御近所で遭遇
新緑がまぶしーーーーっ!!
ああ、綺麗だ素敵だ芳しい……
琴音はゆっくりと庭を歩く。もう日差しは夏めいて、眩しい光に咲き誇る花が美しい……
もう言葉なんてない、なんて表現していいんだろう……
バラ、綺麗?
語彙力ないでしょ、酷すぎる。
ふわふわモコモコのバラ、なんだろう美味しそうなシャーベットみたいな色。顔を近づけてみたけれど、香りはあまりしない。かすかに感じるくらい……いや、シャーベットみたいな香りだなんて思ってなかったけど。
「匂いがしましたか?その種類はあまり香りがないんですよ」
「!!」
み、見られてた!そばに人がいたなんて、気がつかなかった……ふんふん嗅いでいた、間抜け面を!!
しかも相手は背の高いスラリとしたイケメンだった! 大概の男性なら清潔感があれば高感度はうなぎ登りだけれど、なんかこう純粋そうな、ピュアピュアオーラまで出してやがる……
「……そうなんですね」
ぎこちなく取り繕ってへらへら笑う。あーっ本当、女子力高かったら、こんな無様なぎこちない笑顔を張り付けることなんてないのに……
「香りでいったら、こっちのバラのほうがずっと匂いますよ。それで花の咲き方が華やかなのがいいんだったら、向こうにもありますし、それからまだ咲く時期には早いけど、壁に伝わせているのがあって……」
ぽっかーんと口があいた。お互いの目があって向こうの残念イケメンも気がついたらしい。バラに熱弁、こりゃモテないだろう。マニアックだ。
イケメンはちょっと照れくさそうに、はめていた手袋をエプロンに突っ込んだ。
「あの、ですね」
「はい」
「ウチが今年は役員になった木下なんですが、市の広報を届けに来ました。ピンポン押しても返事がなかったので、ええと……ちょっと庭のほうをのぞいたら、花が綺麗だったので……」
花泥棒に罪はないと言うし、見るだけなら不審者ではない。多分。ズカズカ庭に入って来ているけど。
「ああ、はい木下さんですか。美佐江さんお元気ですか。御近所で会うと、いつも挨拶してくれるんです」
「ああ、ハイ、有り余るくらい元気デス……」
母親ならまだしも祖母を名前呼び!!
あたしなんか、御近所のオバチャンあんまり知らないのに。親がどこのウチの誰がどーのこーの言ってるけど興味なんてないから、スルーしてた……
なにこの差。
今日にしても役員になったはいいが、父がギックリ腰で、治るまで待ってられないから広報を配ってくれと泣きつかれたから、仕方なく出向いてきたんだ。
モソモソと肩から掛けていたトートバッグから輪ゴムで丸めた広報を渡す。イケメンは「ありがとうございます」と受け取って、ぺこりと頭を下げた。
なんか、カルチャーショック。残念なイケメンがこんなとこに居たなんて、知らなかった。まあ、関わりになることなんて、無いだろうけど。
その後はもくもくとノルマを達成して家に帰った。
「あれ、琴音でかけてたん? 」
「まあね。広報配ってきた。お父さんどう? 」
「うんうん唸ってるけど、大人しくしてるしかないわね。広報、全部配れたの? 」
「配ってきた。裏んちも、両隣もその先の、バラの咲いてる家も」
「御崎さん居た? 」
「イケメンならいた」
「翔平くんね、イケメンよね~」
「まったくさぁ、なんで知り合いになってるわけ? 美佐江さん元気ですかって聞かれたよ」
ふーんとおせんべいを取り出した祖母は、袋を持ち上げている?と聞いてきた。手を出して、ひとつ貰う。
「なんでって翔平くんは真面目ないい子で、自治会の草むしりやら、ゴミ拾いに来てくれるからよ」
「そんなの親とか、年寄りが出るもんじゃない」
草むしりとか!どんだけ年寄りくさいんだか。
「しょうがないじゃない。翔平くんの家はお母さんが病気で入院しててお金がかかるから、お父さんも名一杯仕事してて遅くならないと帰らないから、家には翔平くんしかいないし」
「なにそれ」
ホント、いい子って奴だ。ムシャクシャしてバリンとおせんべいに噛みついた。
「田舎はさ、そういうの出ないと、なに言われるかわかんないしね」
「あたしより幾つか上? 翔平くんとか知らないんだけど」
「そりゃそうでしょうよ。学校はこっちじゃないもの。5年前くらいかね、引っ越して来たの」
「なんでよ」
「庭がスッゴいじゃない。お母さん花が好きで、庭の作れるここに引っ越して来たんだって」
「へー」
なんかホント、お知り合いになれる気なんてしない。祖母とおせんべいを食べながらお笑い番組を見ていたら、母が帰ってきて、温かい夕飯が出てきた。箸で回鍋肉をつまみながら、皆で食べるとうるさいくらいだけど、一人だったらどうなんだろう、そんなことが浮かんできた。
やっぱり寂しいからテレビ付けたりしてるのかな。ご飯、どうしてるんだろ。
いやいや、あたしが気にすることなんてないじゃない。ぷるぷると頭を振る。
そうだよ!気にすることなんてない!