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見えない心


「つれづれなるままに、日くらし、すずりにむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば……」



私の担当教科は国語だ。



一口に国語と言っても高校の場合、国語総合・古典・現代文と細かく分かれていてそれぞれ単位数も多い。

私が大学で専門に学んだのは古文で、今授業で教えている随筆『徒然草』はとても好きな作品の一つだ。



「これを現代語に訳すと、むらむらと発情したままで一日中、硯とにらめっこをしながら、心の中を通り過ぎてゆくどうしようもないことをだらだらと書きつけているうちに、なんとなく変な気分になってしまった。となります。」



午後の授業は眠そうにしている生徒が多い。

朝から連続で授業を受け、お昼を食べてお腹いっぱいになり、温かい日差しの中で夢うつつになるのは致し方のないことなのかも知れない……



「真木先生、なんかその訳ってエロくなーい?」



クラスに何人かはいるヤンチャな男子生徒。

若い女の先生だとわざとからかうような質問をしてきたりする。


「そうよ。古文だからって全部が硬っ苦しい真面目な文章だとでも思ってた?結構ヤラしい話だったりするんだから。」


みんなへーっとなって興味津々だ。

さすが思春期…この手の話になると食いついてくる。



「じゃあ、せっかくだし君には徒然草第九段を読んでもらおうかな。女の子の髪の毛に興奮する男の子のお話。」

「えーっ!そんなの変態じゃんっ!」


みんなからドッと笑い声が起こった。

教師も半年ともなると授業の進め方にも慣れてきた。

どの生徒も、みんな優しくて可愛いところがあるんだよね。

そう思えるようになれたのも、指導係でもある相澤先生のおかげかもしれない。


でも相澤先生って、善し悪しなんだよな……




新米教師一年目は覚えることが多い。



学校全体を知るために、行事の担当や部活動などの授業以外のさまざまな仕事もしなければならない。

いろんな経験を積んで欲しいのはわかるが、面倒な仕事を押し付けられているだけのような気もする。

特に相澤先生って副担任使いが荒いから……


来月にある文化祭、きっとこれでもかってくらいこき使われるんだろうな……




「……き先生、真木先生っ。」



気付けば教卓の前に座る女子生徒に体を揺すられていた。

あれ……?

今、私………



「真木先生、授業中に教師が居眠りはないんじゃないの?」

「俺の音読。そんなに気持ち良かった?」




し、しまったあ───────!!




「ち、違うの。これにはわけが……」



……だって、今日は女の子の日なんだもん。

私は生理になると毎回睡魔に襲われるのだ。

でもそんなこと、男子もいるのに言えるわけがない。

気が緩んでいたことも否めないし……



「相澤先生にチクってやろ〜。」

「ちょ、それだけは止めて!!」


「確か相澤先生って今は隣の組で授業中だったよなー。」

「ダメダメダメっ!寝てたことは謝るからっ!」



相澤先生は仕事に関してはとても厳しい。

こんなことが知られたらどうなることか……


私が止めるのも聞かず、ヤンチャな男子生徒の何人かが席を立ち、教室の後ろのドアを開けて相澤先生を呼ぼうとした。

私は慌ててその間に割って入り、入口を通せんぼした。

女子生徒からはやめてあげなよーっと援護が飛ぶ。



「お願いだから内緒にしといてっ。相澤先生の説教ってしつこくてネチっこくて口が悪いからほんとサイアクなのっ!」



あれ…なんでみんな急に席について真っ直ぐに黒板を見てんの?





「……なんか隣のクラスが騒がしいと思って来てみれば。」




頭上から声がした……

……あい…ざわ、先生………



「なあマキマキ…なに大声で俺の悪口言ってくれちゃってんの?」

「こ…これはっ、その……」



鬼顔の身の毛もよだつ相澤先生が立っていた。

なんの言い訳も思い付かない……


結局、居眠りしたこともバレた。








「反省しろっバカがっ!」


相澤先生に水の入ったバケツを持って廊下に立たされた。

こんな昭和感漂う反省のさせ方って酷くない?













ヤバいぞ……このままじゃ放課後の職員会議も寝てしまいそうだ。



睦美むつみ先生〜また寝かせて下さ〜い。」

「あら真木先生、いらっしゃい。」



六限目、受け持ち授業のなかった私は保健室へと駆け込んだ。


生理中は女性ホルモンの一種であるプロゲステロンが分泌される。

さらにそれを分解してできるアロプロゲステロンは、睡眠薬であるベンゾジアゼピン系の薬剤と同じくらいの催眠効果があるらしい。


つまり、生理時の眠気は睡眠薬を飲まされたかのように強烈なのだ。

私は人よりこのプロゲステロンが出やすい体質らしい。



「聞いたわよ〜相澤先生に廊下に立たされたんだって?」



睦美先生が光沢のあるぽってりした唇から白い歯をのぞかせながら笑った。

保健医の睦美先生は私と同じで今年この学校に赴任してきた。

生徒からはムッチーと呼ばれて親しまれている。

睦美だからムッチーてのもあるんだろうけど……

シャツの隙間から今日も谷間がみっちり見えている。

短めのスカートから組んだ足が、これでもかってくらい艶かしい……

睦美先生…ムッチムチのナイスバディなんだよね。

女の私でも目のやり場に困る時がある。羨ましい……



「はい、これ飲んでみて。」


睦美先生がチェストツリーというハーブティーを入れてくれた。

女性ホルモンのバランスを整える効果があるらしい。


「すぐ効くものではないんだけどね。全部あげるから家でも続けて飲んでみて。」


可愛い缶の入れ物に入ったハーブティーをプレゼントしてくれた。

睦美先生には生理時のこのどうにもならない眠気を散々愚痴っていた。

私のためにわざわざ買ってきてくれたんだ……

優しい…どっかの誰かさんとは大違いだ。




「ちなみに、それ相澤先生からだから。」




─────ぶはっ!!

口に含んだハーブティーを盛大に吹かしてしまった。



「言うなっていわれてんだけどしゃべっちゃった〜うふ。」



なんでこれを相澤先生が?!

生理中は眠くなるだなんて話したこと一度もないよ?

そもそも今日から生理ですっなんて報告したこともない……


「それだけ大事に思ってくれてるのよ。さっき会った時もゆっくり寝かしてやってくれって頼まれたし。あっ、これも言っちゃダメなやつよね〜うふふ。」




相澤先生って……


見てないようでちゃんと見てるんだよね。

それって…生徒に対してだけかと思っていた。




「私、今日は用事があるからこれで帰るけど、それ飲んだらちゃんと寝とくのよ。バイバーい。」




チェストツリーか……




独特な苦みと辛味がするけど……

凄く、温かい味がする──────












一眠りしようとベッドに行くと、そこには先客がいた。

他にも人がいるならいるって教えといてよ睦美先生…ビックリして声が出そうになったじゃん。

急いでカーテンを閉めようとしたのだけれど、スヤスヤと眠る無防備な寝顔に、思わず手が止まった。



この子…玉置たまき 照人てると君だよね……



私が副担任を受け持つクラスの生徒だ。

常に無表情でスンとすましているイメージだったけれど、寝顔はやっぱり高校生って感じで幼いんだな……


玉置君は授業をサボりまくりなのだが成績はいつもぶっちぎりの学年トップだ。

聞くところによると単位を落とさない程度に計算してサボっているらしい。

そんな計算をするほうが逆に面倒くさそうなんだけど…天才の考えることはよくわからん。

そう言えばさっきの私の授業にもいなかったな……

これは起こして注意するべきなのだろうか。

まあ教室にいても机でずっと寝てるだけなんだけど……


相澤先生でも手を焼いているほどの生徒だ。

私が言ったところで聞くわけがない。



にしても……

くせのある柔らかそうな猫っ毛に色白の綺麗な顔立ち……

美少年て言葉がピッタリの子なんだよね。

その近寄り難いところがミステリアスだと女子にはウケている。

結局見た目が良いとなんでも許されるのよね。

まあ、確かに。惚れ惚れするくらいの顔立ちはしている……


バッチリと目を開けた玉置君と至近距離で目が合ってしまった。

やばいっ…まさか起きるとはっ……!



「いや、違うのよこれは…可愛い寝顔だなって思ってこっそり見とれていたと言うか……」



いやいやいやいや、なに言ってんだ私っ。

言い訳どころかこれじゃあただの怪しい変態だ。

玉置君は相変わらずの無表情でなにを考えてるのかがわからない。

冷たいというか…ビー玉のような感情のない目……

一人で慌てている私のことなんか気にする様子もなく、玉置君は静かにベッドから立ち上がった。


「教室に戻るの?」


声をかけるとまたビー玉のような目で私を見つめた。



「もう帰宅するので相澤先生に伝えといて下さい。」

「それじゃあ玉置君が寝てたベッド、私が使ってもいいかな?」


「……いいですけど。気持ち悪くないんですか?」

「なんで?人肌の温もりって気持ち良いでしょ?」



はっ……これも変態っぽい?

頭のおかしな奴だと思われてやしないだろうか……

変な汗が吹き出てきた。




「真木先生って感情がもろに顔に出ますね。」

「えっ……そう?」




玉置君がジロジロと私のことを観察するように見てきた。

なに……?綺麗な顔でそんなに見られたら照れるんですけど……



「わかりやす。」



一言そう言い残して保健室から出ていった。




なんか……


すっごく馬鹿にされたような気がする……























「彼女も意地張ってるだけだから、そこは柿ピーから謝れ。はあ?殴られそうで怖いって…おまえなあ……」



相澤先生のスマホには今日も生徒から電話がかかってくる。

どうやら柿ピーこと柿田君が彼女とケンカをして、泣きながらかけてきたっぽい。


柿ピーは学校では柔道部に所属しており、見た目もごつくてみんなから頼られる兄貴的存在だ。

女子校に通う年下の彼女がいて、俺にベタ惚れで参ってるんだ。などと周りには余裕をぶっこいている。

でも本当は一度彼女の方から振られて別れてしまい、未練タラタラだった柿ピーが土下座をしてようやくよりを戻してもらったのだ。


「……っとにあいつは……」


一時間ほど電話口で泣かれた相澤先生は、ため息混じりに電話を切った。

学校で硬派に振る舞う柿ピーを見る度に、私は笑いそうになってしまう。





「あれ?今日の晩メシ、豪華だし全部アテっぽくね?」

「……今日は家飲みをしようかと思いまして。」


相澤先生は私からカップ酒を受け取りながらニッと笑った。


「なんか良いことでもあったのか?」

「……なんにもないですよ。」


「なーんだ。彼氏でも出来たのかと思った。」


そんなこと微塵も思ってないくせに。

本当はハーブティーのお礼なんだけど、悔しいからありがとうなんて口が裂けても言ってやんない。



「それより相澤先生、あれっきり犯人からの嫌がらせとかは本当になにもないんですか?」

「うん、なーんも。村岡にももうメールは来てないみたいだし良かったよ。」


そうなんだ……

手が込んだやり方だったから次もあるのかと心配していたんだけど。

途中で計画がバレたからもう諦めたのかな……



「学校のやつらを疑いたくないし、この話はもうこれでお終い。お、これ美味いな。」


犯人がすぐそばにいるかも知れないのにアッサリしすぎじゃない?

そう思ったけれど……幸せそうにお酒を飲む相澤先生の顔を見ていたら、気にしても仕方がないかと思えてきた。


今日も酒が美味いっ。










「おい、マキマキ…そんなとこで寝んな。ベッド行け。」

「相澤先生があ、お姫様抱っこして連れてって下さ〜い。」


「だから飲みすぎだって止めただろ?」

「どうせ私はこんなだからモテませんよおっプンプン。」


「はいはい。相変わらずの酒乱だな。」



抱き起こそうとしてくれた相澤先生の首にギュッとしがみついた。

いつも私のことを平気で抱き枕代わりにするくせに、私の方からされると少し顔が赤くなるんだよね。

相澤先生も案外可愛いとこがあるのだ。



「マキマキくっつき過ぎだっ。運べねえだろ!」

「私って酒乱なんですかあ?だから付き合っても一緒にお酒飲んだら嫌われちゃうんですかあ?」


「……おまえって今まで何人と付き合ったの?」

「一人ですけどお、一ヶ月で振られちゃいましたあ!酒飲んだ翌日にいっ!」



私には記憶がうっすらとしかないのだが、人目もははばからず彼氏にベッタベタに甘えたらしい。

そんなの可愛いもんじゃんと思うでしょ?

それが…お姫様抱っこしろとか壁ドンしろとか店のど真ん中で愛を叫べだとか、かなりの無茶ぶりをしたらしいのだ……

あと、飲む量がハンパなかったことにもドン引きしたらしい。

好きなだけ飲んでいいよって言ったくせに、僕のママは全然飲まないのにってキレられた。

知らないよ…マザコンかよ……


「相澤先生の言う通りい、私には彼氏どころか好きになってくれる人もいませんよーだあっ!」


喚きまくる私を相澤先生はひょいと持ち上げ、ベッドに放り投げた。

受け身の取れなかった私は柵に思いっきり頭をぶつけた。




「ふざけんなよっこの酔っ払いが!」




痛くて頭のてっぺんがジンジンする……

明日起きたら絶対、文句、言って…や……る………



くか〜………







「ちゃんと、ここにいるだろっ……馬鹿が。」










─────その夜は………


私を抱き枕代わりにする相澤先生の腕がいつもより力強くて……



なんだか…寝苦しかった───────












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