冷気を求めて
二日後、狩人の三人と冒険者の二人がギルドに集まった。
「今日はよろしく頼むよ。」
ダルタスが四人の前で出発前の挨拶をする。
「で、今日は山の麓の森だな。」
ドギーの言葉に、ダルタスが頷いて答える。
「二人にはもう話したんだが、依頼に書いておいた通り、今日は魔法石の捜索がメインとなる。」
ダルタスが冒険者の二人に説明をする。
「氷の魔法石でしたか?」
「ああ、今まで気にしてはいなかったんだが、氷の魔法石が無くなる可能性が出てきた。」
ダルタスの説明に、フィクラスが疑問をぶつける。
「解体場に大量にありましたが、あれでは足りないんですか?」
「ああ、過去の文献によれば、50年ぐらいは続くそうだ。」
「50年・・・ですか?!そこまで長いと、今あったとしても近い将来に無くなると予想できますね。」
「だから、氷の魔法石を今のうちに探しておかないと、色々と問題が起こる。」
ダルタスが大きくため息をつく。
「一番の問題は、食料の保存がきかなくなると言う事だな。」
ダルタスの後に、リズが言葉を続ける。
「今までここの食料保存は、表の小屋に置いておけば長い間持ったんだけどね。暑くなってからはすぐにダメになっちゃうのよ。」
「なるほど、だから、氷の魔法石を使った保存倉庫ですか。」
フィクラスの話に、ダルタスとリズが頷く。
「でも、闇雲に森を探すのはちょっと問題がありますね。あてはあるのでしょうか?」
ダルタスがフィクラスの質問に答えるように地図を広げる。
「ああ、この辺りにちょっと気になる場所がある。」
「気になる場所ですか?」
フィクラスに頷いて答えるダルタス。
「この場所は洞窟で、この島が暑くなり始めた頃に行ったんだが、洞窟からやたらと寒い風が吹いていたんだ。」
「洞窟から風ですか、なるほど。」
フィクラスが顎に手を当てて考える。そして、すぐにダルタスに顔を向ける。
「行ってみてからの判断になりますが、ダルタスさんの見立ては正しいと思いますよ。」
「そうなのか。」
学者からのお墨付きを得たダルタスは、心なしか嬉しそうだ。
「後は、しっかりと防寒対策をしていきましょう。」
「防寒?!こんなに暑いのにか?」
ドギーが驚きの声を上げる。しかし、大真面目にフィクラスが答える。
「氷の魔法石を探していると言う事は、寒い場所に行くと言う事です。皆さんの服装では、凍えてしまうでしょう。」
フィクラスの答えに、軽装のドギーは言葉が出ない。
「という訳で、私たちも道具屋で防寒具を準備してきますね。」
「防寒具なら揃ってるから、貸すわよ。」
リズの言葉に、狩人二人が頷く。
「リャオの防寒具はリズが貸すとして、フィクラスには・・・。」
ダルタスがドギーとフィクラスを見る。
「ドギーのは入りそうにないな。俺のを貸すよ。」
「助かります。」
「じゃあ、各自一度戻ってから、ここに集合と言う事でいいな?」
狩人と冒険者の二人がダルタスに頷いて答える。
そして、五人はそれぞれの家に戻った。そして、数分後、防寒着を手に酒場に集まった。
「集まったな。行こうか。」
ダルタスの言葉に、その集まった全員が頷いた。
酒場を出た五人は、ダルタスの目星をつけた場所へと向かう。
山の麓の森。ドラゴンが住み着いた山を中心に広がる広大な森だ。
その道中でも、様々な生物を目にしたが、どれもいつもより大きいサイズだった。
「あの鳥、いつもより大きいな。」
「ほんと、良い物でも食べてたのかしら。」
ドギーとリズが木の上にいる鳥を指さしながら話す。
それを見たフィクラスは、二人に尋ねる。
「あれは、そんなに大きいんですか?」
「ええ、あの大きさはちょっと見た事ないわ。」
リズの言葉に、ドギーが頷く。
「ちょっと狩ってみる?」
「いや、今はやめておこう。荷物が増えても困る。」
ダルタスがリズの行動にくぎを刺す。
「そうね、保存用の道具、持って来てないしね。」
リズがそう言ってほほ笑む。
「まあ、帰りに居たら狩ればいいさ。」
ドギーがそう言って笑う。
「さて、まだまだ先が長いからな。」
ダルタスが地図を広げて現在地を確認する。
「あとどれくらいなの?」
「後1時間ぐらいかな。まあ、近くになったらまた教えるよ。」
それから、1時間と少し歩いたころだろうか、リャオの体に異変が起きる。
「くしゅん!」
リャオが大きなくしゃみをする。
「あの、なんだか急に涼しくなってませんか?」
鼻をすすりながらリャオが四人に問いかける。
「言われてみれば・・・。」
森の木陰だから涼しいのかと思っていた四人だが、どうもそれとは違う冷たさがあった。
「ダルタス、これが、その場所なのか?」
ドギーの問いかけに、ダルタスが頷く。
「ああ、前に来た時は、ここにもまだ雪が残っていた。流石に無くなったようだが。」
ひんやりとした空気が五人を包む。少し肌寒くなったリズとリャオは防寒着を羽織る。
「でも、どうしてここだけこんなに涼しいのかしら?」
当然の疑問を投げかけるリズ。その問いかけに、フィクラスが答える。
「これは、風穴から吹いてきてる風のせいですね。」
「風穴?」
「簡単に言うと、風の吹く洞窟の事ですね。」
わずかに空気の流れを感じたフィクラスは、その正体を突き止める。
「風の吹く洞窟、この近くにあるの?」
「ああ、もうすぐ先に崩落した場所がある。そこが洞窟になってる。」
ダルタスがリズの言葉を肯定する。
「崩落ですか。なるほど。」
フィクラスが頷いて納得する。しかし、ダルタスを含む他全員が納得できていない。
「フィクラス、何か知ってるのか?」
「はい。風穴というのは、火山によくできると言われています。溶岩の流れた後にできた穴がそうなるとされていますね。」
フィクラスの説明でそう言うものだと理解した四人。そこで、ダルタスがもう一つ疑問をぶつける。
「この冷たい風は何故吹くんだ?」
「それは、実際に風穴に入ってみないと確実なことは言えませんが、恐らく、出入口の気圧の差でしょうね。」
「へぇ・・・。」
「難しい話はこの辺りにして、そろそろ現地に行くか。」
ダルタスがフィクラスの話を遮って、現地に向かうように促す。
「そうだな。百聞は一見に如かずともいうし。ダルタス、こっちでいいのか?」
ドギーがそう言って、ダルタスの指示した風穴に向かう。その後ろを四人がついて行った。
そして、風穴に近づくにつれて冷たい風が強くなっていく。
「さっきよりも寒くなったか?」
ドギーがそう言って腕をこする。
「ああ、洞窟はすぐそこだからな。」
ダルタスが指をさす。そこは、周囲の草に紛れて大穴が開いていた。
「あれか。」
「気をつけろよ。ここらもいつ崩れるかわからない。」
「本来なら、この辺りは立ち入り禁止にした方がいいですね。」
「おっと、そうなのか?」
フィクラスの言葉に、穴に近づこうとしていたドギーは足を止める。
「はい、ここに穴が開くと言う事は、この下に空洞があると言う事です。」
「いつ崩れてもおかしくないと言う事か?」
フィクラスが頷いて答える。
「調査は、安全を確保してからにした方がいいでしょうね。」
「安全か。ちょっと難しいな。」
腕を組んで悩むダルタスを見て、フィクラスは周囲を見回して手ごろな木を見つけ、指さす。
「この周辺の大木なら、根を深くまで張っているはずですから、安全と言えますね。」
「なら、そこに拠点を作って、調査するか。」
ダルタスがそう言って、フィクラスの指さした木に近づき、荷物を下ろす。
「リズ、リャオ、この荷物を見ててくれ。」
「判ったわ。」
「はい、任せてください。」
二人が頷いて答える。
「さて、俺たちは目的地に行くか。」
置いた荷物から、ロープを取り出したドギー。それの片方をダルタスに投げる。
「道案内頼むぞ。」
「俺も、中に入った事は無いんだがな。」
頭を掻きながらダルタスが答える。
「まぁ、そこまで深い穴ではないだろうから、先に降りて見るか。」
「よろしく頼むぞ。」
受け取ったロープを体に巻き付けるダルタス。そして、ドギーが片方のロープを木に結びつける。
「風穴入り口の安全確保は俺とドギーでやるから、フィクラスは後からついてきてくれ。」
「判りました。」
フィクラスの答えを聞いたダルタスは、ゆっくりと風穴に近づく。
風穴に近づくにつれ、強く冷たい風がダルタスを包み込んだ。
「さすがに、この装備だと寒いか・・・。」
ダルタスが後ろを振り向いてドギーを見る。
「ドギー、来るときに俺の防寒着も持って来てくれ。」
「ああ、判った。」
ドギーがダルタスの置いた道具袋をあさり、羽毛のケープを取り出す。
その間に、ダルタスはゆっくりと風穴の中に降りて行っていた。
「大丈夫か?」
「ああ!思った通りそこまで深くない。壁になっているようだからその辺りが崩れる心配は少ないと思う。」
風穴の中から、ダルタスの声が聞こえる。無事に地面に降りたようだ。
「判った。これから行く。」
そう言って、ドギーは自分の道具袋からも防寒着を取り出し、身に纏う。
そして、ドギーはダルタスの引いたロープを地面に固定しつつ、風穴へと向かった。
「この感覚は、久しぶりだな。」
体を震わせるドギー、極寒の時とは違う寒さとはいえ、この温度を防寒着で防ぐという行為は久しぶりだった。
そして、風穴の側に来たドギーは、その中を覗き込み、ダルタスの姿を確認する。大体、5mほどの深さだろう。
「ダルタス、受け取れ。」
その中にいるダルタスに、手にしていたケープを投げ渡す。
「ありがとう。」
そのケープを受け取ったダルタスは早速着込む。
「これで一息つけるか。」
寒さを防いだダルタスは、体に巻いたロープを外し、地面に固定する。
「ドギー、これで降りられるはずだ。」
「ああ。」
ドギーはロープを伝って風穴に入る。地面に近づくにつれて、寒さも増してきている感じがしていた。
降りる途中で、数か所に足場用の杭を打ち込む。帰りの足場確保と、これから降りてくるフィクラスのためだ。
「寒いな。」
ダルタスの元に到着したドギーの第一声はそれだった。
「ここまで寒いとは思ってなかった。期待は出来そうだ。」
そう言って、ダルタスとドギーは日の光の届かない風穴の奥を見つめる。
「フィクラス!これで降りてこられるぞ!」
「判りました。ありがとうございます。」
フィクラスがダルタスに答える。そして、数分後、フィクラスも風穴に降り立った。
「これは、随分と冷えるところですね。」
フィクラスはダルタスから借りた防寒着を着て降りてきていた。
「この奥に行かないと、魔法石があるかどうかわからないよな。」
「そうですね。これだけ寒いと地面も凍ってる可能性もありますし、慎重に進みましょうか。」
そう言って、フィクラスが道具袋の中から小さな杖を取り出す。
「フィクラス、何をしてるんだ?」
「一応、学者ですから、簡単な魔法は使えるんです。」
フィクラスが杖を左右に振る、すると、杖の先が光り、周囲を照らす。
「おぉ、これは便利だな。」
「炎の魔法はここだと消えてしまいますから。これは魔力を使って杖自体が光るんですよ。」
「へぇ、島の外にはそんな道具もあるのか。」
物珍しそうに杖を見るダルタス。
「皆さんもどうぞ。」
そう言って、フィクラスは二人に杖を手渡す。
「俺たちの魔力でも使えるのか?」
「ええ、誰でも使えるようになってますから。」
フィクラスに渡された杖を同じように振ってみる二人。すると、同じように杖が光り始めた。
「全く、文明に置いて行かれていたような感じだ。」
「ほんとだな。俺達も島外の刺激を受け入れるべきなのかもしれないな。」
二人はしみじみと話す。
「まあ、その前にこんな辺境の島に来てくれるフィクラスのような物好きを呼ばないとな。」
「全くだ。」
「そう言われると、返す言葉もないですね。」
物好きを自覚しているフィクラスは、二人に笑って見せた。
「さて、風が吹く方向に行けば、何かがあるはずです。」
フィクラスが杖の光で行先を示す。
「これだけ寒いんだ、何かあってほしいものだな。」
そう言いながら、ダルタスも杖の光で風穴の奥を照らす。
「足元も少し凍ってますね、注意していきましょう。」
フィクラスが張り切って先頭を歩く、やはり、物好きのようだ。
「ここを、食料保管庫に使えないか?」
少し白くなっている壁を照らしながら、フィクラスが提案する。
「ここまでの道の安全確保が出来れば、出来るだろうな。」
「少し考えてみるか。」
ドギーの答えに、ダルタスはメモにその件を書き記した。帰ってから考えるのだろう。
三人は慎重に風穴の奥に進む。内部は意外と広いが、ダルタスの身長ほどの岩が所々に落ちていて、その岩の間を強い風が吹き抜けていく。
「風のせいか、相当寒く感じるな。」
「こう風が強いと、氷の魔法石の前に風の魔法石が見つかりそうだ。」
そう言いながら、ダルタスは周囲を見渡す。その言葉通り、岩の周囲に緑色の魔法石が転がっていた。
「風の魔法石か。」
ダルタスがそのうちの一つを拾い上げる。
「フィクラス、ちょっと聞いてもいいか?」
「何でしょうか?」
振り向いて、ダルタスの足元に光を向けるフィクラス。
「魔法石というのは、その場所で一番強い要素をもつ属性の物が出来上がるんだよな?」
「ええ、一般的にはそうですね。」
「で、魔法石は割れるとその要素を放出するんだよな?」
「その通りですね。」
「この風の魔法石をこの場で割ったら、新しい風の魔法石は出来上がるのか?」
「それは、無いでしょう。それが可能になれば、この世界からエネルギー問題が消滅します。」
フィクラスが笑いながら答える。
「なるほどな。じゃあ、この吹いてくる風は魔法石ではなく、どこかから吹き込んでくると言う事なんだな?」
「その通りです。」
「それが判れば十分だ。ありがとう。」
ダルタスはフィクラスに礼を言う。
「もし永久機関が出来るなら、氷の魔法石問題が一気に解決すると思ったんだが、そう甘くは無いか。」
「はい、残念ですけどね。」
そう言って、フィクラスが苦笑いする。その話を聞いていたドギーが口を挟む。
「ちょっと待った。その話が本当なら、この風穴には風の魔法石しかないことになるんじゃないのか?」
ドギーの問いかけに、ダルタスが驚いた表情を見せる、しかし、フィクラスは不敵に微笑んでいる。
「確かに、普通に考えるとそうなるでしょう。でも、答えはすぐそこにあります。」
フィクラスが壁に光を当てる。そこは、さっき見つけた白くなっている壁だ。
「場所の境界線は、とても曖昧なんです。だから、こういった場所では複数種の魔法石が出来ることも多々あります。」
フィクラスの説明を聞いて、ダルタスが何かに気付いた。
「なるほど、風よけがあり、さらに温度が低い場所に氷の魔法石がある可能性があると言う事だな?」
「そう言う事です。」
「この風穴は結構大きそうだからな、そんな場所もあるだろう。」
ドギーの言葉に、二人が頷く。
「では、行きましょうか。」
そう言って、フィクラスを先頭に三人は風穴の奥に進む。
しばらく進んでいくうちに、ダルタスがあることに気付く。
「この風穴、山に向かってるのか?」
風穴はわずかな傾斜になっていて、三人は先ほどから緩やかに登っている。
「そうですね、地上でも言いましたが、風穴は溶岩の通った後とも言われます。」
「と言う事は、ここはかなり昔からあったと言う事か。」
壁をトントンと叩くダルタス。
「雪解けの時に、地面が緩んで、一部が地表に出てきたのでしょう。」
「そんな事もあるんだな。」
「自然は、調べれば調べるほど奥が深いんですよ。」
フィクラスがそう言ってほほ笑む。そして、言葉を続ける。
「ですから、その自然を根底から覆しているドラゴンは、ぜひとも調べないと。」
「なるほどな。フィクラスの目的はそれか。」
その話を聞いていたドギーが呟く。
「まあ、ドラゴンの所に行くときには言ってくれ。力を貸すよ。」
「こっちも、あのドラゴンは調べる必要があるからな。」
「ありがとうございます、そうさせてもらいます。」
二人の申し出に、フィクラスが笑顔で頷く。
「その前に、ここの調査を終わらせないとな。」
ダルタスが奥の暗がりに光を向ける。しかし、先を見通せないほどの暗闇が続く。
「先はまだまだありそうですね。」
「そうだな。しかし、目当ての魔法石はないな。」
「後は、地道に調べるしかないですね。」
フィクラスがそう言いながら地面に光を向ける。あるのは緑色の風の魔法石ばかりだった。
「ここまで風の魔法石が多いと、何かに使えないか悩むな。」
「そうですね、最近発明された機械は、風の魔法石を動力源としてますね。」
「風を動力に使うのか。船ならわかるんだがな。」
フィクラスの話に興味を惹かれるダルタス。
「島の外か・・・。」
風穴の暗闇を見ながら、ダルタスは小さく呟いた。
それから、慎重に歩みを進める三人の前に、今までとは違った大きな空間が現れる。
その空間は、すり鉢状になっているようで、杖の明かりでは底までの距離が測れない程の深さがあった。
「ここは・・・?」
ダルタスが周囲に光を当てる。その空間の対岸から上側に空洞が見える。恐らく、あの空洞から風が吹き込んでいるのだろう。
フィクラスがしゃがみ込んでその周辺の地面を触る。薄く土が乗ってはいるが、すぐ下に硬い岩盤がある。
「恐らく、小規模な溶岩溜まりだった場所でしょうか。」
「ここに、溶岩が溜まっていたと言う事か?」
「そうですね。遥か昔の事だと思いますが、間違いはなさそうです。」
フィクラスが立ち上がり、道具袋を探る。そして、握りこぶしぐらいの大きさの赤い石を取り出す。
「それは?」
「火の魔法石です。ちょっと細工して長時間ゆっくりと燃えるようにしてあります。」
ダルタスの質問に答えた後、フィクラスはその魔法石をおもむろにすり鉢状になった地面の端に投げつけた。
「何してるんだ?」
「まあ、見ていてください。」
強い衝撃を受けて、魔法石は効果を発動する。小さな炎を出した魔法石は、そのまますり鉢状になった空間を転がり落ちていく。
「なるほど、深さを測るのか。」
三人は、転がり落ちる炎を見つめる。ドギーがその炎を見ながら、考え事をしている。
「不思議なものだな。」
不意にドギーが言葉を発する。二人がドギーに振り向いてその言葉の続きを聞く。
「俺は、この島で生まれ育ったんだ。この島の事なら、何でもわかると思っていた。でも、それは間違いだったんだな。」
「そうだな。俺も同じ気持ちだよ。分かっていたのは、狩りのやり方だけだった。」
ダルタスはこの数日を思い出し、ドギーの言葉に同意する。
「クラストの言う事も、聞いてやる必要がありそうだ。」
ダルタスの言葉に頷くドギー。
「この調査が終わったら、安全そうな場所を探すか。」
そう言いながら、ダルタスは転がり落ちる炎を見つめていた。
しばらく転がり落ちた炎は、小指の爪ぐらいの大きさになった所で動きが止まった。
フィクラスが動きの止まった炎に向かって光を当てる。そして、そこから地面を照らしながら自分の方へ光を戻し、周囲の状況を確認する。
すり鉢状になっている周囲は、少し傾斜がきついようで、一度落ちたらなかなか上がってこれないと予想される。
「何か分かったか?」
「ええ。恐らく、この下に目当ての物がありますね。」
フィクラスの言葉に、ダルタスが驚いた表情を見せて聞き返す。
「なんで分かるんだ?」
「あの炎の周り、その地面を見てください。」
フィクラスが杖の光を炎の周辺に当てる。周囲は茶色の土があったが、それから少し離れた場所はキラキラと輝くものが見えた。
「氷か?」
「ええ、もしここが過去のマグマ溜まりだったら、山に降った雨や雪解け水が、風穴を伝ってここに溜まっているはずです。しかし、ご覧の通り、今水は全くありません。」
「それは、どういう事なんだ?」
ダルタスがフィクラスに尋ねる。
「考えられるのは、地面に吸い込まれたか、流れてこなかったか、流れていったか、違うものになっているか。ぐらいです。」
「吸い込まれたというのは、少し考えにくいものがあるのか。」
「その為に、最初に少し地面を調べました。水を簡単には通さないしっかりとした岩盤でした。」
地面を手にしている杖でトントンと叩くフィクラス。風穴に響く音は、地面が岩でできていることを証明していた。
「水が流れてこないというのは、どうなんだ?」
「そうですね、山には雪があった。今は融けていると言う事は、ここには雪解け水が流れ込んでいないとおかしいんです。」
フィクラスが光を穴底に向ける、照らした場所には水気は無かった。
「じゃあ、今、炎のある場所で光っているのは・・・。」
「氷の塊でしょう。場所によっては、結構な厚さがあると思います。」
「なんでこの場所に氷が出来たか、そんな事は後回しだな。」
フィクラスの言葉に、ダルタスは喜びを隠しきれない様子だ。
「よし、足場を作りながら降りてみるか。」
ダルタスの言葉に、ドギーが頷き、準備を始める。
ここに降りた時と同じように、ダルタスが先行し、ドギーが足場を作り、それを頼りにフィクラスが穴に降りる。
風穴内部の深い穴、すり鉢状になっている地面の底にたどり着いた三人の目の前には、一段と冷えた空気の流れを呼び込む横穴があった。
横穴の壁には、白い塊が張り付いている。
「この奥か?」
ドギーが横穴を照らしながら、フィクラスに確認する。
「そうですね。この奥が目的地になるでしょう。」
「ここの時点で、ここまで凍ってるのか。」
「足元に気をつけてください。」
「あぁ、わかってる。その事ならこちらの方が上だ。」
そう言って、ダルタスはフィクラスに笑い返した。
「フィクラス、靴にこれを巻いておけ。」
ダルタスがフィクラスに布を2枚よこす。
「これは?」
その布には、片面に鋭い棘がいくつか飛び出している。
「簡易スパイクだ。棘を地面に向けるように布を巻きつけるといい。」
「ありがとうございます。おふたりは良いんですか?」
「あぁ、この靴はスパイク付きだ。踏ん張る時に必要だからな。」
凍り付いた横穴を進む3人、ここからは、氷を歩きなれた狩人の2人が先頭を行く。
「久しぶりの氷だな。」
氷の感覚を懐かしみながら、ダルタスとドギーは壁に杭を打ち込みながら進む。
この奥には何度となく足を運ぶ必要があると考えたダルタスの提案だ。
「そう言えば、少し風が収まっている感じか。」
顔に当たる風が少し穏やかなことに気付いたドギー。
「そうですね、へこんだ地形が丁度風よけになっているんでしょう。」
ドギーの質問に、フィクラスが恐る恐る足を運びながら答える。
「それに、良い兆候が見えてきた。」
ダルタスが地面に光を向ける。
「もう、風の魔法石は無くなってるな。」
上にあった風の魔法石は、この場所では一切落ちていない。
「環境が変わったと言う事でしょうね。」
「期待できそうだ。」
そう話している間にも、先行しているドギーがこの横穴の出口にたどり着いたようだった。
「2人とも、ここから先は気をつけろよ。」
ドギーが立ち止まり、二人に注意を促す。そして、手早く壁に持ち手を作り、安全を確保する。
そして、追いついた二人は目の前の光景をみて感嘆の声を上げる。
「これは、すごいな。」
それは、ひとつ前のマグマ溜まりとは比べ物にならない程の広さと深さを持つ大きな広場だった。
三人の立つ場所から少し下には、一面の厚い氷が張っている。その上に、いくつもの白い石、氷の魔法石が転がっていた。
「こうなってるとは、思わなかったな。」
しばらくその光景を見ていると、奥から何かが落ちる音が聞こえてくる。
「どうなってるんだ?」
「氷の魔法石が、天井で生成されて、それが地面に落ちる音ですね。」
フィクラスが天井に光を向ける。そこには、一面真っ白な氷の魔法石が張り付いていた。
「これが、下の氷に落ちて、いくつか割れて、氷がさらに厚くなっていくという事ですね。」
「天然の冷凍庫か。」
フィクラスとドギーの会話を聞いて、ダルタスが問いかける。
「フィクラス、永久機関は無いって言ってたよな。これは、永久機関じゃないのか?」
「ええ、今のところは。しかし、バランスが崩れると、一気に傾きますね。」
意味深な言葉を返すフィクラスに、ダルタスは聞き返す。
「例えば?」
「この島の気温がさらに上がった場合は、ここはただの地底湖となるでしょう。氷の魔法石は手に入りません。」
「それはまずいな。」
腕を組んで、ダルタスが首をかしげる。
「バランスを崩すだけなら、氷の魔法石を必要以上に持ち帰る事も原因になりそうですね。」
「じゃあ、これを持ち帰る事も出来ないと言う事か?」
さらに追い打ちをかけるように、フィクラスは他の原因をダルタスに提示する。
「これを持ち帰って、どう使うか、ここをどう保つか、それを考える必要がありそうですね。」
「難しい話だな。」
フィクラスが解決方法を告げるが、ダルタスは難しい顔を崩さない。
「そう言う事を考えるために、私達学者が居るんです。」
そう言って、フィクラスがほほ笑む。
「そう言ってくれると、頼もしいな。」
フィクラスの言葉に、ようやく顔を戻すダルタス。
「ダルタスさん、ドギーさん。この島は、私のような研究者にとっても、冒険者にとっても、一般の人々にとっても、とても魅力的な場所です。」
氷の地底湖を眺めながら、フィクラスが2人に話しかける。その言葉を黙って聞いている2人。
「私は、今この瞬間がとても幸せですよ。こんな未知の調査が出来るなんて。」
フィクラスの言葉に、二人はそうかとただ頷いた。
「こちらとしても、学者と繋がりが出来たのは大きい。頼りにしてるよ。」
「そうだな。」
そう言って、三人は氷の地底湖を見つめていた。
「さて・・・それじゃあ、目的の物も見つかった事だし、そろそろ戻るか。」
ダルタスの言葉に、二人が頷く。
「いくつか、証拠を持って帰りましょうか。」
「大丈夫なのか?」
「この規模の地底湖で、氷の魔法石の1つや2つ、バランスを崩すことにはなりませんね。」
「あれだけ脅しといてそれか。」
ダルタスが笑いながら、フィクラスをバシバシと叩く。
「学者が言うんですから、間違いないですよ。」
そう言って、フィクラスは湖面に落ちている氷の魔法石を拾い上げ、バックパックにしまい込んだ。
フィクラスの行動を見て、二人も数個の氷の魔法石を取り、バックパックに詰め込んだ。
「さぁ、戻ろうか。」
ダルタスがそう言って、元来た道を戻り始める。傾斜のある凍った道だが、狩人の2人の足取りは早い。
しかし、フィクラスはドギーの打ち込んだ杭を持ちながら、恐る恐る進んでいた。
「フィクラス、大丈夫か?」
「えぇ、何とか。」
靴に巻いている布のおかげで、何とか滑らずに済んでいるフィクラス。
「こんな工夫で、ここまで滑らなくなるんですね。」
「この地で生きる、生活の知恵だな。俺達も、これは親から教わったからな。」
「伝統ですか。いいですね。」
フィクラスが笑顔で答える。
「それでも、こんな事が起こるなんて聞いていなかったけどな。」
そう言って、ダルタスとドギーが笑う。
「フィクラスの故郷は、こんなことは無かったのか?」
「えぇ、私の故郷は、これと言った特徴のないありふれた町でしたから。」
「ありふれた町か。」
ドギーが呟く。二人はこの島しか知らない。だから、ありふれた町のイメージがわかなかった。
「えぇ、何の面白みのない、退屈な町です。老後にはいいかもしれませんね。」
フィクラスが苦笑いする。
「だから、私は冒険者になったんですよ。故郷は、帰るべき場所であり、歩みを止める場所ではないのですから。」
「簡単に言えば、つまらない町で生活するより、流れの学者をやってる方が楽しい、そう言う事か。」
「その通りです。新しい事を知るのは、楽しいですからね。」
ダルタスに指摘されて、フィクラスは笑いながら頷いた。
「その甲斐あって、今ここに居ます。楽しいですよ。本当に。」
「そんな生き方も悪くはないか・・・。」
ダルタスは、静かに呟いた。
そんな話をしながら、三人は風の吹く通路まで戻って来る。途中何度かフィクラスがこけそうになったが、その度にドギーの設置した杭が役に立っていた。
「今度は、ロープを張っておかないとダメだな。」
フィクラスの様子を見て、ドギーが笑いながら話す。
「安全確保は、何よりも優先ですよ。」
フィクラスは照れくさそうに答える。その答えに、ドギーが頷いた。
三人は元来た道を戻り、上から太陽の光が差す場所に帰ってきた。
「俺が先に上る。」
ドギーが杭を足場にしながらすいすいと登っていく。そして、あっという間に風穴の外に出る。
「え・・・?!」
思わずドギーが声を上げる。その様子を見ていたダルタスはドギーに問いかける。
「どうした?!」
「グラキベアだ・・・。」
ドギーの目の前には、地面に突っ伏し、大きな矢が何本も刺さった巨体がある。
そして、その奥には設置型ボウガンと木にもたれ掛かっているリズとリャオの姿があった。
「おい!大丈夫か?!」
ドギーが二人に駆け寄る。
「あ、ドギー、お帰りなさい。」
「お帰りなさいって・・・一体何があったんだ?」
「見ての通りよ。」
リズがグラキベアを指さす。
「無事なのか?」
「ちょっと擦りむいちゃったけど、私もリャオも、荷物も無事よ。」
「そうか。」
リズが処置済みの腕を見せる。それを見て、ドギーはホッと胸をなでおろす。
「そっちはどうだったの?」
「あぁ、目標は達成した。」
ドギーは二人に報告する。
「これで、しばらくは安泰って事ね。」
「そう言う事になるな。」
「おーい!ドギー!どうしたんだ!!」
穴の中から、ダルタスの声が聞こえる。少しいら立っているようだ。
「あぁ、すまない。今引き上げる。」
ドギーは風穴に近づき、ロープを落とす。その反対側を持ち、地面に杭と一緒に打ち付けた。
フィクラスは、そのロープを体に巻き付け、杭に手をかけた。
「フィクラス、ゆっくりでいいからな。」
「判りました。」
そう言って、フィクラスはゆっくりと穴の淵を登っていく。そして、登り切ったフィクラスの目の前に、黒い物体が飛び込んでくる。
「こ、これがグラキベアですか。」
「まぁ、そういう反応だよな。」
フィクラスの驚く顔を見て、ドギー達は笑う。
「それが、この島の名物よ。」
「名物・・・ですか?」
そう言われたフィクラスは、まじまじとグラキベアを見つめた。
「ええ、お肉が美味しいのよ。マスターの店でもよく食べてるわ。」
「なるほど、今度試してみましょう。」
グラキベアに近づいて、その姿を観察するフィクラス。
「これ、熊ですよね。」
「島の外にも居るの?」
「えぇ、居ますね。若干こちらの方が大きいですが。」
「そうなのね。でも、これはこっちでも大物よ。」
座り込んでいたリズが立ち上がり、グラキベアに近づく。
「仕留めるのに、だいぶかかったけどね。」
グラキベアに刺さった大きな矢の本数が、リズの苦労を物語る。
「こいつは、どうしたんだ?」
いつの間にか上がってきたダルタスが、グラキベアを見て問いかける。
「狩ったのよ。」
「まぁ、見りゃわかるが・・・こんな所になんで居たんだ?」
ダルタスが腕を組んで首をかしげる。
「こいつの生息域は湖の周りだったはずだが、何だってこんな所に?」
「ここが丁度いい環境だったのかな?すごく涼しいから、落ち着けるし。」
今まで黙っていたリャオが口を開く。
「そうかもしれないな。」
ダルタスがリャオの言葉に頷いて答える。
「寒い環境に適応している動物だから、気温が少しでも低い場所を探してたんだろう。」
ダルタスの答えに、リャオの表情が曇る。
「・・・あの、この中に、氷の魔法石あったんですか?」
「あぁ、あったぞ。」
「それじゃあ、この辺りはずっとこの気温のままですか?それなら、ここにこんな動物が沢山出てくるんじゃないですか?」
リャオの純粋な感想だが、全員が納得する。
「待てよ、そうなると、ここはかなりの危険地帯になりそうだな。」
「グラキベアは、狂暴なんですか?」
フィクラスの問いかけに、全員が頷いた。
「毎年、何人もこいつに食われてるな。」
「え?食べられる?!」
リャオが驚きの表情を浮かべる。
「町を出れば、こいつらの縄張りだからな。」
グラキベアをパシパシと叩きながら、ダルタスが答える。
「自然と共存すると言う事は、自分も自然の摂理の一部になるって事だ。」
「食べられても、仕方がないと言う事ですか?」
「そう言う事だ。」
ダルタスがいつになく真剣な目でリャオを見る。
「その場所には、その場所の生き方や考え方があると言う事ですね。」
リャオが納得した表情を見せる。
「だから、俺たちがこいつらを狩るのも自然の摂理なんだ。弱肉強食ってな。」
「崇高なお話の途中で悪いんだけど、これ、どうするの?」
リズが少しあきれ顔でダルタスに問いかける。
「持って帰るしかないだろう、このままにしておくわけにはいかない。」
「どうやって?」
「そりゃあ、なぁ。」
ダルタスがフィクラスの方を見る。そう来ると思っていたフィクラスは、すでに次元球を準備していた。
「では、片付けましょうか。」
そう言って、フィクラスが次元球にグラキベアを収納する。
「何度見ても、すごいな。」
一瞬で消えた巨体を見て、ドギーが呟いた。
「これを見ていると、欲しくなるな。」
ダルタスの言葉に、狩人の2人は頷く。
「戻りましょう。私もこれを食べてみたいですからね。」
少しソワソワするフィクラスを見て、四人は笑っていた。
街に戻った五人は、その足で酒場に向かう。
「ただいま。」
そう言って、ダルタスは酒場のドアを開ける。
「皆さん、お帰りなさい。どうでしたか?」
マスターが夜の開店準備をしながら尋ねる。
「あぁ、見つかったよ。」
そう言って、風穴に潜った三人はバックパックから氷の魔法石を取り出し、カウンターに置いた。
「おぉ。これは中々の魔法石ですね。」
ひんやりとする魔法石を手に取り、マスターは戻って来た冒険者たちに笑顔を見せる。
「これで、しばらくは大丈夫そうですね。」
「ただ、問題があってな。」
「問題?」
頭を掻きながら困った表情を浮かべるダルタスに、マスターが問いかける。
「風穴の近くで、グラキベアに遭遇した。」
「それは・・・。」
「大丈夫、そいつならここに居るから。」
リズが次元球の入った袋をマスターに見せる。
「退治できたんですね。」
「まぁね。リャオちゃんのおかげよ。」
「そ、そんな事ないです。リズさんが強かったので。」
リャオは両手を振って謙遜する。
「まあ、今回は狩る事ができたが、あの周囲の環境は他の肉食動物を呼びかねないな。」
「警戒しながら、収集すると言う事が必要と言う事ですね。」
ダルタスの簡単な説明で、マスターが状況を理解する。
「そう言う事になるな。採取は、ちょっとした仕事になりそうだ。」
ダルタスは、苦笑いを浮かべながら答える。
「そう言えば、何が起こったのか、聞いてなかったな。」
ドギーが、思い出したかのように話に割って入る。
「いつも通り、ボウガンでハチの巣だけど・・・。うん、やっぱり、リャオちゃんの能力に助けられたって感じかな。」
「そこだ、リャオの能力がどう役に立ったのかが知りたくてな。」
「リャオちゃんの武勇伝、聞きたいんだって。」
リズが楽しそうな表情でリャオを見る。リャオはその視線を感じて顔を真っ赤にする。
「そ、そんな、私はそんなことしてませんよ。」
「まぁ、お話ぐらい聞かせてあげましょうよ、あの時のリャオちゃんの雄姿。」
そう言って、リズが四人にあの時の話を始めた。