第3話
僕は戦況とバリスタの配置位置を確認しに戦場へ行くことにした。その話を聞いたロンは「道中お布施が必要だろ、だから一緒についていく」と僕に言ってきた。
「ジン、お前オレに隠していることあるだろ」
「えっ」
「お嬢とのことだよ。神が言ってるぞ」
ロンは勘がいい。僕は昨夜のことが頭から離れず、それがどうやら顔に出ていたみたいだった。
◆
昨夜
「ジン様、シャルロットです」
「はーい、空いてるよー」
シャルが部屋に入ってくる。僕は火縄銃の設計図を描くのを止め、彼女と向き合った。
「どうしても、行かれてしまうのですか」
「うん。その場に行かないとわからない事があるからね」
「そうですか……」
「心配してくれているの?」
そうシャルに問いかけたら、シャルが突然服を脱ぎだし、僕は驚いて大きな声が出てしまった。
「ちょ、ちょっと! シャル、何しているの!!」
「私にできることは、これくらいしか……」
「ちょっと、落ち着いて冷静になろうよ」
冷静にならなければいけないのは僕の方だ。
「ジン様は私の為に戦場に行かれるのですよね。それに、ここにきてから休みなくずっと働いています。だからジン様には後悔してほしくないので、私は……」
「シャル、縁起でもないこと言わないで、まるで僕が死ぬみたいじゃん」
「でも」
「大丈夫。必ず戻ってくるから」
シャルは俯いていた顔を上げる。そして僕の目を見て力強くこう言った。
「わかりました。必ず戻ってきてください」
「うん。約束するよ」
◆
「ほほう。それで手を出さなかったと」
「あぁ」
「馬鹿だな。お嬢の誘いに乗らないなんて」
「そうなのか」
「そうだ。お嬢を大切にするのはわかるが、手を出した方が良いこともあるんだよ」
◆
僕らは馬車を乗り継いで、戦場の一歩手前の町、ドールへと向かう。
ドールに着いて、僕らが作戦本部がどこにあるのか探していると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこにはブロンドの長い髪の女性がいて、彼女は僕らに質問する。
「ねぇ、ちょっといい、お兄さん。あたい聞きたいことがあるんだけど」
(エルフか)
「あたい、ネマールに行きたいんだけど、どうすれば行けるかわかる?」
「今、ネマールに行くのは無理だよ。戦場を通らなければならないから」
「そっかぁ、やっぱりダメかぁ」
彼女がガッカリしているところにロンから提案があった。
「一緒に作戦本部に行けばいいんじゃね。情報収集できるし」
エルフの彼女の名はセーラ。一緒に歩き、ロンに年増だと馬鹿にされたら、ウンディーネに頼んで、ロンに水をぶっ掛けていた。
「ここかな」
「ここじゃね。中に入ろうぜ」
(ずぶ濡れで中に入るの、気にならないんだな。流石修道士)
建物の中に入り、廊下を進む。突き当りに大きな扉があったので僕は3回ノックをした。扉が開くと、初老の男性が現れ、こう言われる。
「誰だ、てめえ」
「ジンと言います。作戦本部はこちらであっていますか?」
「け、賢者様! 失礼いたしました。ここが作戦本部です。さっさっ、中にお入りを」
部屋に入ると、大きなテーブルの上に地図があった。戦場の地図だろう。
セーラは物珍しいのかキョロキョロと部屋の中を見ている。ロンは「タオルが無いなんて、使えねぇな」と呟いていた。
「戦況は?」
「五分五分です。むしろバリスタがあるので、向こうは攻め込めずにいます」
「バリスタは足りていますか?」
「あと3か所くらいに置けるとありがたいです」
「現場を見に行こうと思っているんだけど、案内してもらえますか?」
「いけません!! 賢者様に危ない所へは行かせられません。我々《われわれ》にとって死なれたら困るんですよ」
僕の知識が必要だからと言われて、僕は戦場へは行けない。何しに来たんだろう、そう思ってしまった。
「戦況は随時、公爵様に伝えるようにいたします。賢者様、ご足労をおかけいたしました」
しばらく膠着した状態が続くであろうと、その情報を得ただけでも良かったと思うことにする。
「ねぇ、賢者様。戦争が終わりそうにないし、あたい、あなたについていっていい?」
「ロンもいるけど、大丈夫?」
「あんな青二才、どうにでもなるわ」
「そうか。僕らはこれから公爵邸に戻るんだけど」
「公国のトップの家!! 面白そう! 行く!」
こうして僕とロンはセーラと共に、公爵邸に帰ることとなった。
(ロンに年増って言われていたけど、いったいセーラはいくつなんだろう……)
ドールの町から僕が公爵邸に戻ると公爵様に呼ばれ、僕はシャルのことで何か良いことを言われるんじゃないかと淡い期待を抱いていた。
「ジン君、相談があるんだが」
(えっ! シャルと婚約!!)
「前線が膠着状態だろ。向こうに攻め込むか国境線を防衛するか、どうしたら良いと思う?」
(シャルを僕にくれるのが、良いと思います)
僕が悩んでいるフリをしていると、公爵様は続けて言った。
「それとな。食糧をネマール帝国から輸入していたのだが、それができなくなって困っているのだ」
僕は考えた。1つは戦争の目的を前線の防衛ではなく進軍することに変える判断をするのかどうか、もう1つは食糧問題をどう解決するのか……。
「公爵様、ネマール帝国とバリアナ公国の地図はありますか?」
◆
僕は部屋に戻り、公爵様から借りた地図を広げる。前線は割と平坦で、しかもネマール帝国側には河川がある。ここを押えて農地にできれば、少しは食糧問題が解決する。
「ははは、だっせ」
「ウンディーネ、お願い」
「如雨露の水なんて、大したことねぇ」
「ノーム、お願い。あいつを拘束して」
僕が真剣に悩んでいるのに、ロンとセーラの声が中庭から聞こえてくる。そして、僕は気がついた。
「セーラ!!」
僕は部屋を飛び出し中庭へ行く。
「セーラが使う精霊って、作物を育てることってできる?」
「花なんかすぐに咲くから、ウンディーネとノームに頼めば、作物もいけるんじゃないかしら」
僕はセーラを連れて公爵様のもとへと行く。ロンは一緒についてきて、タオルを貰えないか聞くそうだ。
「公爵様」
「どうした? 娘はやらんぞ」
(ガーン!)
「食糧問題についてなんですが……」
セーラが精霊達に頼んで作物を育てることができるかもしれない、ということとネマール帝国の中を流れている河川まで攻め込むべきだと、そう公爵様に進言した。
「なるほど。これで食糧問題が解決できるかもしれんのだな。ジン君ありがとう」
「はい、また何か困ったことがあったら言ってください」
「そうか。最近娘の周りを飛ぶハエがいてな、わしに媚びを売っているのだが、どうにかできんかの?」
(公爵様。困ったことって、僕の行動なんですね)
◆
バリスタのおかげで前線での戦闘は形勢が逆転したそうだ。河川まで攻め込むためには、もっと兵力が必要なので、僕は簡易的な火縄銃の設計図を描き上げ、鍛冶職人に量産してくれと頼んだ。
それから数か月後、バリスタの有志兵たちが河川まで進軍できたとの報告が公爵様に伝えられたそうだ。
(農地計画を練って、セーラと一緒に現地へ行くか)
「おい、ジン聞いてくれよ。あのババア、ウンディーネとノームしか契約できていないんだって、サラマンダーやシルフと契約してないから戦争じゃ役立たずだよ。ハッハッハッ」
(ロン。セーラは衣食住の食のキーパーソンだ。役に立っていないのはお前だ)
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〈おまけ〉
「ジン、おまえ自分のことなんて呼んでいるんだ?」
「僕だな。シャルは?」
「私です。セーラさんは?」
「シャルちゃん、あたいに何て言ったの?」
「ふっ、これだから年増は」
「ノーム、お願い。あいつを土に埋めて」