恋って
相手がいる小説家に恋をしてしまった出版社の担当さんのお話
「私にも恋を時期がありました。」
窓から入り込んだ風に吹かれ、貴方の少し跳ねた髪の毛が揺れた。
懐かしいですね〜なんて呑気なことを言いながら、机に置かれたカップを持ち、コーヒーを飲む。
そんな普遍的な動作だって、僕を高揚させるには充分すぎた。
貴方が恋をしていた時期。僕も恋をしてた。
他の誰でもない、貴方に。
意気地なしな僕が貴方に気持ちを伝えられるはずもなく、僕はただ、貴方の助手として貴方のそばにいた。
担当についた頃は乱雑だった部屋が、日に日に片付いていって。
シンクに積まれていた食器のタワーは撤去され。
配達業者が貴方の家にカップ麺の箱を届けることは殆どなくなった。
冷酷で、それでいて危ない魅力を纏った貴方の文章はどんどんと柔らかくなり、たちまち多くの人を魅了する恋愛小説になった。
文中で一途な恋をし続ける彼女に、何度自分を重ねたことか。。
いまさら、この恋を叶えようなんて思いはしない。
貴方には大切な人がいて、その方と幸せになれる未来があって。
僕が望んでいるのは貴方が幸せに生きる未来だから。
それでも。
なんで僕じゃなかったんだろうと思ってしまう。
貴方が女性を好きになる人だったらきっと、こんなことは思いはしなかった。
性別が恋愛対象外ならもう、元から叶わなかった恋なのだと割り切れたから。
でも、貴方は違う。貴方は、、。
僕が選ばれていた世界もあったのかもしれない。
僕が貴方の横に、担当者ではなくパートナーとして立てていたのかもしれない。
そう思うたび、無性に負けた気がするのだ。
どうしようもない嫉妬ともどかしさが僕の心を駆け巡る。
僕は、魅力がなかったようだ。
そんな僕の気持ちも知らずに、恋について語る貴方。
その左手の薬指には指輪が光っていた。
その光を見てか、無意識のうちに僕はそう口走っていた。
「恋ってそんなにいいものでしょうか。」