第33話 Ⅶ.望んでいない珍道中 ブレッサンド王国
僕達は長い船旅のあと、新婚旅行で5か国目に訪れることになったブレッサンド王国の港町ドパーズに着く。
「ふぅ。シャル、旅も折り返しだね」
「そうでしたか。これからは?」
「ブレッサンド王国のあとはネマール帝国だよ」
「何か時間が過ぎるのが早く感じます」
「うん。じゃあホテルを探そうか」
僕達は港町ドパーズで1泊し、ブレッサンド王国王都へと向かう予定だ。町の人に聞き、すぐに良いホテルが見つかった。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様でしょうか?」
「いえ、予約は取っていません」
「そうでしたか」
「5人分の部屋を取りたいんですけれど空いていますか?」
「少々お待ちください。こちらに必要事項を記入してください」
「ロン。ごめん。代筆頼む」
ロンがやって来て、受付で必要事項を記入する。
「お客様。予約していないので、スイートルーム2部屋しか空いてません。他の部屋はキャンセル待ちになります」
「そうですか。ロン、どうする?」
「いいんじゃね。ジンとお嬢とババアが使えば。タンちゃんはどうにでもなるし、キャンセル出なかったら娼館でも探すよ」
「そうか。ごめんね、ロン」
「お前は王様だからいいの。わかった?」
「スイートルーム2部屋でお願いします」
「わかりました。次からは予約の方をお願いいたします」
ホテルの部屋に荷物を置く、今日は海産物の美味しい店を探し、みんなで食事をするつもりだ。ロビーに行くとホテルスタッフの方に呼び止められた。
「国王様!」
「えっ」
「すみません。私、当ホテルの支配人であります。受付スタッフが失礼な対応をしたことをお詫び申し上げます」
「いえ、大丈夫ですよ」
「ありがたきお言葉。それでお耳に入れたいことがございます」
「何でしょうか?」
「実は最近誘拐事件が数件発生していまして、少年や女性の方が狙われています。外出の際は充分に気をつけていただければと存じます」
「わかりました。ありがとうございます。シャル、セーラ、聞いてた?」
「はい」
「もちろんよ。あたいは大丈夫だと思うけど」
支配人の忠告を受け、町で食堂を探す際に僕は周囲を気をつけることにした。
「しかしまあ、平和そうな町なのに物騒って、わからんもんだな」
「主、心配しなくてよいぞよ。わらわは万能じゃ!」
「タンちゃんは心配していないよ。お嬢のことが心配なだけだ」
そんなやり取りを聞いていると、50メートルほど先に俯いているエルフの少年がいた。
「あれ? ジンちゃん、ちょっと待ってて。知り合いかもしれない」
セーラは少年のもとへ行く。僕達も遅れて少年のもとへ。
「テミルじゃない! どうしたのこんなところで?」
「姉さんと一緒にシャロー王国ってところに行くつもりだったんだ」
「そうなのね。ところでリリーはどうしたの?」
「攫われた」
「何? 何て言ったの?」
「姉さんはおいらのことを逃がすために、人間と戦ったんだ。でも押さえられて、そのあとはわからない」
「そう」
「おいら姉さんのこと守れなかった。救えなかった。こんな役立たずいなくなればいいんだ」
「あなたね。役立たずとか守れなかったなんて言わないで。救えなかったなんて言わないで。そんなことを言ったら、なんで助かったか分からなくなるでしょ! リリーの気持ちも考えたらどうなの! そんな落ち込んでる暇があったら、今からリリーを助けに行くわよ」
「ジン様」
「もちろん。助けにいこう」
「ったく、しょうがねぇなぁ。タンちゃん、仕事だ。行くぞ」
「ふぉふぉふぉ。仕事するのじゃ。仕事のあとのお菓子は最高なのじゃ!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「フフフ。わが研究は順調そのものだ」
「フェロー様。キメラ開発は順調なのですね。ありがとうございます。これで軍の戦力も大幅アップいたします」
「そうだ。あと1週間もあればできるであろう。しかしなあ、人間では限界があるぞ」
「そこはご安心ください。新しくエルフを手に入れました。今は眠らせてあります」
「ほう。そうかそうか。では早速、急速培養槽に入れよう」
「では手配いたします。おい、お前ら早くしろ」
「わかりました! すぐにエルフを連れてきます!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕達は情報を集めるために町の人達に聞くことにする。その前にロンから提案があって攫われた現場に行くことにした。
「テミルって言ったな。ここで姉さんが攫われたんか?」
「はい」
「ふーむ――ライ!」
「はい」
「お前、犯人の足跡たどれるだろ? 汚れを探せばいけんだろ?」
「汚れた場所を見つけるのは得意です」
「じゃ、頼むわ。まずはこの足跡」
ロンはライムに指示をする。ライムは足跡をたどり歩いていく。1時間ほど歩くと何やら怪しげな3階建ての建物に着いた。
「ここです」
「ジン。上の階にいると思うか? オレは地下があれば地下のような気がするんだが」
「おい。お前らなんだ? ここは私有地だ。今すぐ出ていけ!」
ロンに問われている途中、建物の中から男が出てきた。我慢ならなかったのかセーラは、
「サラマンダー! 行きなさい!!」
「うわぁぁ」
男は炎に包まれる。騒ぎを聞きつけ数人の男達が出てきた。セーラはガンガン攻める。
「ノーム! 土でアイツらを覆って! ウンディーネ! 土を固めて!」
「な、なんだなんだ」
男達は足元から固められていく。下半身から上半身へと徐々に固まっていく。最後には顔が覆れ、おそらく呼吸ができなくなったであろう。
(セーラの本気を初めて見た。強すぎる)
僕達は建物の中に入る。ライムが地下に繋がる扉を見つけてくれて、地下へと降りていった。そしてそこには頑丈そうな鉄の扉があった。
「タンちゃん。扉を溶かして――」
「サラマンダー!!」
セーラがタンヤオよりも先に扉を溶かす。廊下の突き当りには円柱型のガラス容器が2つあった。
(ホムンクルス? キメラ?)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「何事だ」
「フェロー様。扉が壊されました。敵が入ってきています」
「何! お前ら、何とかせい!」
「はっ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「人間だ。こっちは蛇。ロン、これキメラを作ろうとしているよね?」
廊下の突き当りで僕は円柱型のガラス容器を見て、思わずロンに聞いた。
「キメラかどうかはわからんが、おそらくそれに近いことをしているのだろ――ってババア、先に行くな!」
慌てて僕達はセーラの後に続く。現れた男達を難なく倒していき、大きな部屋に着くと両脇にはガラス容器が連なり、奥にはエルフと巨大な蜘蛛が容器の中に入っていた。
「姉さん!!」
「待て!」
ロンがテミルを止める。ガラス容器の前では男が不敵な笑みを浮かべていた。
「ほう。お客さんか。わが研究を見にきたのか」
「サラマ――」
「バカ! そんなのぶっ放したら、全部壊れるだろ」
ロンがセーラを止める。
「ほう。無理矢理壊わすと爆発するのを知っているのか?」
「タンちゃん。アイツがキーパーソンだ。口を割らせる為に協力してくれ」
「わかったぞよ」
ロンの指示でタンヤオが男の前へ。
「ほう。お前もキメラになりたいの――うわぁぁぁぁ」
男はミイラになっていった。
「バカ! 何してるんだよ!」
「ん? 主の為に協力したぞよ」
「タンちゃん。こいつ殺したら、容器の中のヤツらどうやって助けたらいいか、わからないだろうよ」
「ほう。そうじゃった」
(あーあ。ロン、ちゃんと細かく指示していないお前のせいだ)
「姉さん!!」
「リリー!!」
ガラス容器の中にいるエルフの少女が足元から溶けていく。同じように巨大な蜘蛛も溶ける。
(間に合わなかったのか。もっと早く動ければ)
すると辺り一面が光に覆われ、光が収束すると、僕達はまるで雲の様な所に立っていた。
目の前には光る糸が垂直に天まで繋がっていて、そこにエルフの少女は掴まっていた。
「テミル。セーラさん、お久しぶりです」
「姉さん?」
「リリー?」
「私は役目を果たしました。これから妖精界に帰ります」
辺りは柔らかなクリーム色、その中で彼女は言った。
「私はテミルを王にするために妖精王に頼まれました。覚えていますか? 初めて会った日のことを」
「覚えているよ。姉さん。父さんが連れてきたことを」
「はい。地上に降りて、あなたのことを守っていたのです。セーラさん」
「リリー」
「テミルをエルフの国に連れていってください。私からのお願いです」
「えーっと、シャロー王国に連れていけばいいのね?」
「はい。では、皆さんさようなら。私は妖精界から見守っています」
そう言って彼女は天に昇る。僕はその光景を見て、「蜘蛛の糸」を思い出していた。
(ウォーターリリー――睡蓮か)
僕達はまた光に包まれる。光が収束すると先ほどの部屋に戻っていた。先ほどと違うのは、円柱型のガラス容器の外に少年や女性達が横たわっていたことだ。
このあと、シャルとセーラは少年や女性達の保護。僕とロンは急いで町の人達に協力を仰ぎに行った。
◆
無事に誘拐事件が解決し、町は安堵の雰囲気に包まれる。僕達はテミルと共にホテルに戻り、これからのことを話していた。
「ジンちゃん。あたいがテミルをすぐにシャロー王国に連れていくのか、それともジンちゃん達の旅行に同行するのか、どっちがいいと思う?」
「僕としては同行してもらった方がありがたい。この旅で感じたんだ。僕の力だけではシャルのことを守りきれない、セーラに協力してほしい」
「わかった。いいわよ。その代わりホテルはスイートルームね。王になる子だから」
「うん。そうするよ」
その日はホテルで夕食を摂り、僕達は早めに休んだ。
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〈おまけ〉
「うーん。どうすっかなぁ」
「主、どうしたのじゃ?」
「この町に娼館がないんだよ」
「主、別の宿屋に泊まればいいのじゃ!」
「おっ! タンちゃん。グッジョブ!」
「ふぉふぉふぉ。わらわは万能なのじゃ! お菓子のある所に泊まるのじゃ!」




