閑 話 シロツメクサ
「シスター。いつもありがとう」
「いえ。エル君がいなければ、みんなどうなってしまったか」
ジン国王と一緒に旅をしていたある日の朝。僕はロンさんに起こされ、孤児院へと行った。
孤児院に着き、ロンさんが扉を叩くと扉が開き、シスターが現れる。顔つき、話しぶりから僕より年上の人なのだろうと思った。
中に入り、テーブルについてシスターと話していると、扉が乱暴に叩かれる。ロンさんが裏手から逃げろと言ったのを聞いて、僕は子供達を起こし、シスターと一緒に裏手に行く。
「シスターどこまで逃げれば?」
「あそこ――」
「止まりな。どうしたんだ? そんなに慌てて。お前ら逃げなくていいぞ。あの世に送ってやるから」
僕らの目の前に男達が立ちはだかる。彼らは獲物を狙うような顔つきで笑った。
男の懐から取り出されたナイフは銀色に輝く。
「やめてください! この子達には罪はありません!」
「そうだな。じゃあシスターが相手をしてくれよ。お前らもそう思うよな?」
男達はいやらしい目でシスターを見てきた。
(僕が守らなきゃ)
「お前ら拘束しろ」
「イヤ!!」
男達がシスターに近づく。僕はシスターの前に立った。
「はぁ? 坊主。邪魔すんじゃねぇ」
僕が男を睨むと、次の瞬間腹部に痛みが走った。
◆
「あっ」
目を開けると天井があり、天井を見ているとシスターの声が聞こえた。
「よかったぁ」
シスターは僕を見て、そう漏らした。
「お腹すいていませんか? 今食べ物を持ってきますね」
辺りをみると、孤児院の一室みたいだ。「あぁ、刺されたのか」と腹部を見る。
不思議なことに傷痕が無い。しばらくするとお皿を持ってシスターが戻ってきた。
「お口に合うかどうかわかりませんが……」
「ありがとうございます」
僕はシスターに渡されたお粥を食べた。
「美味しい」
「フフ、たくさんありますので、おかわりしたいときは言ってください」
◆
「シスター!」
「ねぇねぇ、シスター」
「どうしたの? みんな」
「最近ずっとエル兄のところに行ってる。ずるいよ~抱っこして!」
「やめなよ。シスターはエル兄とケッコンするんだから」
「け、結婚! あなた達バカなこと言うんじゃありません!」
「だってさ。1週間、ご飯作っているとき鼻歌が聞こえるよ。今までそんなこと無かったのに」
「ねぇねぇ、シスター。チューした? チュー?」
「いい加減にしなさい!!」
「「わー」」「シスターが怒った~♪」
◆
3日間は動けなかった。食べては寝て食べては寝てを繰り返し、血が足りずに体が思うように動かなかった。下の世話もシスターがやってくれて、何だか恥ずかしかった。
「だ、大丈夫です。自分でやります」
「いえ、まだ無理してはいけません」
「でも何か、シスターに見られるのは……」
「そんなこと気にしているんですね。私はあの子達のをよく見ているので気になりませんけど」
(本当かな。シスター、目を合わせて言ってよ)
◆
孤児院での生活は悪くない。無邪気に子供達は庭を駆け回り、僕に構ってきたりもした。外に出れば眩しい日差し、僕は緑色と茶色が混ざった森を眺める。鳥のさえずりが聞こえ、辺りは朗らかな雰囲気に包まれていた。
僕は総本山での出来事を父に伝えなくてはいけない。ジン国王やロンさんに神殿の一室で助けてもらったことも。そしてエール商会が孤児院を襲い、そのせいで僕が刺されたことも。もう彼らを信用してはいけない。職人の人達を守らなくてはならない。
孤児院で過ごすこと2週間。充分に体力も回復し、元のように動けるようになった。そう、これから僕は実家に戻るのだ。
「シスター。今までありがとう。お世話になりました」
「いえ。こちらこそ助けてくれてありがとう」
「エル兄。もう行っちゃうの?」
「ねぇねぇ、もっといてよ~」
「そうだよ。もっと遊んで!」
「うん。でも僕は行かないといけないんだよ」
「そうなの?」
「エル兄! お父さんのところに行くんでしょ? ボクらお父さんいないから、シスターと結婚して、お父さんになってよ」
「ははは、シスターの事もちゃんと考えなきゃいけないよ」
「ちゃんと考えてるのにぃ」
「そうだよ。エル兄はシスターのこと好き?」
「うん。好きだよ」
「じゃあ、また来てよ」
「ゼッタイ! 約束だよ!」
「うん。約束する」
「嘘ついたら、神様が怒るからね」
僕は孤児院の建物を見て、今までここで過ごした日々を思い出す。孤児院の外にある道までシスターは見送りにきてくれた。
「エル君。ご実家はニューリーズですよね」
「そう、ニューリーズにある」
シスターは愁いを帯びた笑顔でボクを見つめてきた。
「また、来ます。あっ、そうだシスター。今度、僕の家まで来てよ」
「えーー。ご実家ですか!! そ、その、わたし、ご両親に挨拶だなんて……」
「そんなこと気にしなくていいのに」
「私は気にします!」
「ははは、そうなんだ。じゃあ、シスターもう行くね」
「うん。エル君、これを持っていってください」
シスターの手にあったのは、シロツメクサで作られた小さな花指輪。
「これくらいしか、あげられるものはありませんが」
僕はそれを受け取る。シスターの指が僕の手に少しだけ触れた。
「ありがとう。これを見て、みんなのことを思い出すよ」
僕は坂道を歩き、気がついて振り返る。
「シスター!! あげられるものが無いって言っていたけど、シスターから愛情をたくさんもらったよ!!」
シスターが微笑んでいるのがわかる。だから、僕は大きな声で言った。
「必ず戻ってくるよ!! あの子達のパパになるためにー!!」