3 死んでも、生き返る?
謎の襲撃には"旧世界"が関与している可能性があると知ったストールとジュリア。
二人は旧世界の出身であり、ジュリアはその世界でいじめを受けていた過去があった。
ウィリアンは、そんな二人に遠征部隊へ勧誘する。
旧世界はイングディアの人間達には過酷な環境であるため、二人にどうにか入って欲しかったのだ。
だが、強制はしない。強制出来ない理由があった。
「……分かりました」
自分でも、驚く程に低い声だ。
ウィリアンは紙から手を離して、腰に掛けた小さなバックからブレスレットを取り出した。
白く輝く魔晶石が着いている。
「旧世界の人間はイングディアを酷く恨んでいる。五年ほど前から虐殺が度々行われたからだ」
「虐殺……?」
「イングディアは太陽を信仰してる。太陽の存在しない旧世界に生きる人間達は、太陽神の敵である。――そんなアホな神話を信じる馬鹿達が、神のためにとか言ってやらかしてくれたんだ」
彼は眉を寄せて、低く、暗い声色で語り出した。
「ひどい……」そう、ジュリアが小声で呟く。
「馬鹿達も鏡の魔力に侵されて死んでくけどね。今の旧世界は非常に危険だ。イングディアの人間と言うだけで向こうも本気で殺しに掛かってくる」
「でも、俺達はそっちの世界の生まれだ」
「イングディアの人間と同行するから敵視される可能性が高い。むしろ、余計に憎まれると思うな……二人ともこっちに来て」
ウィリアンに手を招かれる。
俺達は席を立ち上がって、後ろの少し広いスペースに移動した。
奴はブレスレットを俺に突き出して、
「ストール、付けろ」
「分かりました」
ブレスレットは微妙に魔力を放っていた。だが、一体何の属性かは分からない。
左手首に装着する。ピッタリとはまった。
ウィリアンは何やら魔法を唱えた。
「防音魔法だ。今からボクは自害する」
「は!?」
「えっ、どういう事ですか」と、ジュリア。
「完全に死亡したら、ストールはボクの身体を触れろ」
ウィリアンは魔力で形成された淡黄のナイフを取り出した。
待て、待て、待て、待て
「何がしたい」
「旧世界はイングディアとは比にならないほど過酷だ。動物は凶暴で地形も安全だとは限らない。おまけに住民達に襲撃される可能性もある。必ず、死というのは付きまとう」
奴はナイフを首元に掛けて、
「その死を克服する手段だ。死体が消失したりしたら普通にロストするけど、ね」
一気に、首を切断した。
ウィリアンの頭はごとっとおちる。首の根元から大量の血を噴き出しながら、奴の身体は力なく倒れた。
身体は弱々しく痙攣して、やがて動かなくなった。
「あ、あっ、う、っわ〜〜〜っ」
動揺したジュリアが床に座り込んだ。
死体を見慣れてはいるものの、目の前で死なれるのはキツい。
「く、そっ」
動かなくなったウィリアンの身体を触れると、身体と、頭部と、散乱した血液が全て緑色の光へと変化して、一箇所に集まった。
彼が身に付けていたブレスレットだ。
白い魔晶石が、鮮やかな緑色に変わった。
「……どういう事だ。人の体が……」
「あっ、えっ、サブリーダーはどうなったの? 吸い込まれて、消えて……」
「このブレスレットの中だ」
ウィリアンのブレスレットを拾い上げる。軽い。
「えっ……本当に何? 何が起きたの?」
「分からない」
緑色の光が今度はウィリアンのブレスレットから放出されて、思わず投げ捨ててしまった。
ブレスレットは落ちなかった。
浮いたまま光を放出し、光は人の形を作り出す。
しゅんっ、みたいな音を立てて、光はウィリアンに変化した。
「えっ? え……?」
「サブリーダー……」
「こういう事です」
言葉すら出ない俺達を、奴は冷たい眼差しで見下ろしていた。
「人間の体は魔力で形作られている。それを利用した復活方法。ブレスレットを着けた人間が、ブレスレットを着けている死体に触れて魔力を伝えることで効力が発動する。悪用されないように、単体での復活は出来ない制約があるんだ」
ウィリアンはもう一つのブレスレットをバックから取り出して、ジュリアにも差し出した。
ジュリアは震えた手でそれを受け取る。
「……これを使用する程、過酷って事。だから無理に入れとは言えないんだ。七時になったらまたここに来て。そこで入るかどうか、決断してもらう」
もう帰っていいよ。とウィリアンは言い捨てて、防音魔法を唱えて解除すると、紙を持って会議室から去っていった。
俺達だけが取り残された。
「……ジュリア、立てるか?」
「うんっ、ごめん……」
ジュリアに手を差し伸べる。彼女は手を握って、立ち上がった。
「うわぁ〜っ、びーっくりした。死体には慣れたつもりでいたけど……うわぁぁ」ジュリアは顔を手で覆って、「これってさ、僕達も死ぬ、って事だよね」
「……そうだな、目の前で死んで生き返るのを実証されたし」
「ちょっ……と、意味が分からないや。一旦部屋に戻ろう。着替えたいし……」
ーーーーーーーーーー
遠征で汚れていた身体を洗い流して、部屋に戻った。
手首に着けたままのブレスレットは、相変わらず微妙に光っていた。気味が悪い……。
「ん……? なんだ、これ」
ブレスレットはキツく手首を締め上げて離さない。締め付け感は全く無い。
嘘だろ? すんなり手首を通ったのに。紐の部分は確かに伸びていた。
だが、少しも動かない。引っ張っても伸びない。
外れない。
「……くそっ!」
慌てて棚を空けてハサミを取り出す。
無理矢理ブレスレットと皮膚の間に刃を入れた。皮膚が刃にこそぎ取られる。
そんなもの関係ない。こんなもの――。
「!?」
ブレスレットは切れた。
だが、すぐに"再生"した。
切れた歯応えは確かにあった。
刃はブレスレットの外側に出ていた。紐が切れたから、通り抜けたんだ。
呪いの装備か? 俺は呪われたのか。
「……」
ただ呆然と、ブレスレットを見つめる事しか出来なかった。
「ただいま、ストール……どうしたの?」
戻って来たジュリアが、不思議そうな面をして俺を見てきた。
「ジュリア。このブレスレットは危険だ。呪いだ。つけない方がいい」
「え? どういうこと……」
「何をしても外れないんだ。切ってもコイツは再生した!」
手に魔力を込めて手首を掻き毟る。爪に皮が、血液が詰まっていく。
「あっうわうわうわ何やってんのストール!?」
「見ろジュリア、何も無い」
ブレスレットは傷一つ着いていなかった。
「ストール、落ち着こう。君は動揺しすぎてる。回復してあげるから」
「動揺……? ……分かった。ごめん」
ジュリアは真剣な表情から、何時もの微笑みに変わった。
ボロボロの手首を掴まれ、彼女の魔法で回復される。傷口は黄緑色の光に包まれ、塞がり、元に戻った。
「呪われた訳では無いと思う。きっと夜、サブリーダーが外してくれる」
「何を根拠に言ってる」
「カン」
「……本当に腹立つな」
彼女はぷはっと吹き出したように笑った。