酒と料理と報酬と
ギルドに戻る途中、リズがダルタスに問いかける。
「ねえ、まだ調査を続けるんでしょ?」
「ああ、後は海と山なんだが。今回の湖と森を考えると、嫌な予感しかしないな。」
乾いた笑いが出るダルタス。
「海なら、私は何度か行ってるけど、今回ほど大きいモノは無かったわよ。」
「今回ほど?」
リズの言葉にダルタスは一抹の不安を抱いた。
「魚は大きいのが沢山釣れたわ。」
「魚か・・・。」
騒ぎになっていないところを考えると、魚は常識的な大きさだったのだろう。
「他に大きくなってたものはあったか?」
「特には気付かなかったわ。」
「海洋生物は、そこまで大きくなかったと言う事か。」
少し考えこむダルタス。そして、一つの仮説を立てる。
「ドラゴンの居る山に近づくにつれ、生物が大きくなっているのか?」
疑惑の山を見ながら、ダルタスが呟いた。
「興味深い話だな。」
ドギーが二人の会話に割って入る。
「ドラゴンが来てから、山には近寄ってないが、周辺の森には何度か入った事がある。」
「そうか、その時はどうだった?」
「お前の言う通りだ。大きな生物を何度か見た。流石に、あの蛇程ではなかったが。」
「最後に森に入ったのはいつぐらいだ?」
「2週間ほど前だ。」
ドギーの答えを聞いて、ダルタスは少し立ち止まって考える。そして、思ったことを口にする。
「・・・次の目的地はその森だな。」
「どうして?」
リズがその真意を訪ねる。それに、ダルタスが答える。
「2週間で、どの生物がどのくらい巨大化しているか。それを調べたい。」
「なるほど、でも、それを調べてどうするの?」
「不思議に思わないか?生物が巨大化しているが、この町の周囲ではそれらの生物は見られない。」
ダルタスの疑問に、二人がハッとする。
「確かに、この辺りには普通のサイズの動物しかいないな。」
「巨大化するのは、何か特徴のある生物なのかもしれない。それも確認しないとな。」
「特徴ねぇ・・・。」
リズが首をかしげる。リズの見た巨大生物は蛇ぐらいしかない。そこから特徴を推測するのは無理があった。
「どうしてそこまでするんだ?」
「クラストの希望だからだよ。この町、いやこの島をリゾート地にしたいらしい。」
「リゾート地ねぇ・・・。私はなって欲しくないわ。」
「俺もだ。」
狩人三人は、全員同じ意見だった。
「だから、危険だと言う証拠を集められるだけ集めて、クラストに突きつける。」
ダルタスは、そう言って二人にメモを見せる。
「その為のメモだったのね。」
「それもあるが、自分の疑問もあるからな。」
メモを懐にしまい込み、ダルタスは言葉を続ける。
「ここに書いてあることを調べれば、ここで何が起こってるか、どうすれば生きていけるかがわかるだろ。」
「ダルタス、この島の生態系を、ずっと気にしてたものね。」
「食料調達は、俺たちの一番大事な仕事だからな。」
いつになく真面目な顔で話すダルタス。
「まあ、このまま巨大な生物が増えるようなら、食料は困らないだろう。狩るのには苦労しそうだが。」
「今までは一人で何とかなってたけど、今後は今日みたいに複数人でやらなきゃならない事も増えそうね。人手が足りるかしら。」
「一番の問題は、そこだな。」
この町にいる狩人は、十数人程度だ。一匹を仕留めるのに、今日のように複数で挑まなければならないとなると、明らかに人手が足りなくなる。
三人が少し考えこむが、そう簡単に答えが出る問題ではない。
「とりあえず、今日の獲物を食べてから考えるか。」
ダルタスの提案に、二人が頷いた。
三人がマスターの酒場に戻って来た。その時には、すでに酒場には今日の功労者たちが集まっていた。
「今日は助かった、ありがとう。」
そこにいた全員に礼を言うダルタス。
「いえいえ、こちらこそいい経験になりました。」
「なんだかんだあったけど、いい思い出です。唄になるかなぁ。」
冒険者組の二人は、笑顔で答える。そして、爺さんも湯を飲みながら笑顔を見せる。
「マスターは、料理中か。」
「楽しそうに厨房に入っていったぞ。新しい食材と言うのは、調理人にとっては何物にも代えられない冒険なんじゃろうな。」
「さて、あいつも呼んでおかないと、後で何言われるかわかったもんじゃないな。」
「あいつ?」
「クラストだよ。」
そう言って、ダルタスは苦笑いを浮かべる。
「あぁ、そうだな。一応責任者は立ち会ってもらう必要があるな。」
ドギーは笑いながら答える。
「じゃあ、呼んでくるよ。」
ダルタスが酒場を出ようとした時、見計らったかのようにクラストが入ってきた。
「ダルタス、こんなところに居たか。」
「クラスト。丁度呼びに行くところだったんだ。手間が省けたな。」
「そうか、こっちも丁度探していたんだ。」
いつになく真面目なクラストに、少し身構える。
「こちらの勝手な思い付きで怪我をさせてしまって済まない。」
深々と頭を下げるクラスト。それを見て、ダルタスは少し困った表情を見せる。
「思いつきと言う自覚はあったのか。よかった。」
こういう時は、無理に相手を責めたりするより少し相手をいじった方がいい。そう考えたダルタスはにやりと笑って答える。
「まあ、怪我はどうでもいいんだが、こんな風に狩人が怪我をするレベルの危険度だ。観光地と言うのは無理だな。」
「その事なんだが、観光地と言うのは諦めようと思う。」
「そうだな、それがいい。」
クラストの申し出に、その場に居た狩人はほっと胸をなでおろした。
「だが、目下の問題として、巨大生物と言う厄介なものと、人手不足と言うのがあるだろう。」
しかし、その後に続いたクラストの言葉に、今度は周囲の人間も息をのんだ。
「・・・まさかとは思うが。」
ダルタスがクラストの言葉を遮るが、クラストは頷いて自分の考えを話し始めた。
「狩人を呼び寄せようと思う。大型動物のハンティングは中々出来るもんじゃない。」
「乱獲する気か?それはまずいぞ。」
釘を刺すダルタスに、クラストはにやりとほほ笑む。
「大丈夫だ、その辺りも含めて考えている。」
「嫌な予感しかしないな。」
これも思い付きだろうと考えたダルタスは、露骨に嫌な表情を見せる。
「だから、もう少し調査をお願いしたい。この島に居る巨大生物のリストを作成するんだ。」
「リストの作成か。まあ、それはやるつもりでいたが。」
「リストを作って、どうするんだ?」
ドギーがダルタスに尋ねる。
「それがあれば、危険度が判るだろ。この町に住む人達や、外からくる人達の注意喚起にもなる。」
「まあ、確かにそれがあれば役に立つな。」
ダルタスの答えに、ドギーが納得するが、一つ疑問が残る。
「クラスト、お前はそのリストを何に使う気なんだ?」
「そりゃもちろん、仕入れの目安に使うんだ。」
「仕入れ?」
「ここに他の地の狩人を呼ぶんだ、唯一の道具屋に必要な商品が無かったら、その狩人の命にかかわるからな。」
「はぁ・・・全く。商人様は立派だな。」
呆れた表情を見せるドギー。クラストの中では、島外の狩人が集まってくることが確定しているようだ。
「そんなに、巨大生物と言うのは魅力的なのか?」
巨大蛇と対峙し、命の危険を感じたダルタスは、心からの疑問をクラストにぶつける。
「ああ、島外にもあんなのはいない。冒険者なら一度は見てみたいと思う奴も多いだろうな。」
巨大生物の価値を聞いたダルタスは、少し考えこむ。
「ダルタス、どうした?」
その姿を見たドギーが声をかける。
「あぁ、仕入れはともかくとして、巨大生物が厄介なのは違いない。外部の力を借りるのもやむなしかもしれない。」
思ってもみない言葉を聞いたドギーは、目を丸くする。
「さっきまで反対してた奴の言葉とは思えないな。」
急に意見を変えたダルタスに、思わずドギーが問い詰める。
「俺は、この島をリゾートにするのも、生態系を破壊するほどの乱獲も反対だ。だが、クラストの言う事も一理ある。この先、人手が足りなくなるのは事実だ。」
ダルタスの言葉に、反論できないドギー。
「クラスト、狩人を呼ぶにあたってこちらから一つ提案がある。」
「提案?」
クラストの疑問に、ダルタスが頷いて言葉を続ける。
「ああ、島外の狩人のみでの行動を許可しない。と言う事だ。」
「なるほど、それなら乱獲にも目を光らせることが出来るな。」
ダルタスの提案を聞いて、クラストが頷いて答える。
「分かった。その条件を付けよう。俺も、この町が好きだからな。」
「話が早くて良かったよ。」
「その代わり、しっかりとリストの作成を頼むぞ。」
ダルタスは、クラストに頷いた。
「話はまとまりましたか?」
カウンター越しから、マスターの声が聞こえる。
「そのようよ。」
リズが笑顔で答える。
「それはよかった。こちらも、試作品が完成したところです。」
「試作品?」
クラストがマスターに聞き返す。
「そうだった。これのためにお前を探そうとしてたんだった。」
クラストは、ここに来た時にダルタスに言われた事を思い出す。
「何か用だったんだ?」
「お前にも、ご馳走しないとな。」
マスターがカウンターを出て、皆の所に料理を運ぶ。
「から揚げにしてみました。」
から揚げを前にして、クラスト以外が驚嘆の声を上げる。
「あれが、これに変わるか。すごいな。」
ドギーが感想を口にする。驚嘆の声を上げた者は全員同じ感想だった。
「他にも作っていますが、取りあえずはこれからと言うところですね。」
「えっと、これは何だ?」
マスターに疑問を投げかけるクラスト。
「まあ、まずは食べてもらいましょう。」
クラストにから揚げを進めるマスター。クラストはピックの刺さったから揚げを取り、口に運ぶ。
「ん?鳥か?それにしては食感が違うな。」
それを見た全員が、クラストを見てにやける。
「な、なんだよ。みんな揃ってそんな顔して。」
「美味いか?」
「あぁ、美味い。これは一体何なんだ?」
クラストの言葉を合図に、マスター以外の全員がから揚げに手を伸ばす。
「あれがこうなってるからな。本当に料理人と言うのは魔法使いだな。」
ドギーがマスターに賛辞を贈るが、それよりもクラストはこれの正体が知りたいようだ。
「いや、だから何なんだよ。これ。」
「教えても構いませんか?」
マスターが了解を取る。その言葉に、ダルタスが頷いた。
「これは、ダルタスさん達が狩った巨大生物の肉です。」
「巨大生物・・・。」
一瞬言葉に詰まるクラストだが、先ほどの味を思い出して問題ないと考える。
「巨大生物って、何だったんだ?」
「蛇です。」
マスターが肉の正体を告げると、クラストの表情が変わる。
「蛇?!これが蛇なのか?!」
島外組なだけあり、蛇の名前を聞いてすぐに理解するクラスト。皿の上のから揚げを指さして興奮気味に声を上げる。
「クラストも知っていたのか。」
「あ、あぁ。見た事はあるが、食べたのは初めてだ。」
「材料はまだまだありますから、どんどん食べてくださいね。」
「マスター、お酒はないの?」
リズのリクエストを聞いて、周囲の人たちがざわめく。
「えっと、皆さんいいんですか?」
マスターが周囲に確認を取る。
「まぁ、今日はもう調査にはいかないからな。ただ、こいつの後の世話がどうなるかが問題か。」
ダルタスの言葉に、リズが睨みを利かせる。
「ま、まぁ何とかなるだろ。」
その目に射抜かれたダルタスは、狼狽えながら酒を飲むことを了承する。
「そう来なくっちゃね。じゃあ、お酒よろしく!」
「お酒は別料金ですよ。」
「大丈夫、必要経費だから。クラスト、よろしくね!」
「何?!」
不意に呼ばれたクラストが驚いた声を上げる。
「何だ、クラストが払ってくれるのか。なら俺たちもよろしく。」
「ちょ、ちょっと待て。どういうことだ?!」
話がとんでもない方向に向かっていると感じたクラストは、急いでその流れを止めようとするが。
「今回の件では、すべての権限はお前にあるんだろ。だから、こちらが請求する必要経費もお前が支払う責任がある。」
「あれが必要経費か?」
マスターの側に積んである酒樽を指さしてクラストが問いただす。
「あぁ、これからの仕事の質を決める重要な経費だな。」
「・・・わかったよ。好きなだけ飲みやがれ。」
結局、狩人からの協力を得られなくなると困るクラストが折れる形で決着する。
「マスター、そういう訳だ。」
「分かりました。では、準備しておきましょうね。」
そう言って、マスターが酒樽を取り出し、グラスに注ぎ始める。その場にいた人数分のグラスがカウンターに並ぶと、各々がそのグラスをとり、酒とから揚げを楽しんだ。
「マスター、まだあるんでしょ?」
「ええ、まだ料理はありますよ。しばらくはお酒とから揚げで楽しんでください。」
「早めに頼むぞ。リズに酒飲ませると料理がいくらあっても足りなくなるからな。」
ダルタスがマスターにそれとなく料理を急ぐように申し入れる。それを聞いて、マスターが笑顔で答える。
「了解しました。お酒をじっくり飲んでもらうために、とっておきをお出ししましょう。」
「あー、マスター。何もそんなにいい物じゃなくてもいいぞ。」
今度は直接的にマスターにくぎを刺そうとするが、マスターは真面目な顔でクラストを見つめる。
「クラストさん、何を言ってるんですか?この肉に合う酒を探すためでもありますから。」
もはや、料理の探求という冒険を始めてしまったマスターを止めることはできないと、クラストは諦める。
その後、どんどん蛇料理を持ってくるマスターと、気が付けばグラスが空になっている蟒蛇の狩人達。蛇の大群を前にクラストはため息をついていた。
「全く、お前らの胃袋ってのは底なしなのか?」
「そんな事ないさ、美味い料理があれば酒も進む。当然の事だろう。」
「まあ、確かに料理は美味いけどな。」
蛇の生姜焼きを口に運びながら、料理の感想を述べるクラスト。
いつの間にか、店の中には他の客もマスターの料理を食べている。
「マスター、これ新メニュー?」
「何の肉だ?食べた事の無い食感だな。」
「これ、もしかして解体場に置いてある何かの肉か?」
料理を食べた人たちの感想が続々とマスターに寄せられる。その質問に一つ一つ答えていくマスター。
そして、一通り答え終わった後、狩人達の側に寄る。
「皆さん、この食材は大当たりです。良ければ、あの肉を買い取りたいのですが。」
マスターが狩人達に申し出る。しかし、狩人三人は顔を見合わせる。
「そう言えば、今回のこれは誰の取り分になるんだ?」
三人が顔を見合わせる。こういった狩りでは、狩りに協力した人全員が均等に受け取るのが慣習であるが、それは普通の獲物の場合だ。
「ダルタス、今回は俺達の他に冒険者もいる。どう分けるかなんだが。」
「冒険者が、肉を貰ってもどうしようもないわよね。」
その言葉を聞いていたフィクラスとリャオが頷く。
「では、私とリャオさんの取り分をここに売却と言う事でどうでしょうか?」
狩人の三人は頷いて了承する。
「分かりました。では、これは私の酒場で仕入れたと言う事で代金をお支払いしますね。」
「さすがに、ギルドからは出さないのか。」
ダルタスが笑いながらマスターに話す。
「ギルドからの依頼ではないですからね。」
その質問に、マスターがそう答えて笑顔を返した。
「所で、あの量の肉、俺達三人でも相当量になるぞ。」
「そうなのよね、乾燥したら少し小さくならないかしら。」
「後は、燻製にでもして保存食にするしかないからな。」
狩人三人は頭を悩ませる。そして、おもむろにマスターの方を見る。
その視線に気付いたマスターは笑顔で話しかける。
「どうされました?」
「俺たちの肉を、どうしたものかって言う相談なんだが。」
腕を組みながら、マスターがダルタスの相談事を考える。
「そうですねぇ。ここの保存庫にも限界はあります。ですが、どうしてもと言うのであれば、買い取りましょうか。」
マスターの答えに、ダルタスが苦笑いしながら答えた。
「足元を見ない価格で頼む。」
「では、皆さんがこの肉料理を注文した時に割り引くと言うのはどうですか?」
もう一つの提案をしてくるマスターに、ドギーが食いつく。
「なるほど、それでもいいな。」
「肉キープね。」
リズの言葉を聞いて、クラストとダルタスが思わず吹き出す。
「ボトルキープと言うのは聞いたことがあるが、肉キープなんてのはよく思いついたな。」
「ここでも、やっていますからね。ほら。」
カウンター奥の棚に、数本の酒瓶が並んでいる。それにはネームプレートが張り付けられていた。
「まあ、酒場はここにしかないからな。」
ドギーが酒瓶の一つを指さす。そこには、ドギーの名前が入ったネームプレートがある。
「ドギーさんのお酒は、なかなか手に入りませんからね。クラストさんならご存知でしょう?」
マスターがクラストに話しかける。クラストはそれに頷いて答える。
「期間限定、数量限定、超が付くほどの人気商品だからな。商人ギルドのネットワークをもってしても、仕入れるのは難しい。」
腕を組みながらクラストが説明する。
「まあ、それだけの価値があると言ったところだな。」
にやりと笑うクラスト。
「あぁ、感謝してるよ。」
ドギーがクラストに礼を言う。
「さて、肉の処理も決まったことだし。そろそろ今日は終わりにしないか?」
粗方料理も平らげたのを見たダルタスが、その場にいる全員に確認を取るが。
「えー、まだまだ飲み足りないわよ。」
顔が赤くなってるリズが駄々をこねる。
「つっても、あんまり飲みすぎるとクラストの顔が青くなっちまうからな。」
「そうねぇ。次の食材が手に入ったら、またこうしてくれるだろうし。いいわ。今日はこの一杯で最後にしてあげる。」
そう言って、リズはカップに入った酒を一気に飲み干す。
「ダルタス、次はいつ頃出かけるの?」
「ん?とりあえず傷が癒えてからだから、3日後ぐらいか。」
「その時には、私を呼びなさいよ。」
「俺も一緒に行こう。」
リズとドギーがダルタスに協力を申し出る。
「では、新しい食材が手に入ったら、こちらで買い取りましょう。」
「あぁ、皆頼むよ。」
ダルタスが笑顔で答えた。
「そうだ、フィクラスとリャオ、少し聞きたいことがあったんだ。」
「はい、何でしょうか?」
「誰か、知り合いでドラゴンとか、巨大生物に詳しい人は居ないか?」
「ドラゴンですか・・・。」
二人が首をかしげる。
「ああ、最終的には、行かなきゃならない所だろうしな。」
「ドラゴンの住み着いた山ですか。」
フィクラスの問いかけに、ダルタスが頷く。
「まあ、居なければいないでいいんだ。ギルドに依頼を出しておくことにするよ。」
「でも、何を依頼するんですか?」
「生態調査・・・いや、交渉人か。こっちとしても、ドラゴンなんか敵に回したくはないからな。」
「ドラゴンと交渉出来る冒険者・・・すみません、私は知りません。」
「私はそんな人が居るって噂を聞いた覚えがあるなぁ。でも、噂だから。」
フィクラスとリャオは申し訳なさそうに答える。
「いや、いいんだ。気をつかわせてしまって済まなかったな。」
「その代わりと言っては何ですが、私で良ければしばらくお手伝いしますよ。」
「学者さんが手伝ってくれるのか。それはありがたい。」
「私は・・・うん、必要だったら呼んでくれれば。もうしばらくこの島に居る予定ですから。」
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」
それから、他愛のない話を少しして、今日はお開きとなった。
次の日、解体場で乾燥させていた肉を人数分に振り分ける狩人達とマスター。
冒険者の二人は、昨日のうちにマスターから代金を貰っているため、この場にはいない。
「これで全部ですね。」
台車を持って来ていたマスターは、その上に肉を乗せながら尋ねる。
「ああ、そうなるな。」
「そう言えば、皮は乾燥したかな?」
そう言いながら、ダルタスは解体場の中に吊るしておいた皮を見に行く。
「おぉ、しっかり乾いてるな。」
ダルタスはその皮を手に取り、感触を確かめる。しっかりと乾いていて、縮んでいるためか、剥いだ時より少し厚く、頑丈になっている。
伸縮性もありそうで、色々な用途に使えそうだ。
「後は、もう一方の素材だが。」
吊るしている皮を持ち、解体場から出るダルタス。そのまま、マスターに尋ねる。
「マスター、昨日の肉の骨、どうだった?」
「骨、ですか?」
マスターはダルタスの問いかけに、顎に手を当てて思い出す。
「結構硬かったですね。それでも、骨は骨。加工しやすいと思いますよ。」
マスターは、調理中に骨を触った感想をダルタスに伝える。
「そうか。ありがとう。」
礼を言うダルタス。マスターはダルタスに手を振り、どういたしましてという事を示した。
そして、ダルタスは表に居たドギーに蛇の皮を見せる。
「ドギー、良い素材になりそうだぞ。」
「これがあいつの皮か。」
ドギーがダルタスの手にしていた皮素材を手に取る。
「なるほど、あれがこうなったか。」
伸ばしてみたり、軽くひっかいてみたりしているドギー。
「耐久は申し分なさそうだな。これをどう使うかは、職人に任せよう。」
ドギーの案に乗るダルタス。
「マスター、肉を取り除いた後の骨は貰えるか?」
「骨ですか。出汁に使おうと思ったのですが。」
「全部は使わないだろ?」
ドギーの言葉を受けて、マスターが台車いっぱいに乗せた肉を見る。それについている骨の量も相当なものになるだろう。
「そうですね。」
マスターが頷いて答える。
「余った分は、職人の所へ持っていきますよ。」
「ああ、こちらからも言っておくよ。」
「で、早速だが、昨日の骨を貰いたいんだが。余ってるか?」
ドギーがマスターに問いかける。
「ええ、まだ余ってますよ。後でお渡ししましょう。」
「そうか、ありがとう。」
「ところで、マスターはこの大量の肉をどう使うの?」
リズが台車に積まれた肉を指さして尋ねる。
「使い道は沢山ありますから。保管場所も作ってきましたし。」
「作った?」
「ええ、余った材料をまとめたり、作り置きできるものにしたり。」
台車を見ながら指折り数えるマスター。
「でも、これは全部入りそうにありませんから、戻ったら一部を燻製にしようかと思います。」
「燻製と言う事は、保存食か。」
「そうなりますね。」
「燻製、楽しみね。味見ならいつでも呼んでよ。」
リズが嬉しそうに話す。
「格安でお譲りしますよ。」
商売っ気を出すマスターに、苦笑いするリズ。
「仕方ないわね。」
「それでは、また店でお待ちしております。」
マスターは一礼して、台車を押しながら酒場へ戻っていった。
「さて、二人はどうする?」
ドギーはリズとダルタスに問いかける。
「私はやる事があるから、これで帰るわ。」
そう言って、一足先に二人と別れるリズ。その足はマスターの後を追っていた。
「さて、俺は、安静にしておかないとな。」
ダルタスがまだ少し痛む傷を抑えながら、答える。
「そうか。」
「ドギーは?」
「この素材を見せに行くよ。」
ドギーは、手にした皮をダルタスに見せる。
「何が出来るんだろうな。」
「鎧・・・は、無理だろうな。流石に量が足りない。」
元々はかなりの量あった皮も、乾燥して縮んでしまえば半分以下になる。それでも相当の量ではある。
「まあ、何が出来るか楽しみではあるな。」
「そうだな。」
「じゃあ、また後でな。」
そう言って、ダルタスは自宅に戻り、ドギーは職人に素材を見せに向かう。
それぞれの用事が終わった後は、全員がマスターの酒場に集まっていた。
目当ては言わずもがな、マスターの新作料理だ。
酒場の前でダルタスを見つけたドギーがダルタスに声をかける。
「お前も来たか。」
「ああ、今朝の肉がどう変身したかが気になからな。後は、結果報告もある。」
そう言いながら、酒場に入った二人。それらをマスターが迎え入れる。
「待っていましたよ。」
マスターも、それを見越していたようで、来た時には三人分の料理が用意されていた。
「俺たちの動きが読まれてるようで、なんか不気味だな。」
「今朝、あれだけの食材をいただきましたから。」
ダルタスの言葉に、マスターが笑っている。
「味見には来るよな。先客はいるみたいだが。」
ダルタスの目線の先に、もうすでにいくつかの皿を空にしているリズの姿がある。
「全く、お前さんは相変わらずだな。」
「あら、遅かったわね。先に始めてるわよ。」
リズはコップを掲げながら二人を呼び込む。
「よく食べるな。」
「私たちは体が資本でしょ。」
リズが自分の腕をぽんと叩く。
「まあ、そうなんだが。今日はパトロン無しだぞ。」
ダルタスの言葉に、不敵な笑みを返すリズ。
「大丈夫、今日は料理がサービス品だから。」
「マスター、あんなこと言ってるぞ。」
ダルタスが笑いながらマスターに話しかける。
「約束ですから、仕方ありませんね。」
マスターはそう言って苦笑する。
「二人とも、こっち来て食べなさいよ。」
マスターと話している二人に、リズがこっちに来るよう声をかける。
「あぁ、分かった。」
「あ、二人とも、これをどうぞ。」
マスターが二人に酒の入ったコップを手渡す。
「悪いな。」
「お題は後で請求ですから。」
「分かってる、俺たちはあいつ程厚かましくないさ。」
「では、また後で料理を持っていきます。ごゆっくり。」
そう言って、マスターが他の料理を作るために調理場に入っていった。
そして、二人はリズの座っているテーブルに腰かける。
「マスターの新作、どうだった?」
「元があれとは思わないぐらいの見た目と味ね。」
「気にいったみたいだな。」
リズが首を縦に振る。
「これが、マスターの料理代だけでいいなんて、最高ね。」
「でも、あまり食べてると、いずれ無くなるぞ。」
「あれだけあったんだから、そう簡単には・・・。」
「皆さん、今日の肉はこれで最後です。」
突然のマスターの言葉に、リズが思わず立ち上がる。
「嘘?!あんなに材料あるでしょ?!」
「ええ、他のお客様の分もありますし。昨日の試作品の話を町の皆さんが聞きつけたようで、予約をいただいてるんですよ。」
「予約?!そんな制度あったの?」
リズの知らなかった酒場の制度を聞いて、驚きの声を上げる。
「あったんですよ。ですから、今日の一般分はこれが最後になります。」
「そうなんだ。じゃあ、次からは予約すればいいのね。」
「そう言う事になりますね。」
「それなら仕方ないわね。じゃあ、これを味わいますかね。」
皿の上に乗った蛇肉の甘辛揚げに手を付けるリズ。
「ところで、俺達のは?」
リズの目の前に皿が並んでいるが、その殆どが空になっている。
「ごちそうさまでした。」
にこやかに挨拶をするリズ。
「一人で食い切ったのか。」
ダルタスは呆気にとられる。
「予想は出来ていた。驚きはしないが、呆れるな。」
「二人とも、褒めないでよ。」
「褒めてない。俺達にも食わせろ。」
そう言って、リズの前にある甘辛揚げの皿を取り上げるドギー。
「あぁ・・・。」
悲しそうな表情で料理を見つめるリズ。それを横目に、ダルタスとドギーはから揚げを口に運び、酒を飲む。
「これだけうまいなら、まだ狩りに行くのもいいな。」
「そうだな、居ればの話だが。」
ダルタスが肉の味を噛みしめながら答える。
「狩りに行くなら、私も誘いなさいよ。」
二人を指さして釘をさすリズ。
「ちゃんと誘うから、安心しろ。」
あしらい方がわかっている二人は、軽く受け流しながら食事をつづけた。
「そうだ、こいつの話をしておかないとと思ってな。」
ドギーが小さな木箱を取り出して二人の前に置く。
「それは、昨日の素材か?」
「ああ、試作品と言うか、とりあえず作ってみたそうだ。」
ダルタスが木箱を開ける。その中には、刃渡り10cmほどの大きさの白いナイフが入っていた。
「これは・・・。」
「昨日の皮と骨のほんの一部で試しに作ってもらった。」
刀身が真白の刃は、蛇皮に巻かれた木製の柄につけられている。
「脆そうな気がするが、そこのところはどうなんだ?」
「試してみるといいだろ。」
そう言って、ドギーはマスターに向かって手を挙げる。
「マスター!厚切りのベア肉あるか?」
「ベア肉ですか。ええ、ありますよ。」
「3人前頼む。」
ドギーが三本指を立てて、マスターに注文する。
「分かりました。」
マスターが食糧庫に向かい、ベア肉の塊を取って来る。
「あー、マスター。その肉なんだが。これで切ってみてくれないか?」
「これは、随分と可愛いナイフですね。」
「切れ味を知りたい。」
「なるほど、分かりました。」
今朝の話を知っているマスターは、快く了承し、そのナイフで肉をさばく。
「これは、何でしょうか。切りやすいのですが、違和感を感じますね。」
「違和感?」
肉をさばきながら、マスターが感想を述べる。
「切ると言うより、削ぐと言った感じでしょうか。金属の包丁とは違った切れ味です。」
「職人もそう言ってたよ。このナイフ、表面がザラザラでな。削りだしても金属の刃物のようには切れないらしい。」
「それじゃあ、武器としてはちょっと・・・いや、これはもしかして。」
リズがその話を聞いて、何かを思いついたようだ。
「それって、天然のすべり止めが付いてるって事よね?」
「そう言う事だ。」
「使い道は十分にありそうね。」
ドギーの答えに、リズがにやりと笑う。
「強度はどうなんだ?」
「刃こぼれはしやすいそうだが。普段使いは問題ないそうだ。」
「なるほどな。」
ダルタスの質問に答えるドギー。
「それよりも、そっちの柄の方が重要らしい。」
ドギーがマスターの持つ柄を指さして話す。
「これですか。確かに、握りやすいですね。」
そう言われたマスターが、木製の柄を見る。そこには、蛇の皮が巻き付けられていた。
「表面がザラザラになっているから、滑りにくいそうだ。」
「なるほどな。強度はどうなんだ?」
マスターの手にしているナイフを貸してもらっているダルタス。その柄に巻かれた皮の手触りを確かめる。
「厚くなってるからそれなりの強度はあるが、これだけだと期待は出来ないな。」
「そうか。何かに組み合わせればいいと言う事だな。」
ナイフをマスターに返すダルタス。マスターは再びそのナイフで肉を切り分ける。
「そうだな。後は、特産品として土産物にするのが一番かもしれないな。」
見た事の無い素材で、優秀な武具になると期待していたドギーだったが、結果は芳しくなかったようだ。
「まあ、それでも十分役に立つ。上等だよ。」
内心は少しがっかりしているドギーだが、島の名産が増えると考えるとマイナスは一つもない。そう考えていた。
「さて、そろそろ明日以降の話をしておこうか。」
ダルタスがおもむろに話し始める。
「明後日、予定通り、麓の森に行こうと思う。」
「森か・・・。」
「正直、何が居るかは全く分からない。湖にあんなのが居たからな。」
皿を見ながら話を続けるダルタス。
「生態系調査か?」
「それもあるが、もう一つ気になる事があってな。」
「気になる事?」
意味深な言葉を放つダルタスに、リズが問いかける。
「氷の魔法石を探しておこうと思ってな。」
「あぁ・・・確かに、最近は見なくなってしまったな。」
「必需品だからな。森に心当たりがあるから、そこから行こうと思う。」
ダルタスが腕を組みながら二人に話す。
「そこで、あの二人にも協力してもらおうと思ってな。」
周囲を見渡すダルタス。昨日の冒険者の二人の姿は見えなかった。
「何をしてもらうつもりなの?」
「その場所の調査を頼みたいんだ。」
「よっぽど不思議な場所なのね。」
リズの言葉に、ダルタスが頷く。
「そういう訳だ。明後日は食材探しと言うよりも、魔法石探しになると思う。」
「なるほどね。」
「戦う事は無いとは思うが、手伝ってもらえるか?」
「そう言って、蛇の時は油断していたんだよな。」
「だから、今回は二人に頼んでいるという訳だ。」
苦笑いをしながら、ダルタスが二人に協力を依頼する。
「ああ、手伝うよ。」
「私も、手伝うわ。」
二人の答えが一致する。
「ありがとう、感謝する。」
「報酬はここの奢りでいいわよ。」
「蛇肉なら奢るよ。」
そう言って、笑うダルタス。その答えを聞いて、仕方ないと言う表情をするリズ。
「皆さん、お待たせしました。」
マスターが先ほど注文した料理を持ってくる。
「グラキベアのステーキです。」
「待ってました!」
リズが運ばれて来た料理を見て、目を輝かせる。
「そうだ、ドギーさん。」
「何だ?」
「あのナイフですが、この酒場に何本か置きたいのですが。」
「え?」
「このナイフで、このステーキを切ってみてください。理由がわかります。」
「どれどれ。」
リズがマスターからナイフを受け取り、肉を切ってみる。
「あれ・・・切りやすい。」
「ザラザラしてるので、切りやすいんですよ。」
「へぇ・・・。適材適所か。」
「そう言う事なので、よろしくお願いしますね。」
「分かった、伝えておくよ。」
ドギーが頷いてマスターの依頼を受ける。
「それじゃあ、これを食べて今日は帰るとするか。」
そう言って、ダルタスは目の前の肉を白いナイフで切り分けた。