読み切り短編集 『星屑に坐す(5)』~魔女会甕星☆真性魔女シャズナの新大陸バンザイ!!~
遥かな高空から打ち下ろす魔法の光弾は重力の助けもあってかやたらに勢いづいて、えげつない威力で標的を次々と蹴散らした。
中空以上に高度の上がらない機体で飛ぶ空賊戦艦は箒一本で天空を行く真性魔女シャズナにとって恰好の的である。いくら正規軍でない賊徒の船団とはいえ、為す術なく砲撃魔法に貫かれ爆煙を上げて崩れる様はあまりに酷いではないか。
あの飛行船一隻にどれだけの賊徒を収容しているのか魔女達には憶測しか分からないが、おそらく数千からの命がこれで死んだだろう。
「んー!見たまえ!空賊共の戦艦がゴミのようだ!イーッヒッヒwww」
「シャズナ様やりすぎですよ!」
「ひ、人殺し」
「うわうわ!ニャーッ!ここで撃墜してどうするニャー…全部海に落ちちゃいますニャー」
「あーあーせっかく魔石を満載した飛空戦艦が…」
「も…もう魔石も木っ端微塵でしょ……」
「んん?いっひっひww」
真性魔女シャズナはニヤニヤして口端から掠れた笑いを漏らしているが、随従の魔女達6人は目の当たりにした大魔法の規模と人命軽視の大量殺戮に身震いして文字通りガタガタ震えていた。
青黒い蒼天の凍てつく中を飛行する彼女らは漆黒のローブから張りのある太腿を突き出しているとはいえ、守護魔法により寒さも呼吸も問題ないはずである。だが心の寒気までは如何ともし難い。
出撃前の魔女達の予定では南海に浮上した新大陸上空に差し掛かるところで空賊船撃墜の後、魔石貨物強奪の作戦であった。
それが魔女会後見人真性魔女シャズナの独断で急遽爆撃ということになって現場に付き従う魔女達はその方針転換に泡を食っている。眼下の中空で交戦中だった空賊旅団連合の飛龍機どもと難民船団護衛の飛龍機部隊の戦いが空賊側の勝利に終わった瞬間、ニヤリと微笑んだシャズナの思いつき差配だ。
それは、人類の魔力資源である魔石結晶をあまりに膨大に積載した賊徒達が新大陸に上陸しては、彼ら魔界の干渉媒体が一大拠点を築くばかりか国家をも形成しかねないという懸念からの即断即決であったのだが、しかしそれはそれで人類の営みの一環としてそういうこともあるだろうと真性魔女シャズナは思ってもいる。
だというのに瞬時に攻め滅ぼしたのは、そう思うシャズナの脳裏にとある閃きが過ぎったからだ。いいこと思いついたというわけで、魔女としては閃いたからには我慢なんてできなかった。
「ん!お前らはわかってないな…魔法学校からやり直しかな?」
「どういうことですか?」
「ん。あのまま莫大な魔石を新大陸に持ち込む賊徒に魔領を陣取られてはいろいろ偏って困る!それより魔石を昇華させて自然神に返した方がだな、魔石は成るべき所に成るのだ。公平を期したってこと!死体についても同じだ!魔神共にとって食い物にすぎんのだからな」
「う〜ん…公平…、でもそれじゃ地底から採掘する魔石とかは…」
「ん〜?ニース。お前、魔石の生成についてあまり勉強しとらん。…魔女についてもな」
「ぐっ…」
真性魔女シャズナは判断の正当性を言いたかったのだが、理解しないニースから視線を外すと空を見回している。
魔女会の一角、契約魔女のニース・リンベルは魔法学園を中退したばかりの魔女で知識面が半端であった。
というか実のところ彼女は前日のパングラストラスヘリア大陸魔王戦の最中に従軍していた学徒魔法戦団が壊滅して逃げ出し、空の浮島群島に横たわり途方に暮れていたところを魔女会構成員に捕縛されて真性魔女シャズナと契約。魔女会に採用されたばかりなのである。だから人間であることを捨てて魔女デビューしたばかりの彼女が無知であることは無理もない。そうでなくても魔石の実態については秘密が多くて諸説あり理解の難しいことなのだ。
魔女ニースの理解が足りていないところは、魔石の種類も価値も様々であることなどではなく、魔石が世界の覇権を左右する要素の大きな一つであるということだろう。地表世界を生きる人間達が普段使っているくせに知り得ていない魔石の実態、そういうところを大掴みに理解しておかねば魔女界に籍を持つ魔女達の立ち回りは立ち行かない。
なぜなら、魔族の領地である魔領のような封土を持つ権限のない魔女達には、その持たざる者として持つ者達である魔族や人間達の領地から”いろいろと”搾取することが生きる道だからなのである。
「ともかくお前達、そんなにビビることはないぞ。奴らの魔石はどうせ難民どもから奪った魔石だ。魔族の財産を真性魔女が奪って何が悪い!そんなもん!北方の新大陸ではもう陣取り合戦が始まってるんだぞ!名称も『ドグラニカ大陸』に決まりかけておる!クソっ、…魔女ドラドラには負けておれん。あのヤリマンめ。…私ら魔女会もどんどんテコ入れしていかんと!」
「「「「「━━━━━」」」」」
「ぼさっとするな!さあ雲間をよく見て!敵影を見落とすな!高空でも油断するなよ、飛龍機や翼人の精鋭は大魔法の撃ち終わりに突っ込んでくるものだぞ」
「「「「「━━━はいっ!!」」」」」
雲海を見下ろす真性魔女シャズナのハリキリ様に感化された魔女達の震えは止まっているが、今のシャズナの大魔法に逆襲する者たちがいるかもしれないと思うと緊張で表情が張り詰めた。
高空まで上昇して戦う者がいれば、それは余程の魔力ある強者である。だが下の中空で激戦していた程度の者達がここまでやってくるとは思えないのに、シャズナの警戒はどうしたものであろう。
暫し警戒が続いて何も変化がない眼下の空に気が緩んだ新人魔女ニースが口を開いた。
「てゆうか…あの、シャズナ様、こんなことしちゃって大丈夫なんですか?死んだのは賊徒とはいえ、背後の奴らを…魔王とかを敵に廻しちゃうんじゃあ…?」
「ん?いいのだ。魔族の生命を真性魔女が奪って何が悪い!それにな、魔界間のドンパチはむしろ奨励する魔神もおる。『魔神ゼルゼルゼリ十戒』第七項”魔族これ和を以て憎み、常としてドンパチするべし”とな…」
「……へ、へ〜…そんなのあるんですか。シャズナ様はこうおっしゃってますけど、そうなんですか?ガガ先輩?」
「しらん」
「ニース!ガガに難しいことを聞くな。お前は新人のくせに口数が多いなぁ。警戒に集中しろよ」
「うっ、ラモー支部長すみません…でもガガ先輩サンドイッチ食べてるし集中してないじゃないですか…」
「ニャーも腹減ったニャー」
「あたしも」
「お腹すいたよね」
「(もぐもぐ)」
「ハムだけくれニャー」
「いやハムはダメでしょw」
「ガハハw」
「(もぐもぐ)」
「ほ〜ら〜みんな集中切れちゃったじゃん、ニース!」
「わ、私は悪くないような…」
「━━━お前ら…ん?…チッ!全員停止。お客さん来るから後ろに下がれお前ら。戦場でぺちゃくちゃ喋りやがって、本当に学生気分かよ。馴れ合ってんじゃねーぞ」
「「「「「「〜〜〜〜〜〜」」」」」」
怒気を孕むシャズナの説教に青くなった魔女達はシャズナ中心の陣形を解いて後方に集まった。
だが敵襲という雰囲気でもない一行の箒上の居住まいに新人魔女ニースがキョドキョドしていると、前方に儚げな高空の大気が煌めいて一塊の雲が立ち現れた。既にその周囲には浮き立つように佇む8座の翼人が並んでいる。
やがて分たれた雲間から眩い光輪を纏う逞ましい巨漢が顕れ、輝く雲霞とともに真性魔女シャズナの前へゆったりと間を寄せた。
『やあやあシャズナ。昨日の魔王戦ではご活躍だったね』
「━━━ん、こんちわ。エルデウスさん」
『今回はどういう風の吹き回しだい?真性魔女の後見する魔女会”甕星”から、我ら天神ギブリ神界干渉の人草達に加勢賜るとは。お陰でウルグラ国難民団は九死に一生を得たというところだが…』
「うん。実はさ、━━━━━」
真性魔女シャズナの待っていたかのような出迎えに涼やかな眉目で応えたのは天神界の美丈夫、眷属神エルデウスである。
彼らの干渉下にある難民達はパングラストラスヘリア大陸の魔王戦から逃れてきた人間達で、主にウルグラ国という大陸南岸の海洋国家の人々を主体としている。
その難民達は今しがたこの雲の下の海上で空賊と海賊の挟撃に遭って人船共にズタボロの様相だったのだが、彼らを守護するはずの天神達はそうそう簡単に手助けはできずにその敗戦を見守っていた。そのまま彼ら天神達が難民達の死に絶えるのを見捨てたかどうかはわからないが、生き残る人数を多く減らしただろうし、賊徒共の奴隷になって離散する運命を辿ったであろう。
だがその人間達の運命の無数にある大筋は神々の企画であらかじめ決められていることであり、ある意味仕方のないことなのである。
それが真性魔女シャズナの閃きによって多くの運命が生き残ったことで、それらの運命を司る天神界としては筋道が変わったので事情を伺わねばならない。
本来ならば互いの手駒ともいうべき人草同士の間での交わりで変わった運命ならば仕方なしとする事なのだが、女神の類縁の神聖魔女の娘の真性魔女は眷属神と同列の存在。人類でないものが人類の命運に過干渉することは神々の禁忌である。
真性魔女シャズナの閃いた「いいこと」とは一体、何であろう。
「実は、難民達を新大陸へ護衛しようと思って。でさ、その後も新大陸で国を作りを手伝ったりして魔女会が後援するから、領土での魔女の活動を容認してほしいんだ」
『━━━……それはまぁ、しかしシャズナよ。それは今まで、禁止も容認もなく、そなたら魔女は気ままにやって来たではないか。魔石も、命も、魔女達は法の目を掻い潜り搾取してきたことは諸神の知るところだ。それをわざわざ…』
「…んふふw」
『━━いや待て。シャズナよ、新大陸の出現をいつから知っていた?手回しが早いのではないか。既に南海に現れた新大陸だが、我らの方では人草達に与える契約大陸として約束したばかりの大地だ…』
「んーん。それはこの表宇宙で知ることはできませんよ、エルデウスさん。それより、悪い話ではないと思いますよ…どうでしょう?」
『━━━━━…うーん…今から魔女の干渉する人草達になるのか…魔を持って魔を制するというやり方を最初からというのは…。いや、しかし、確かにこのまま人草達の頭数が減っては我々も媒体が少なくて困る。魔族に対抗する魔女達の支援があれば、人草達が新大陸で早々に滅びるということはないな。新大陸へはともかく確実に人草を配置しておきたい。諸神も他の難民や近隣大陸から干渉する人草達を派遣している。遅れを取ってはならない』
「うんうん」
『人草達の祭祀から得る因果と供物が絶えては、我々の干渉権限も衰えてしまうからな…』
『そこですよね!』
天神眷属神エルデウスは少し考えたが、やがてこれを受諾した。眷属神と魔女の盟約である。これで難民達の生命と財産から得られる因果の値は眷属神と魔女に分与されることになった。
契約には印を交わさねばならないためエルデウスは真性魔女シャズナと契りを交わそうとしたが、シャズナの方ではお浄めがまだだという事で遠慮する形をとった。これは遠回しにエルデウスとの逢瀬を拒否したことになるが、そういった創造の神々に因む契約の印は様式美の一種というか縁担ぎというかなんというか形骸化している側面もあるので必ずしも肌を合わせる必要はないだろう。他の方法でもいいのだから。
だがエルデウスの方では一旦やるとなった女性を見るともうそういう目で見てしまうので絶対にセックスがしたくて、シャズナを見るエルデウスの熱すぎる眼差しはすっかり男性としてのそれになっていた。筋骨たくましい巨漢のエルデウスと小枝のように華奢な体のシャズナでは体格に差がありすぎるのでどうなのかなと周りの眷族や魔女は心配になってくる。だが人外の神々に不可能などあろうものか。
ともかく約束の約束という事でその印にと眷属神エルデウスは真性魔女シャズナに下帯を所望し、シャズナは顔を真っ赤にしながらその場で脱いで投げ与えるとエルデウスは直ちにこれを頭に被ろうとして小さすぎ、ならばと履いて見せようとしたがやはり小さすぎて無理であった。顕現する体格の変化など眷属神エルデウスに造作もない事だが、そうまでして拘って見せるのも恥ずかしくなったので、とりあえずシャズナの下帯はエルデウスの胸ポケットにくしゃっと仕舞われたのだった。
ちなみにエルデウスからシャズナへは純粋な結晶石である聖石で作られた指輪が送られており、これは眷属神でも滅多に手に入らない希石なためシャズナは小指に通してもらう手が震えてしまった。真性魔女シャズナは己の震えに驚き、溢れそうになる涙を目の裏へ飲み込んで堪えた。
このシャズナの震えの真の意味を知るものはエルデウスとシャズナだけであろう。それくらい聖石は、この表宇宙において魔石とは別の意味で大変な代物なのである。
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一方その頃、雲の下の大海に浮かぶ難民船団の生き残り5隻に乗る人々は空から降ってくる空賊船団の残骸回避にテンテコ舞いになる中で尚も襲いくる海賊船団と魔法を撃ち合うという過酷な大海戦に発展していた。
海賊船団の方では難民船団を拿捕せんと接近を試みているが難民船の方では魔法使い達がやたら滅多らに遠距離魔法で必死の抵抗を見せている。砲撃魔法の火球を放ち海賊船を炎上させたり海面干渉魔法で隆起させた大波で転覆を狙ったりと容易には寄せ付けない。白昼の絶海で繰り広げられる魔法戦は儚く見えて、板子一枚下の地獄のような大海に没するのは双方どちらの船であってもおかしくはなかった。
だが海賊船の方でも魔道士がいて遠距離魔法を迎撃するので沈む様子もなく、彼ら悪人の悪運強さゆえに大波に飲まれたり空から落ちてくる空賊戦の残骸に当たるということもないのだ。
数で勝る上に予め用意のある海賊船団は巧みに船を繰り、難民船が魔法を撃っては難民船団同士が相討ちになるような位置どりに航行して砲撃魔法を封じるとみるみる距離を詰めてきた。上空から見ればあたかも鮫達が獲物の周囲を旋回しながら迫るような光景に見えるだろう。
「馬鹿な!!…」
「これでは…」
「白兵戦になる!王子らを下へ隠せ!甲板で迎え撃つぞ!!」
「━━ぶつかるっ!!」
小高い丘のような波間に見え隠れする海賊船団は見るたびに距離が近づいた。砲撃と空賊戦の残骸と山のような波濤を超えて迫りくる海賊船の姿に難民達が危機を叫ぶのは幾分遅すぎただろう。
ついに近接した海賊船が波に乗ってぶつけた船縁が難民船の船縁を轟音と共にひしゃげるてしまい甲板に立っていた難民兵団は吹き飛んで散らばった。だが、海賊達の方は船体衝突の機を見てロープや魚網とともに跳躍しており難民船の甲板上に転がり込むと先手を取って白兵戦が始まった。
「<< !!!ガラを押さえろ!!神官・血族・組織の長を生け捕れ!!!>>」
「「「「「「「「おおおお゛お゛お゛あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」」」」」」」」
乱戦の最中幾度も放たれた海賊船団首領ウェイダオ・ツァイハンの大声は頭に血が上った海賊達にもよく聞こえるバカ声である。
「ガラを抑える」という目的を持たされた海賊達は難民戦士達の剣と魔法の攻撃に付き合わず、乗り込んで来たくせに逃げ回って船の中に侵入する経路を開くことに戦力を集めると、扉や窓の守備兵を殺して討ち入り瞬く間に船内に満ちた。
難民船団は戦う術を知らない一般の老若男女や児童などを船底に押し込めて守り甲板上で戦士達が戦っている。
人数で言えば難民達は海賊の10倍以上は多く、その中で戦闘経験のある武芸者や騎士や魔法使いといった難民戦士達の人数も海賊達より少し多いくらいには乗船していたから上手くやれば迎え打てる可能性はあっただろう。
だが防衛戦というのはやる事が多すぎて難しく、寄せ集めの彼らには連携が取れず、そもそも魔王戦から我先にと逃れた者達なので凄腕の強者というのは少ない。
そのうえ頼りないことに、海上の戦いにもかかわらず海軍の兵隊が1人も乗っていなかった。
パングラストラスヘリア大陸諸国の海軍は大陸全土に広がった魔王戦から退避するはずの諸侯を乗せるため主要な港を群魔から守る防衛戦を戦っており、そのため難民船団の方には海戦での組織立った立ち回りの出来るものが1人もいないのだ。
それで難民達は個々の戦力を死に物狂いでぶつけるしかなかった。
だが、どう考えても無理のある防衛戦でも守るものがある彼ら難民戦士達の士気は高く、開戦時の甲板上では海賊達の方に大量の血飛沫が上がっていた。外から見た海戦の外見上は、難民戦士達が優勢だったのである。
とはいえ、そもそも略奪の専門組織である海賊達は生真面目に武力衝突に応じる考えなど毛頭無いのだ。
船内では海賊達は難民達の中から重要そうな人物を捜索するのに専念しており、攻撃してくる難民戦士達には半殺しにした難民を盾にして防ぎ、船室に避難していた難民達を追い出して通路に溢れさせて塞ぐなど戦士達の動きを封じることに終始して時間を稼いだ。
攻め込んで来たくせに真面に戦わない海賊達の様子に難民戦士達は困惑しつつ果敢に攻勢に出ている。しかし逃げや防御に徹する相手というのは殺そうにも難しくて攻めあぐねるものだ。奇抜な青緑の短い青銅剣や拳銃しか構えていない海賊達に戦況を御されるのは戦士達を苛立たせた。
その戦況が劣勢であるのに人も財物も船もそれほど被害がないのは妙な具合ではないだろうか。海賊達の狙いに気がついている難民戦士もいたが、開戦から上手を取られた上に常さえ狭い船内通路へ一般難民を配置して塞がれては移動も戦闘もままならずどう仕様もなかった。
海賊は船と物資と人員など価値ある全てを奪い尽くし最大の成果をあげなければ賊徒をやっている意味がない。
だから派手な魔法や武力で破壊や殺戮をせず、必要なだけ壊して殺すだけにしておいて、なるべく財物や難民達を傷つけず無力化させるために簡単な攻略法を実践する。
それには最優先に重要人物を人質確保して降伏勧告するのが手っ取り早い。
「動くな!!武器を捨てろ!」
「こいつらが死んでもいいのか!?パルモン教祭主ゲラルドフ、ウルグラ国第2王子スヌピオ、サクサロン財閥会長サクサロン。…だな!?こいつらはお前らの命と財産より重いぞ!」
「降伏しろ?難民ども」
「お前らを殺すつもりはないんだよー。降伏すれば全員生きて新大陸へ渡れるぞー」
「「「「「「「「━━━━━」」」」」」」」
海賊の中の目利きの者が船内から甲板へと引き摺り出してきたのは恰幅の良い中年男性1人と薄汚い服装の少年1人と背筋の伸びた白髪の老人1人だ。
目隠しと猿轡をされた3人の首筋に鋭利な青銅の刃が添えられると、その青銅の神錆びを目にした戦士達の剣戟が鳴り止んだ。そうして海賊側から降伏勧告の声が何度か上がって、船内の戦いから甲板上に上がってきた難民戦士達もその人質達の姿と青銅の刃を見た者から順に武器を捨てていったのである。彼らは全員青ざめて萎縮しており、手を垂れてその場に跪いた。
難民船はこれだけで船ごと海賊に奪われて終結となり、武装解除された難民戦士達は全員全裸に剥かれて魚網で雁字搦めにされた上で甲板上に転がされた。一人一人の両手を松脂で固め、口に猿轡までするという魔法対応の徹底ぶりである。
人員の数だけを比べるならば難民達の方が10倍は多いだろう。難民の中の武芸者や騎士や魔法使いなど戦える者達の数も少なくはなくて、むしろ海賊達より多いかも知れない。
だが、それでも今取られた重要な人質達の命を捨ててまで抵抗戦に挑む動きを見せる者はただの1人も無かった。
海賊の1人が言い放った人質3人の価値は誇張ではなく、難民達全員が生きていく上で必要な全てを掌握している3権の長達なのである。
知識と救済の権威を司る教主、政治と秩序の権限を司る王族、資源と情報の権利を司る会長。彼らが死んでしまっては難民達が新大陸で生きてゆくのにいきなり分裂して内戦になってしまうだろう。
━━━ということを理解している難民がどれだけいるか分からなかったが、恐怖と支配に屈する諦念と「従えば殺される事はない」という仮初めの希望が難民達に不思議なほど伝播していて全員が海賊達の言いなりになっていた。
海賊達が難民達を殺すばかりではないのは本当である。逆になるべく生かしておいて身包みを剥がし、手足を傷付けたり拘束するなどして無抵抗にすると全員を人質や奴隷とした。それは人身売買の為でもあるし海賊船を操縦する上でも様々な雑用に必要な人足とするためだろう。
しかし海賊達にはさらに重要な難民達の用途がある。海賊達の多くは魔族化している者も多いから好んで人肉を喰ったりするのだが、最も重要な彼らの仕事として魔神にお供えする生贄の調達というノルマがあるのだ。その身柄として難民達は狙われたのである。
魔神やその眷属神と契約することで悪運の強靭と強健な生命力の加護を受ける海賊達はその契約条件である生贄の供物を欠かしてはならない。欠かせば組織が弱体化するばかりか同業者に喰われる事態を避けられないため、それは魔族社会で生きていくための絶対条件とも言える儀式なのだ。
魔神への生贄というのはそれに人間を指定された場合、調達は困難極まる。陸の上では人里離れた山野であっても誘拐や拉致などすれば足が付きやすく隠蔽は難しい。
奴隷を買って生贄に充てようにも安くはなく、そもそも生贄用途での奴隷購入は全ての国で禁止されている。王国の騎士や警察組織の捜査や追及は厳しくて懸賞金も掛けられるから冒険者に追い立てられるし簡単ではなかった。魔法使いなどに捜索されては尚のこと逃げ隠れするのが難しいし、犯罪者側も魔法使いや魔神に頼って隠蔽工作するのは因果の泥沼を深める格好になるのでリスクが大きすぎる。
だが海の上ならば意外とどうとでもなるため、彼ら犯罪組織にとって海賊行為というのは効率良い処世術の一つなのだった。
海神達の統べる海は命の始まりと終わり、海の気は寛容にして残酷、海流の畝りは複雑に交わりなんでも混ぜ流して分からなくしてしまうのだから。
「━━━カシラ、終わりです」
「これで全員か。仕分けは済んだな?」
「おぅ、え〜さっきの戦士どもはあのまま。奴隷用は左耳裏に×印で全裸で拘束して船倉。良さそうな人質は全裸で拘束して船室。生贄用は無傷で全裸でそこにいる男女13人とガキ2人で全部。いや疲れたな」
「なぁカシラぁ!今回の収穫はすごいぜ!?こいつらしこったま魔石持ってやがんの!!過去一ヤバイ!俺たちゃえれぇ働いたんだからよ、ちぃっと休ませてくれや!腹減らねえか?なぁ皆んな?」
「お前は腹かブルビオ。俺は難民共の女を見てっとよぉ!チンポが勃ってきたぜ!?ガハハぁw」
「そうだよなぁルーフィー!オメェはいつもゴムみてぇなフニャチンの話ばっかだ!あ〜あやっと狩りが終わったってのに、どうするんだカシラ。もうアレやるのか?アタシらは魔石の取り分を決めたいんだけど!」
「━━この船の祭壇は汚してあるな?魔術師呼べ。儀式を始めさせろ。他の船にも号令を出せ。この作業は絶対に後回しにさせるな」
「えぇ!?アタシらの空気読んでくださいやカシラ━━━━━」
「━━━━━」
「「「「「「「「━━━━━━━━」」」」」」」」
殺し合いが終わったばかりで興奮冷めやらぬ海賊達は熱り立つあまり首領へ食ってかかったが、首領ウェイダオが油断なく空を見回すと全員同じことに気がついて静まり返った。
血の気が多いばかりの海賊達の頭の中には空賊達のことは思慮に入っていなかったが、空賊達と事前に共闘の手筈を取っていた首領ウェイダオはずっと空の異変に気がきでなかったのだ。
空の下から空の上の様子など知るべくもないが、降ってきた空賊戦艦の破片の大量からしておそらく全滅したであろうことは想像できる。
それをやって退けたであろうバケモノが空の上から見下ろしているかもしれないと思うと、その中にこうして浮かんでいるのは安心できる訳がないだろう。
何者が高空に居るのか、或いは何も居ないのか、実際のところはウェイダオにも分からないが、ともかく早く現場の海上を遠く離れるか迎撃体制を敷かねばならないところだ。
だというのにも関わらずウェイダオは生贄だけは取りこぼしたくない。それはなんとしても適切に処理しておかなければならないのである。
「急げ、生贄全部だ!祭壇前に寝かせて積み上げろ。形はいいから急げとにかく!」
部下達を差配するウェイダオは難民船に備え付けの船祭壇へ向かい生贄達を寝かせて文字通り山のような三角錐に積み上げさせた。祭壇は魔神のために糞尿人血で汚しに汚して生ゴミや死体をぶちまけてあり、そこへ積み上げられた生贄達の上からも汚物がふんだんにぶっかけられて最悪の様相だ。場所も時間も余裕がなくて容儀も無いがとにかく急いでいる海賊達にはこれくらいの飾り付けしかできなかった。しかしこれは魔神の眷属から指定された簡易的な装飾方法なので問題なかろうというわけだ。せっかくの生贄を魔神ピュトロンへと捧げるために海賊達は暑いやら臭いやら頑張った。難民だった生贄達はというともう全員死んだような顔で細い息を吐いており全てを諦めて動かないでいる。
「では始めます。契約者の方々お揃いですかな」
「おー始めろ…━━━━━?」
首領ウェイダオと幹部4人が甲板の一段下がった祭壇前に集まり、海賊専属の魔術師が祭壇前に現れたその時、彼らの見慣れた黒蛇が船板の影という影から影が湧くように這い出て現れた。━━━影より玄い魔神ピュトロンの眷族玄蛇である。
まだ儀式を始めてないのに現れた眷属玄蛇の姿に静まった彼らは噛み付かれてからようやくその害意に気付き太刀を払ったが、玄蛇は斬れずに刃を弾いてしまい次々と鎌首を擡げ飛びかかって来る。それでも機敏に身を躱しては斬りつける首領ウェイダオの周りには玄蛇達の首がゴロゴロ落ちてゆきとうとう彼1人は甲板上へ逃れ出た。玄蛇に刃が立たない理由が刀の青銅製にあると気づいたウェイダオは既に鉄剣に持ち替えているのだ。古い魔術知識に理解の浅い若手幹部達は既に玄蛇に飲まれて姿がない。
「鉄剣にッッ━━━━━」
持ち替えろ。と仲間達に伝えようとしたウェイダオが見た光景は、そこに居るはずの海賊達全員が玄蛇に丸呑みされているところであった。
何が起きているのかという状況を考えるまでもなく既に全滅の様相で、じゃあどうするんだといえば逃げるしかないのだが、ここは絶海の船の上であるから降参するか敵を討つしかない。首領の感は敵の頭目を殺すことである。その感が自然とウェイダオの視線を走らせて船上に蠢く玄蛇達の悪夢のような光景の中から一瞬で2人の黒い人影を見つけると、その船首に立つ魔女達に声高に呼びかけた。
「降参だ!投降する!助けてくれ!俺はウェイダオ・ツァイハン。海賊連合船団イレヴァン第7師団オディオン海賊団総長、こいつらの首領だ!!」
「「………………━━━━━━………(…ヒソヒソ…ヒソヒソ……)」」
鉄剣を煌めかせるウェイダオに玄蛇達は容易に近寄らない。魔女2人も玄蛇が恐れるのを見て困惑している様子で何やら言葉を交わして相談しており動く気配がない。
それで考える余裕ができたウェイダオなのだが、そうすると自分の肉体の異変に気がつき始めた。全身が非常に重く、やけに疲れていて肩で息をしているのである。掲げ持つ鉄剣の重さもいやに気になって腕が疲れる。頭の冴もなく思考が働かない。胸の鼓動が辛い。一体自分の体はどうしてしまったのだろう。
「こんなはずは…!魔神ピュトロン…眷属神ウロボロゴロスの加護は…━━━━━!!!」
鉄剣を持つ腕の骨張った細さと罅だらけの皺に浮かぶ筋張った青黒い血管、鉄剣の鏡面に映る老人の顔を見てウェイダオは全身の力が抜ける絶望でクシャクシャの泣き顔になった。常人よりも長い長い年月を魔神の加護で生き延びた海賊首領ウェイダオ・ツァイハン。彼の若く勇敢な猛虎のようだった面影はもう全然ない。
交渉は一方的に決裂された。魔女の1人が片腕をひょいと上げると放たれた白熱の光弾が鉄剣を撃ち落とすのをウェイダオは躱せなかった。彼はもう頭も体もヨロヨロというのもあるが、魔女の魔法は短い所作だけで魔法を放つ珍しい無詠唱魔法だったから尚更反応が遅れたのだ。「ぁかかっ」とかいう嘆の混じった嗄れ声が500年生きたウェイダオ最後のセリフであった。
足元から飲み込まれる圧迫感ですでに失神しているウェイダオがすっかり飲み込まれた頃になって、ようやく魔女ラモーとニースは甲板まで降りてくる。玄蛇達の間を恐々といった様子で寄り添って歩いており、魔女とはいえその辺は女性的なシルエットが可愛らしい。
黒蛇達が船縁に寄って彼女らに害意ないことを表すと、魔女2人はローブの裾をつまみ膝をちょっと屈めて会釈した。
「ふぅ。あっさり片付きましたね、ラモー先輩」
「まあ、この賊は眷属の裏切りで弱体化してたから。でも接近されてたら私たちは殺されてたかも」
「え?」
「あのウェイダオって海賊はイブラ国の特殊部隊出身な上に、兵法百鬼流奥伝目録、剣技は天津白狐流免許皆伝と国津黒狐流印信許可…だったかな?正面からやってたらとても敵わないだろ」
「ひ…」
「ごめんねニースwだって玄蛇ちゃん達を斬り倒して上がってくるなんて想定外だよ。危なかったから頭真っ白になったわ」
「え、でも何で射撃魔法で殺さなかったんですか?」
「そりゃああっちの魔神の眷属神との約束通り、あの海賊達の命と因果の回収はあっち持ちってことになってるからね。美味しく太らせた獲物を横取りしたらますますヤヤコシイことになる。覚えといて」
「冷静じゃないですか…」
どうやら首領ウェイダオは余程の強敵だったらしくて新人魔女ニースは初陣で死ぬところだったらしい。魔女ラモーも同様らしいが、それにしては落ち着いているところを見るとどれだけ魔女としての修羅場を潜ってきたのか分からなかった。
ラモーはすでに気持ちを切り替えて淡々と他の船に信号を送る魔法弾を上空へ打ち上げている。信号に応じて他の船からも作戦成功の信号弾が上がり、絶海の空は数秒の間だけ七色に染まった。それは一足先に新大陸へ飛び立っている真性魔女シャズナの三碧眼には十分確認できただろう。
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船にはもう海賊達の姿はない。他の船の方も同様の手筈が進行していて静まり返っている。海賊達は殲滅されて全ては終わったのだが、魔女達はこれといって手出しする事なく派手な立ち回りというものはなかった。
というのは海賊達が加護を頼って祭祀していた魔神ピュトロンには真性魔女シャズナによって内々に裏切りの根回しが為されていたからだ。そうとは決して知るべくもない海賊達は自分たちの祀る神の眷属である玄蛇に喰われた。
首領ウェイダオは元々は人間で人生色々あって魔神との契約により魔族籍があったのだが、それは魔界にとって食べやすく加工されたということなので共食いというか単なるいつもの食事である。
魔界の眷族達に取ってみれば、その魔力を貸し与えては供物を徴収させてきた魔族達は手駒といえども食い物に過ぎないから最終的には喰う。
供物を持ってくる使いっ走りを大勢食ってしまっては後々困る面もあるが、それよりも他の神々に奪われる事態になる前に今食ってしまって満足することを選ぶのは何もおかしなところはない。
それに、真性魔女シャズナと天神眷属神エルデウスに対立して大きなドンパチになると、せっかく先日までの大規模な魔王戦でピュトロンの魔神界は大きく力を蓄えたというのにボロボロになってしまうだろう。いかにドンパチ好きの魔界とはいえ、これから新大陸での魔界活動が待っているというのに魔界の縮小は避けなければならなかったのだ。
「ああ来た来た。どうも、魔神ピュトロン眷属神ウロボロゴロス眷族魔公爵ディヤボロです。うちの黒蛇達に失礼はなかったかな?」
「どうもどうもー黒蛇ちゃん助かりました!真性魔女シャズナ眷族、魔女会甕星第7支部長ラモーでーす」
「こんにちわ。魔女会契約魔女ニースです」
『やあ、お揃いで。天神ギブリ眷属神エルデウス眷族カプリです。魔女会のお2人にお願いなのですが、まずこれ綺麗にしてもらっていいですかね?うちの大切な人草達なんで…』
魔女2人が祭壇前に降りると魔界の眷族魔公爵が待っていて、挨拶しているうちに天界の眷属もどこからともなく現れた。
神々の眷属間で起きた神魔戦の手打ち会談なのだが、生贄達のあまりに惨たらしい惨状に悲しい顔をした天眷が人々の汚れの除去を嘆願した。
表宇宙現実世界においそれとは直接手を下せない天界としては同盟を結んだ魔女達に頼みたいわけで、魔女2人はこれに快く応じて生贄達と祭壇の酷すぎる汚れを魔法により発生させた大量の真水と油脂の洗剤で洗い飛ばして海へ捨てた。これがなかなか器用な魔法操作で魔公爵ディヤボロと天眷カプリは感心したが、魔女達のこうした生活感ある魔法応用の巧みさは清潔好きな傾向ある女性性故にであろうか。
生贄達は絶望しすぎて失神しているからこれらの光景を認知していないだろう。人間は心が萎縮しすぎるとそれだけで脳が機能を辞めて肉体が死んでしまうことがあるが、彼らを見る天眷カプリの優しげな笑顔からしてちゃんと生きているようだ。
それからが眷属達のちょっとした一仕事だったのだが、結果から言えば魔女達はすんなり難民達に受け入れられている。
天眷カプリの顕現により甲板に集められた難民達の前で聖なる助っ人として演出的に紹介された魔女達は、重要な人質だったパルモン教祭主ゲラルドフ、ウルグラ国第2王子スヌピオ、サクサロン財閥会長サクサロンや、他の難民船に乗っていた難民団代表のウルグラ国大統領ラスコーリとも協定を取り付けルことができた。魔女会としてはひとまず大成功である。
ちなみにその演出とは天眷カプリの手前味噌なものだが魔女と魔公爵は一応付き合ってみせた。
まず魔女2人が一旦上空にスタンバイしてもらう。それから難民達の前に魔公爵ディヤボロが現れて「我が海賊達をよくぞ倒したな〜お前ら死ね〜」とか言って難民達を怯えさせた。
そこで天眷が顕現して「魔族を退く黒き天使が〜天神の慈悲が〜」とか熱い預言を言い渡し、直後に預言通りの神の使いが助けに現れた的な感じで魔女2人をピカピカ光らせながら空から登場させた感じである。
魔公爵ディヤボロは「あ〜聖なる光眩しい〜覚えてろ〜」とか「俺がやられても第二、第三の悪魔が〜」とか言って退散してみせた。魔族ならば現場の事態を混ぜっ返したいところだろうに協力的なところを見ると、魔公爵ともなった魔族は損得勘定ができていて従順な面もあるようだった。
手打ちの内訳としては、ピュトロン魔神界側には空賊と海賊の大勢の命の因果が手取りとなった上に、新大陸での魔界活動の自由が約束された。だがこれは形式的なものにすぎず、そもそも表宇宙でのあらゆる自由は根源的創造神達に寄って約束されているので特別な意味というのはないだろう。魔女会側と天神界側はすでに同盟にある通りだ。
なんだか簡単に手打ちが終わったが、新大陸を前にして眷属達はワクワクしており細かい話をするのは気もそぞろで早く切り上げたかった。
それから、難民船団5隻に分譲している魔女達はその後の航海で魚人と海獣や鳥獣の襲撃をいちいち魔法で撃退しつつ、大気神エアリンと海神ポセノンに理を通す魔術で風と海流の都合をつけて船を急がせ、支部長魔女ラモーが海鳥達に話を聞いて新大陸の方角を確認しつつ進んだ。
魔女の魔法と魔術の大盤振る舞いである。魔女達が魔獣を撃退する攻撃魔法はどれも所作の少ない無詠唱魔法で珍しく、特に理魔術は異言語の唄と手印と反閇に楽器の鳴り物、絵文字の象徴と時間と方角を加味した上に土と真水と火と草木に魔石を使った複雑な術式である。それらは難民達の中の魔法に通じた者達でも理解が追いつかないほど難解かつ古風なものであった。
これは動かす自然現象の規模が大きいほど手順は難しくなるが、その分効力の繊細な調整や修正が容易であり効果も目覚ましいのだ。式神との契約の便宜や駆使する魔力量事情も手順が面倒なほど軽くなるので合理的ではある。
そのうえ驚いたことに、空っぽになった海賊船10隻に魔女達は呪いをかけて無人航行させ、難民船団の後続として新大陸へ牽引してみせた。新大陸開拓に向けて何かと物入りなのはわかるが、それにしても凄い強引な呪操魔法である。
海賊船ともなれば積載された財宝などの価値は莫大だろう。魔女会の魔女達は当分働かなくていいのではないだろうかと新人魔女ニースはほくそ笑んだ。まさに外道。
だが、真性魔女シャズナの激烈な特大魔法連発といい、魔女会魔女達が魔獣を撃退する無詠唱魔法や自然を動かす古風な理魔術といい、それらを駆使するだけの魔力がどこにあるのかと新人魔女ニースは不思議でならない。
普通の魔法使いならば体力と精神を激しく消耗するため日に2度か3度が限界と言える大魔法を魔女達は今日一日で何度使っただろう。
これにはもちろん仕掛けがあるのだが、それは魔女会の秘儀であり、ニースも追々だがシャズナ達から伝授されることになる。
「シャズナ様はもう着きましたかね?ラモー先輩。新大陸へ先に1人でなんて…大丈夫かな」
「ニース。お前に心配されるような人じゃないよシャズナ様は。いいから海を見ろ。正面、かなり遠くを変な船が遮ってるぞ」
「うぇ?」
星の南半球━━━かつてその南極点だったあたりに解凍された新大陸の出現を知るのは難民達だけではないのだ。魔王戦による極点異動を観測した諸大陸の人類種達が傍観するはずもない。
魔女会甕星と天神界肝入りの新大陸開拓企画だが、同様に競合する諸神の眷属と人類種達の企画と競り合う中でそうトントン拍子に行くはずもなかった。
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というわけでだな、人草の賓達よ。今回もチキウという星の日本語しか解さない君たちに解るように日本語翻訳しているのだが、うまく伝わっただろうか。
儚げな気質である人草の君達にはこのレコードのタイトルと内容が噛み合わないことが気にかかっていると思う。
それは儂にとっても意外なことで、本来ならばこのままこの先の新大陸で真性魔女シャズナがはしゃぐ様子を見るつもりだったのだが、儂はこの辺でちょっと切り上げておくのが”時間”を気にする君たちにとって親切なのではないかと思ったのだ。
それに大まかではあるが、この星の地表人類を使った神々の戯れがどういったものなのか、これまでのレコードの”匂い”を嗅ぎ取った感の良い人草には十分伝わったのではないだろうか。
真性魔女シャズナが自ら斥候に赴いた新大陸では解凍されたばかりの神経質な大地の地表に早速冬眠から覚めたエルフや魔王達が骨を伸ばしているところだったのだが、そういう雰囲気をぶち壊すことに気後れのないシャズナの蛮行は先住民達にとって災難以外の何者でもなかっただろう。その地底では冥路の新規開拓に精を出していた冥王達のため息が幽界にまで伝わっているし、その上空に空島を停留させたかった天人たちは困り顔で沖合に島を留め置いた。700万年ぶりの解凍に浮足だった土地神たちは魔女を締め出すために徹底抗戦の構えだ。遺跡から異物を回収したかった異星人たちも二の足を踏んでいる。それぐらい全方面へ配慮にかける酷い光景だった。
まあ、君たちチキウの人草が誰もいない体育館に1人で入り込んだらはしゃぎたくなるのと似たようなもので、シャズナという真性魔女に残る童心が顔を出してしまったのだな。
とは言えそれは、この星の地表にとって広大な新大陸の中の、さらにほんの一角で起きた天変地異に過ぎない。
新大陸を『契約大陸』と吹聴して集う人類種は無数におり、魔王戦から逃れたばかりの難民達と諸大陸から開拓に訪れた開拓民達の間で熾烈な陣取り合戦が始まることは言うまでもないのだ。土着民たちがいくら超太古の歴史を語り自分たちの領土を主張しても、それは現在の地表人類には全く全然信じてもらえずに結局は戦争になってしまうだろうことも。
さてそろそろ、あの君たちの兄弟とも言えるチキウの人草、もといウシトラ・ワタルリの動向が気になるところである。
儂はさっきからあの世の幽界や霊界にその姿を探しているのだが杳として知れない。ネコ人の眷属メメンが彼のもとへ無事にたどり着ければ良いのだが…やはり異世界人の彼が世界の異物として置くべき場所に置かれたのであれば、メメンも覚悟を決めて飛び込まねば目的を果たせないだろう。
まあどうとでもなるし、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。
この読切短編は本編幕間の挿話の一幕です
<――魔王を倒してサヨウナラ――>
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よかったらどそ