見て俺のところに歩いてきた。
「貴方が雨宮隼人君ですね。初めまして黄昏の空ナイト隊隊長の白雪泉華よ」
「初めまして雨宮隼人です」
俺は白雪隊長と握手を交わす。
ほんと近くで見ると真白と同じで綺麗な人だな。
「貴方のことは真白さんから聞いてるはとっても素敵な男の子なんですってね」
「ちょ、ちょっと泉華御姉様!やめてください!」
真白は俺から白雪隊長を引き離すように間に入ってきた。
それに白雪隊長は嫌悪な感じはなく、むしろ嬉しそうな表情を浮かべる。
「あの、二人はとても親しそうですが知り会いなんですか?」
隼人がそっと二人の関係を聞く。
それに白雪が答える。
「私と真白さんは従姉妹なの」
「昔から泉華御姉様には色々とお世話になってたの」
「ええ。それからここで再会したの。その時は驚いたわ。昔とまったくの別人になってたからね」
「ああ〜」
白雪の言葉にちょっとだけ共感する隼人。
「それで、泉華御姉様は一体どのような用件でここに?」
「今日は任務についてあなた達に知らせにきたのよ」
白雪は先ほどまでの柔らかな口調から大隊長らしい固い口調に変わる。
「只今より第46小隊はナイト隊の管轄下は入る!したがって貴方達には結界修復作戦への参加を命じる」
「はっ!」
真白が隊長として代表して返事をする。
「詳細はサポーターに送っておく。それでは雨宮くん。私と模擬戦をしましょうか」
「は?」
「何を呆けているのですか、さ、構えてください」
木剣を取って構える白雪。
それに訳が分からないと戸惑う隼人。
「いや、急に来て模擬戦って、こっちは今連戦連敗して体力精神共に消耗してるんですけどぅお!?」
最後まで言い終わる前に白雪は隼人に剣を振るう。
それを何とか受け止める隼人。
「いい反応ね」
自分の剣を受け止めた隼人に満足げな笑みを浮かべる白雪。
「お、重い……」
この人、めちゃくちゃ速い上に剣が重い。
確実に美春や真白より強い。
「雨宮君。女性に対して重いはないと思いますよ」
「そういう意味じゃありませんよ」
剣を払い、距離を取る隼人。
だがすかさず白雪は距離を詰める。
「簡単には逃がしませんよ!」
「クッ……!」
「狂獣は私たちをいつ襲ってきてもおかしくありません。疲労困憊時にくることだってあります。あなたには我が団の歌姫の一人を預けるのです。いつでも対処できるようにしてもらはなくては困ります」
「言われなくても、守りますよ」
「ならばこれはどうですか」
白雪は隼人を払い飛ばし、持っていた剣を真白に向かって投げる。
突然剣を投げた、それに反応して美春は真白の前に盾となるように前にでる。
だがそれと同時に隼人が反応する。
自分の持っている木刀を白雪と同じく真白の方に投げる。
木刀は真白に当たる前に白雪の投げた剣に当たり、二つは互いを弾き美春と真白を避けるように壁にぶつかる。
「あぶ…ガッ!?」
当たらなくて一瞬安心した隼人だが白雪はそこを見逃さなかった。
白雪は隼人の首根っこを掴み床に叩きつける。
「どんな時でも油断大敵ですよ」
それを言って白雪は隼人から手を放す。
そして隼に向けて言う。
「ひとまず及第点と言うところですね。これからの成長を楽しみにしています」
白雪は真白の方を向く。
「突然剣を投げてごめんなさい。でもできることなら理解してくれると嬉しいわ」
「い、いえ、大丈夫です」
真白は苦笑いで答える。
それに白雪は笑顔で答える。
「ありがとう。それじゃあ私は現場に戻るので」
そのまま白雪大隊長は帰って行った。
あれが黄昏の空を支える大隊の隊長の一人、白雪泉華か…。
「どうしたんですか~?もしかして白雪隊長に惚れちゃいました?」
美春がニヤニヤした顔でからかってきた。
「そんなんじゃねんよ。ただ、あれが大隊の隊長なんだって思ってただけだ」
強い。簡単に圧倒された。多分、いや、確実に真白の護衛でなくても今の俺だとあの人と戦うことになったら確実に負ける。
「そうですか。それよりとうとう決まりましたね」
「ええ、隼人君加入後の初の任務。張り切っていきましょう」
「「おおーー!!」」
手を合わせて気合を入れ直し、元気のいい声を上げる二人。
これはまだまだ鍛える必要があるな。