第29話
僕はロンとタンヤオが戻ってくるのを待っていた。ロビーでは何故かライムが床を掃除している。
「ライム」
「はい。国王様」
「なんで床を掃除しているの?」
「なんか掃除をしていないと落ち着かないんです」
「そんなもんなの?」
「働いていた娼館でいつも人間の若い人が出す汚れを掃除していたので」
「そうか。習慣化されてしまったのか」
(タンヤオが聞いたら言うだろうな。何とか体操って)
そんなやり取りをライムとしていると、ロン達が戻ってきた。
「おう」
「お疲れ、ロン。で、どうだったの?」
「ああ、エール商会は国境沿いの土地を買い占めている」
「そうかぁ」
「別に土地を買い占めることは悪いことではないんだが、孤児院を襲撃するってやり方がな。どう考えても汚い」
「そうだね。酷いよね」
「それでな、極秘資料を見つけたんだ。これからエール商会がさらに利益を上げるために、工芸品を買い占めて高く売ろうとしている」
「それって」
「そうなんだ。ニューリーズの地場産業を狙っている」
ロンが淡々と説明する中、タンヤオは幸せそうに最中を頬張っている。
「職人協会の会長に便宜を図ってもらう為、先月から賄賂を渡している」
ロンは拝借してきた紙を僕に見せ、説明を続ける。
「ジン。職人協会の会長以外に重要な人物の名前がここに書いてあるだろ」
僕はロンが指した文をみると、
「そうなんだ。会長の息子も陥れろと、そいつの名がエルボーラングキック」
僕は驚いた。
「エル坊のことだよ」
◆
僕達は夕食を摂りながら、今後のことを話す。そんなことお構いなしにタンヤオは「早く最中を持ってくるのじゃ!」とホールスタッフに言っていた。
「ジンちゃん。エルちゃんのこと、会長さんに言った方がいいと思うわ」
「僕もそう思う」
「ニューリーズに行くのですね」
「そう。ジンちゃん、あたいは急いだ方がいいと思う」
「どうして? セーラ」
「早く会長さんに言えば、孤児院も何とかなるような気がするの」
「あっ! そうだね」
「もう暗いし、明日早くここを出ましょう」
「ババアもちゃんと考えているんだな」
レストランなのにセーラはロンに向けてウンディーネをぶっ放す。騒ぎを聞きつけ、ホールスタッフのチーフがやってきたので「すみません」と謝り、僕はコップ3杯の水をエルフがこの修道士にかけてしまったので、新しくお水をくださいと頼んだ。
(頼むよ~。セーラ~)
◆
次の日の朝、タンヤオは腹痛を訴える。ロンに聞いたら最中の他に乾燥剤を食べたらしい。なのでタンヤオには一度魔界に帰ってもらった。朝食を食べ終え、受付でチェックアウトをし、僕達はホテルを出発した。
ニューリーズまでは3日間の馬車の旅。旅は順調だったが途中、トラブルに巻き込まれる。そう野盗達が現れ、馬車が囲まれたからだ。
「おーっと、お前ら、大人しくしろ。女を1人寄越せ、かわいがってやる。そうすれば残りは見逃してやる」
それを聞いたロンはモノリスを取り出した。
「出ねぇ――。あっ、タンちゃん。ちょっと来てくれ、頼みたいことがあるんだ。何? お菓子を食べたいけど、怖くて食べられない? いいから来い。お菓子詰め合わせセットに入っている乾燥剤取り除いてやるから」
「ふぉふぉふぉ。待たせたな」
「おっ、お疲れ。こっちに来てくれ」
そう言ってロンは野盗達の前に立ち、タンヤオを差し出す。
「おっ! 上玉じゃねぇか!」
「いいってことよ。(タンヤオ、こいつらを)好きにしていいぜ」
「へへへ、悪いな。好きにさせてもらうぞ。お前達は後でな、俺が一番目だ!」
タンヤオのおかげで馬車は出発することができた。こうして僕達は無事にニューリーズに辿り着いた。
「まずは職人協会だね」
「ジン様。ホテルが先です」
「あぁ、そうか」
「しばらくしてないじゃないですか。だから――」
(シャル、街中だ。その話は部屋でしよう)
ホテルに荷物を置いた後、支配人に職人協会の場所を教えてもらう。それから手土産を買い、15分ほど歩いて職人協会に着いた。ロンが先に建物の中に入っていく。
「おう。会長はいるか?」
「はっ? 誰ですかアンタ?」
「ロンって言うんだ。会長に大事な話があってきた」
「そうですか。大事な話とは?」
「できれば、ここじゃなく部屋で話したい」
「わかりました。会長に確認してきます」
「頼むわ。それと手土産だ」
ロンは手土産を受付の方に渡す。受付の方は奉公人らしき人に「会長が今時間は大丈夫なのかどうなのかを伝えてくれ」と言い、僕達は会長を待った。
「来るかな」
「来なければ来なくていいんじゃん。どうせ他人だし」
「たまにドライだよね。ロンって」
「自分の力じゃどうしようもないことは沢山あるからな」
僕達は20分待ち、受付の方に言われた。
「お引き取りください。身分のわからない者には会わないとのことです」
「わかった。ジン国王帰るぞ。会いたくないって言っているんだ。もう息子のことなんていいだろ」
受付の方は目を開き、僕達に言った。
「し、失礼いたしました。国王様。再度確認して参ります」
僕達は協会の会議室へと向かう。会長は先ほど粗相をしたので、会議室の前で頭を下げていた。
「先ほどは失礼しました」
「おう。エルボーラングキックのパパ」
ロンの言葉を聞き、エルパパは驚いた様子だった。
「なぜ息子の名を?」
「教国で出会ったんだ」
「そうなんですか。国王様。中へどうぞ」
会議室は質素だった。僕は協会で集めたお金をちゃんと職人に還元しているのだなと感じた。
「それで話というのは?」
「ああ、オレらはエル坊と総本山から一緒に旅をしていたんだ。途中、寄った孤児院で賊に襲われて、エル坊は重症になっちまったんだ」
「えっ、息子は! 息子は! どうなったんですか!!」
エルパパは取り乱し、テーブル越しにロンに問い詰める。
「今は教国との国境にある孤児院にいる。エル坊はシスターが看病している」
「そうですか……なぜ孤児院に賊が?」
「会長さん。あんた、絡んでるぜ」
「どういうことです?」
「エル坊はエール商会の手下どもにナイフで刺されたんだ」
エルパパは信じられないという顔で呆然としている。ロンは眉をひそめ、続けて言った。
「会長。仕事をして儲けることは良いことだ。ただ、付き合う相手は考えた方がいい」
エルパパは椅子に座り直し、ロンの言葉に耳を傾けていた。
「ガチな話。エール商会に怒りをぶつけた方がいい。お前の息子がエール商会の欲を満たすために殺されかけたんだ」
エルパパは言葉を発せずにいた。
「商会は国境の土地を買い占め。通行料や物資などに高い関税をふっかけて、儲けようとしている。別にそれは否定するつもりはないが、国境にある孤児院、いやもっと言えば国境沿いに住む人に害を与えている。人を不幸にしてまで儲けることはどうなんだ? 人を騙し、金を奪っているようなもんだろ」
エルパパは元気なく俯いている。
「だからよう会長さん。エール商会と縁を切った方がいいぜ。今は良くても、あとあと首を絞めることになる」
「わかりました」
「あっ、それと賄賂は返した方がいいぞ。面倒になるからな」
エルパパは僕達と一緒に会議室を出る。そのあと、協会会員にエール商会との取引を止め、別の商会と取引をするように指示を出していた。
「ありがとうございました。息子のいる孤児院はどこでしょうか?」
ロンは受付から地図を借り、エルパパに場所を指し示した。
「ジン。ここからどうする? 孤児院に戻るか? オレはもういいと思うぜ。エール商会はこのことで衰退するだろうからな」
「うーん。シャルはどう?」
「戻りたい気持ちもありますが、帰国が遅れるのもどうかと思うと」
「セーラは?」
「そうね。もうこの人たちに任せてもいいんじゃない? と思うけど」
「ライムは?」
「王様にお任せします」
「タンヤオ――」
(そうか、いないのか。ん? 野盗はどうなったんだろう。まっ、いいか)
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〈おまけ〉
「お主ら、甘いものをもっとよこすのじゃ!」
「あ、姐さん。もう甘いものは……」
「ほう、契約してくれると」
「いや、いや、いや、頭みたいに殺さないでください。手下に言いますんで」
「そうか。わらわは最中が食べ――」
「どうしたんです? 姐さん」
「いや、乾燥剤はもう食べたくないのじゃ!」




