2話 雨の日に傘を差さない仕事を知る
お願いします。
高校を卒業するまで見ていたものに気が付かなかった。
見ていたはずなのに気が付けなかった。
意識を向けていなかった。
肌で。
心で。
長時間、雨に打たれることなど数えるほどしかなく。
そんな数えるほどの経験を男子は覚えていなかった。
雨の日に傘を差さない仕事とは何を思い浮かべるだろうか。
配送。
交通警備。
工事現場。
救急。
消防。
男子は社会人になるまで、見ているようで見ていなかった。
しかし、街を行き交う人々の視線が気になった。
傘を差して歩いている人々が、傘を差さずに働いている男子を見ている。
ああ、大学で煌びやかな生活を送っているであろう同年代の子達も男子を見ている。
アスファルトを砕いた下から出てくる、土を掘っている男子を見ている。
汚れたコンクリート柱の上に登っている男子を見ている。
マンホールの中で雨水の滝に打たれて、びしょ濡れになって出てきた男子を見ている。
雨は体力を奪っていく。
手水舎では清めの水。干ばつ時には恵みの雨。
その雨が男子の体力を奪う。
少量であれば薬。大量に摂取すれば毒になるかのうだ。
軍手を嵌めてロープを持っても、雨で滑ってしまう。
手が傷ついても、男子は仕事で怒られないためにとその軍手を外して素手でロープを握った。
雨とはここまで、ここまで邪魔なものだったのか。
現場へ出向くときも現場が終わったあとも、育った街なのに知らない場所を車で走る。
社会人になるまでまともに地図など見たことがない。
車の生活圏では生きてこなかった。せいぜい自転車で行ける範囲だ。
平成の中盤、スマホではなくガラケーがメジャーだったし地図アプリも大したものはなかった。
車のナビという高価なものは、中小企業の作業車には配備されていない。
コンビニで買える二千円程度の地図を用いて現場に行けていたのだから、
便利になるからという理由だけで買ってもらえるはずが無かった。
もう一度いうが、男子は車の生活圏では生きてこなかった。当然、社会人になるまで車の免許を持っていなかったし、親が運転する車において大通り以外の細かな道は数本程度なら覚えていられるだろうが、仕事の現場はその数本程度の道ではまったく比にならない。
それが仕事で車を使うようになり道路標識や右左折専用レーンにも不慣れな中で、育った街以外にも他の街までも行かなければならなくなったのである。
それも、何のランドマークも無い多くのところへ。
昼食は車内か車の影。
天気の良い日に車の陰で食べていても歳の離れた職人との話題もそう多くはなく。
歳の近い先輩も居なかった。
雨天では、泥水と汗の混じった臭いの中で食べていた。
ガソリンの給油はもちろん現金。
領収書は必須。
何処で何時に給油したか記録をするのはまだ良い。きちんと会社までの帰社経路を覚えていれば。
男子は車を、中古車をローンを組んで購入していた。
中古とはいえ納車時は奇麗だったその車も、天候不良が重なったこともあり数日で車内が汚れた。
男子は、心が徐々に弱まっていることを感じた。