真眼
この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。
人は、誰しも真眼を持っている。昔の兵法の上手などは、相手を見ただけで、己との強弱が分かったと言う。古美術の鑑定士なども、品物を見れば、その真贋が分かる。きっとそれらは、些細極まる経験と知識と技術の集合体ではあろう。
然れど、世の中の一般人も、また真眼を持っている。男が女を品定めする場合。女が男を審美する場合。詐欺師が騙されやすい人間を探す場合。空き巣が入り込みやすい家を窺う場合。はたまた、子どもが、怖そうな大人を敬遠する場合。優しそうな先生を選ぶ場合。
人間は、誰しも、ある種のフィルターを通した眼で、世界を見ている。そして、それらは、常々、自分にとって、都合の良い何かを選別する場合に使われている。
西暦2XXX年。世界は混沌としていた。人々は、皆、何が正しいのかも分からず、ただ、毎日を右往左往していた。昨日の敵は今日の友。そして、昨日の友が今日の敵。黒が白となり、次の日には、また、白が黒になっていた。そのような世界で、唯一、この男だけは、自分の足で地面を踏み、立っていた。
男の名前は、G.M.MEMORY。真実を見据えるただひとつの真眼を持った男であった。ついでに言うと、彼の仕事は、スーパーマーケットの店員である。
「いらっしゃいませ。お客様。ようこそ、G.M.スーパーマーケットグループ思い出橋店へ。」
「すみません。僕に合う答え……、というか、真実というか、正解というか……。なんかそこらへんの、何か下さい。言ってること、分かりますか?」
「はい。喜んで。それが、私共の使命になりますので。それでは、少々お待ち下さい。……。あ、ありました。こちらです。2X世紀産の少々濃いめのカジュアルな雰囲気を持つTHINKING(思考)です。」
「ちょっと、試してもいいですか……?」
「もちろんです。お客様。」
客の男は、G.M.MEMORYの選んだ商品を持つと、世界が変わった。全身に鳥肌が立ち上がった。意識は高揚し、体温は上昇した。それは、男が生まれて初めて感じる正義の感覚だった。
「ありがとうございました~。」
G.M.スーパーマーケットグループ思い出橋店には、同じような客が、日に百人以上は訪れる。そして、G.M.MEMORYは、そんな彼ら、一人一人に、ぴったりのTHINKINGを選ぶ。それが、彼の持つ真眼であった。
「いらっしゃいませ。お客様。G.M.スーパーマーケットグループ思い出橋店へようこそ。当店では、人類有史以来から現在に至るまで、幅広い分野と層に対応したTHINKINGをご用意しております。ドロッと濃厚系からさっぱり淡泊系。はたまた、インテリジェンスな味わいから原始の香り華やぐ野性的な物まで、全ての皆々様に合う商品を取り揃えております。」
「これをもらおうか。」
「喜んで~。こちら、当店、オリジナルの直営工場にて生産されたTHINKINGになります。お客様のような物腰柔らかな紳士淑女の皆様にお勧めです。大切な方へのお土産などにもよろしいですよ。」
「家内にもひとつもらおう。」
「喜んで~。」
未来の世界では、正義や思想、考えまでもが、商品として販売され、人々がそれを購入し、選択する。そんな世の中になっているのかもしれない。いや、そうとは言わずがな、未来を待たずしても、もしかしたら、それは、もう既に、私たちの身の間近で起こっていることなのかもしれない。