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似た者同士

明るい日差しに目覚めると、隣で気持ちよさそうに眠る相澤先生がいた。

太陽の光がいつもより明るく感じるのは、ここがホテルの最上階にあるスウィートルームだからだろうか……

私を抱き枕代わりにする相澤先生を起こさないように、そっと立ち上がった。

家のベッドはシングルサイズだから物理的にもくっつかなきゃ寝れないんだけれど、この広いキングサイズのベッドでも私達はこじんまりと固まって寝てたんだな。

おかしくってクスクスと笑ってしまった。


11時がチェックアウトなのでそれまでに身支度を済ませようとバスルームに向かった。

鏡に写る首筋に、相澤先生から付けられたキスマークがあった。




私……とうとうしちゃったんだ…相澤先生と。





相澤先生、ベッドの中ではすっごく優しいんだもん。

ドキドキしっぱなしだったな……

「マキ。」とか、名前で呼んでくれちゃったりして。

私が初めてだったからゆっくり丁寧に時間をかけて解してくれて……


おかげで全然痛く──────………





………って、あれ………?



おかしいな。

肝心の部分の記憶がないぞ?




相澤先生がアレを装着していた直前までの記憶はあるのに、その真っ最中の行為の記憶がない。

私達……ちゃんとヤったんだっけ?








「してねーわ、どアホがっ!」




やっぱり………

起きてきた相澤先生に怒鳴られた。



「自分だけイクだけイって寝やがって。信じらんねえわっ。」


そ、そんな露骨な言い方……

いや、言いたくもなるか…その通りだもん。


「……ゴメンなさい…気持ち良すぎて……」


徹夜した寝不足と、雪の中で何時間も迷った電車での疲れもあったとはいえ、酷い女だよね……猛反省。



「とりあえず今からヤる。」



えっ、今から?

相澤先生がガバッと私に覆いかぶさってきた。


「相澤先生っ、チェックアウトは11時ですよねっ?」

「さあ、知らねー。」


相澤先生がチュッチュッと音を立てていろんな所にキスしてくる。


「ちょっ……あと30分もないじゃないですか!早く出る用意しないと!」

「10分で済ます。」


「無理ですよ!私初めてだし!!」

「知ってる?俺ってかなりスケベなの。本当は毎日でもヤリてえのにどんだけ我慢してきたと思ってんの?」


えぇええ?!なにその衝撃告白っ?

お願いだから離して下さいと言っているのに、せっかく着たワンピースのファスナーを下げられてしまった。

背中をなぞる相澤先生の唇の感触にゾクゾクしてしまう……



「相澤先生っ…ダメですっ…て……ぁんっ………」



気持ちとは裏腹に、相澤先生が指で触れた箇所に体が反応して声が出てしまった。



「マキマキの感じやすいとこわかってきたかな〜。」



からかうような相澤先生の笑顔に、一気に顔がカーっと赤くなった。

相澤先生の指がさらに奥へと進む……



「あとここに入れてグリグリした時も反応良かったんだよな。どう?」

「やっ……も…うっ!相澤先生のバカっ!!」





バチーンと乾いた音がスウィートルームに響いた。
























降り積もった雪は朝からの温かい陽射しでほとんどが溶けて日陰に少し残る程度になっていた。

昨日とは打って変わったポカポカ陽気の中、私達は家の近くにある公園の並木道を、縦に並んで歩いていた。

スタスタと歩く私の後ろに、相澤先生がくっついて歩く……


「いい加減に機嫌直せよ?冗談だって。」


いいやあれは冗談なんかじゃなかった。

私が止めなかったら絶対10分で済まそうとしてた!

っとに、デリカシーがないんだからっ!



「チェッ。またしばらくお預けか〜……」



私の後ろで相澤先生が残念そうに呟いた。

相澤先生…なんで家でしようとは考えないんだろう?

私が初めてだから特別な場所でってこだわってくれてるのかな?

そういう変なとこで優しいんだから……

私はクルッと振り向いて相澤先生の横に並び、腕に両手を絡ませた。

うぅ…モジモジしてしまう……



「マキマキ、どした?」

「……続きを家でしようとは思わないんですか?」


「そりゃしてえけど、そういうわけにはいかない。」

「私も相澤先生と…早く、したいのに……?」



最後らへんは声が小さくなってしまった。

女性側から誘うなんて有りなのかな……相澤先生の反応が怖くて顔が見れない。


「なに?よく聞こえなかった。」


……はいぃい?!

せっかく勇気を振り絞って言ったのにっ?こんな小っ恥ずかしいこと二度も言えない!

私を覗き込んでくる相澤先生の顔がすっごくニヤついていた。

これ…絶対聞こえてただろ……


「サイッテイ!相澤先生なんてもう知らないっ!」

「ごめんごめん。マキマキは本当に可愛いなあ。」


相澤先生は逃げようとした私を捕まえて頭にむっちゅ〜とキスをしてきた。

なにそれっ調子良い!そんなあやすみたいに可愛いとか言われても全然嬉しくないもんっ!

ケラケラと無邪気に笑う相澤先生を見ていたら、イライラしている自分が馬鹿らしくなってきた。

相澤先生って、嬉しそうに笑うと子供っぽい顔になるんだよね……

両頬にえくぼなんか出来ちゃったりして、相澤先生の方こそ可愛いんだからっ。




「そういえば相澤先生って昨日も一昨日もどこにいたんですか?」


「あー……病院。」



笑っていた相澤先生が急に真剣な顔付きになった。

もしかしてどこか悪いのだろうか……



「う〜ん…俺じゃなくて……親父。」

「相澤先生のお父さん病気なんですか?」



あれ?相澤先生のお父さんて……桐生会の組長だよね。

相澤先生って、ヤクザの家とは縁を切ったんじゃなかったの?!



相澤先生のお父さんは今私達の目の前にある総合病院に入院しているのだという。

関西在中なのに、なぜこんな離れた土地の病院に?

しかも相澤先生が住んでる目と鼻の先にって……


「俺もビビった。家を出てから10年間、なんの音沙汰もなかったんだからな……」


最近になって桐生会の組員が相澤先生の元を訪れ、オヤジさんに手術をするように説得してくれないかと頼まれたのだという。

詳しい病名はわからないのだが、手術をしなきゃ治らないのにずっと拒否をし続けているらしい……

相澤先生は会いたくないと言って一度は断った。

でも、今回ネットで騒がれて変な奴らに付け回され、病院なら身を隠すには最適だと思って尋ねたらしい……



「結局親父に会う決心はつかなくてさ。待合室のロビーにずっと座ってただけ。もう行くことはないかな。」



そう言って相澤先生は両手を上げて大きく伸びをした。

相澤先生が気持ちを誤魔化す時によくやる癖だ。

本当は会って話がしたかったんじゃないのだろうか……


並木道にあるベンチに目がいった。

あの日座っていたおじいさんの姿が不意に思い浮かんだ。

胸がザワザワと騒ぎ出す……



─────まさか………




「……相澤先生のお父さんて、ご高齢の方ですか?」

「うん?まあ48の時に俺が生まれたからな。」


「白髪でオールバック?杖って持ってます?」

「さあ。もう10年会ってないし、いつも着物きてたくらいしか……なんでそんなこと聞くんだ?」




笑った時のあのえくぼの出た顔が、相澤先生とソックリだった……

間違いない、あのおじいさんは──────



「私がここで会ったおじいさん…相澤先生のお父さんだったと思います。」


相澤先生も私が以前した話を思い出したのか、一瞬目をパッと見開いたあとに深いため息を付いた。




「あんのクソ親父……」




相澤先生のお父さんはお母さんが亡くなってからも家に帰ってくることは滅多になく、子供の世話は家政婦に全部任せっきりだったのだという。

たまに会っても相澤先生とは喧嘩ばかりしていて、昔から全然ソリが合わなかったらしい。


最後に相澤先生が出ていった日も大喧嘩をした。


あの事件があって退院したあと、相澤先生は全く見舞いに来なかった父親のいる組事務に乗り込んだ。

そして、自分が上手くいかないのはこの家のせいだと今までの不満を全部ぶちまけたのだ。

でも父親は、甘ったれたことを抜かすからそんな惨めな目に合うのだと冷たく言い放った……


しばらく言い合いになり、そんなに嫌なら出て行けと言われた時に相澤先生の中でブチンとなにかが切れた。

父親をぶん殴り、あんたの子供になんか産まれてくるんじゃなかったと捨て台詞を吐いて家を飛び出たのだ。


それからは父親の援助は一切受けず、堅気である母方の祖父母に養子縁組をしてもらいヤクザとの縁もキッパリと切った。

独学で勉強をして高卒認定試験に合格し、教育免許を取るために奨学金で大学に通ったのだという……



「あっちだって俺みたいな身勝手な息子はいらないだろうよ。」



……そうなのかな……

私はお父さんが入院している病院を見上げた。

そんな風にはとても思えない……



「あのっ相澤先生……」

「この話はもうお終い。早く帰って続きしようぜっ。」


相澤先生は私のことを置いて一人で歩き出した。




重い病気かも知れない。

死んでしまうかも知れない。

二度と会えないかも知れない。



そんなこと……


相澤先生だってわかってるはずなのに──────





私は走って相澤先生まで追いつくと、行く手を両手を広げてせき止めた。





「……マキマキ?」




私が首を突っ込んでいい話ではないとはわかっている。

余計なことはするなと嫌われるかも知れない。

でも……

相澤先生が本当に乗り越えなきゃいけなかったのはあの事件じゃなかったんだ。

今お父さんに会っておかないと……

相澤先生はいつまでたっても過去を思い出しては苦しむことになる───────




「私、お父さんに会った時に聞かれたんです。」




きっとお父さんも、この10年間ずっと苦しんでいたんだ……







「お嬢さんは今、幸せかい?って……」







それはきっと私ではなく……


出ていった息子が




幸せに暮らしているのかどうかを


知りたかったんだ─────………











「……………そうか。」





相澤先生は長い沈黙のあと、それだけ言って目を瞑った。

相澤先生は今なにを思っているのだろう……?

一度は病院には行って会おうかと悩んだんだ。

まだ許せない気持ちはあるのだろうけれど、会えばなにかが変わるかもしれない。


二人は会って話をしなければダメだ─────




「お父さんを説得して手術させるまでは、ヤラせてあげませんから!!」


「はぁああっ?!おまっ……」



なにを…言ってるんだ、私は……!

もっと相澤先生を動かすような心に響くセリフを言わなきゃいけないのにっ。

怒っているのか、困っているのか…微妙な表情をした相澤先生に鼻をつままれてしまった。


「このお節介が。」

「だ、だって……!」


どうしよう。私…一応国語の先生なのに、良い口説き文句がなんにも浮かばないっ!




「……仕方ねえなあ。会いに行ってやるか。」





病院の方へゆっくりと歩き出した相澤先生の服を、後ろから引っ張った。



「え、本当にいいの相澤先生?」

「おまえなあ…会わせたいのか会わせたくないのかどっちなんだよ? とんでもねえもん人質に取りやがって。」


……ですよね。今更ながら恥ずかしくなってきた。

相澤先生は、今度は赤くなった私の頬っぺたをプニっとつまんだ。




「背中押してくれたんだろ?ありがとな。」




おまえも来いと言うので、私も相澤先生の後ろから付いて行った。













相澤先生のお父さんが入院しているのは一人部屋でも特別室と呼ばれているもので、この病室数の多い総合病院で一番ランクの高い部屋だった。

ヤクザの組長さんだし、部屋の前にはガラの悪い組員がズラリと並んでいるのだろうなと思うと緊張してきた。

でも、意外にも廊下にいたのは普通のサラリーマンぽい人達ばかりだった。

良かったとホッとしたのに、こちらに気付くと全員の眼光が鋭く光ったので殺されるかと本気でビビった。

相澤先生が構わず近付いていくと、組員達は背筋をピシッと揃えて直角に頭を下げた。


「ボン、お久しぶり─────っす!!」


相澤先生…この人達からボンて呼ばれてるんだ……

大の男達が揃って頭を下げる光景は異様だった。

改めて相澤先生が組長の息子なのだと実感せずにはいられなかった。



「そんな大層な挨拶するのは止めろ。親父は?」





ここ……病院だよね?

通された部屋は昨日泊まったスウィートルームに引けを取らないくらいの豪華さだった。

奥の窓際に置かれたベッドには、こないだのおじいさんがたくさんの管に繋がれた状態で上半身を起こして座っていた。

目だけで相澤先生のことをチラリと確認した。



「乳臭い匂いがすると思ったら、ドラ息子か。」

「まだ生きてんのか。このくたばり損ないのクソじじいが。」



10年ぶりの再開なのに感動的な要素が微塵もない。

しょっぱなからなんなの?険悪さMAXじゃん……

お父さんを睨みつける相澤先生の袖を引っ張って軽く咳払いをした。

相澤先生、喧嘩売りに来たんじゃないんだからっ。




「手術嫌がってんだってな。なんの病気なんだ?」

「……“痔”だ。」



見るからに具合が悪そうなのに、痔……?

相澤先生の眉間に深いシワが入り、イラついているのが伝わってきた。



「嘘つくな。なんでそれで手術を嫌がんだ。」

「担当が綺麗な女医さんなんでのお。」


「良い歳して色気付いてんじゃねえ。手術しろ。」

「惚れた女にケツの穴見せんのは誰でも嫌だろ?」


「ふざけたこと言ってねえでさっさと手術しろっ!」

「赤の他人のおまえさんには関係ない。」



ブチンときたのか相澤先生はお父さんの胸ぐらを掴んだ。

びょ、病人なのに!!


「関係なくねえんだよ!てめえが手術しないとこいつが……!!」

「相澤先生っ!!」


おぉおいっ相澤先生!!

なにを発表ようとしてんの?!

相澤先生の口を抑えてなんとか止めたのに、お父さんの方から口にしてきた。



「ヤラせてもらえんのだろ?一緒に住んどるくせにまだとはなあ。尻に敷かれやがって、傑作だっ。」



お父さんは楽しそうにカーカッカッカッと高笑いをした。

なっ……なんでそれを知ってるの?



「……てめえ…まさか組員使って俺の事コソコソと嗅ぎ回らせてんのか?」

「誰がおまえなんか。自惚れんのも大概にしろ。」



お父さんは私の方を見て、両頬にえくぼを見せながらニッコリと笑った。


「そうだマキマキちゃん。これ食うか?」

「えっ…あの……」


思わず受け取ってしまったのだけれど、それは赤い箱に入った大きな豚まんだった。

私の名前…名乗ってもないのに親しげに呼んでくるし……

相澤先生のこめかみの血管がピクピクしている。



「関西にしか出店しとらん店のだ。コンビニのよりこっちの方が格段に上手いぞ?」



それって……昨日相澤先生がコンビニで豚まんを買ったことも知ってるってこと?

一体、どこまで把握しているんだろう……

全身がカアッと熱くなってきてしまった。



「こんのクソ親父!!」

「相澤先生っダメだって!!」



ぶち切れた相澤先生が殴りかかろうとしたので必死に止めた。

相澤先生は大きく舌打ちをするとベッドを蹴って病室から出て行こうとした。



「わ、私……」



せっかく会えたのに…こんな終わり方ってない!





「相澤先生のこと、幸せにしますからっ!!」






病室内がシーンと静まり返った。

あれだけ怒り狂っていた相澤先生も、呆気に取られた顔で立ち止まっている。

あれ…ちょっと待って。これって……



「逆プロポーズか。こりゃあ良い!」



お父さんの言う通りだ。

まるで結婚を申し込みにきた彼氏みたいになってしまった。

二人でこれからも幸せに暮らしていきますって伝えたかっただけなのに……!

お父さんがこりゃめでたいと言って拍手をすると、廊下にいた組員さんからもヒューヒュー言いながら冷やかしの言葉が乱れ飛び、続いて三三七拍子まで始まった。


「式は白無垢も着るのか?」

「そ、そんなんじゃないのでっ……!」


待って待って。止めて止めてこの茶化すみたいな雰囲気!

相澤先生が真っ赤になる私を背中で隠すように庇ってくれた。



「俺の女で遊ぶんじゃねえ……殺すぞ。」




相澤先生が一言いうと騒ぎはピタリと収まった。

更に険悪な雰囲気になってしまった。

二人が会えばなにかが変わるんじゃないかと思っていた数分前の自分を殴りたい……


相澤先生…お願いだから冷静に話をして……


祈るような気持ちで相澤先生の背中をギュッと握りしめた。

相澤先生の口から、小さなため息がもれる……





「……俺の生徒が…関東興業のヤクザから脅された時、コトが気味悪いくらいにスムーズに解決したんだけど、あんた裏から手助けしてただろ?」



─────それって…菊池君のこと……?




「なんのことだ。知らん。」



お父さんはベッドの上で両手を上げて大きな伸びをした。

相澤先生が気持ちを誤魔化す時によくする癖だ……

あの時、菊池君のことを助けてくれたのはお父さんだったんだ……

お父さんは相澤先生の背中から顔を出して覗いている私と目が合うと、優しく微笑んだ。





「やっと見つかったんだな。おまえの居場所が。」





相澤先生はお父さんとはこの10年、ずっと音沙汰無しだって言っていた。

でも違う……

きっと…影からずっと、相澤先生のことを見守っていたんだ。




「親父……本当の病名はなんだ?」


「痔だって言っとるだろ?ケツに響くからもう帰れ。」




そんな軽い病気のわけがない……

こないだ会った時より痩せている。

短時間でこんなに痩せるなんて不自然だ。


「おい、バカ息子を車で送ってやれ。」

「歩いて帰れるわ!すぐそこなの知ってんだろ!」


近付いてきた組員を振り切るように、相澤先生は私の手を引っ張って病室を出た。

特別室の部屋の扉が、どんどん遠ざかって行く───




「相澤先生っ、お父さんの本当の病名聞かなくていいんですか?!」


私を握る相澤先生の手が弱々しく離れた。

肩を落とした背中が、小さく震えている……



「あいつはいつだってそうだ。俺に肝心なことはなにも言いやがらねえ……いっつも、いっつも………」




拳を握りしめ、廊下の壁を激しく叩いた。






「大っ嫌いだ!あんな……クソ親父っ………」







………相澤先生──────





相澤先生の行き場のない悲しみが全部……このまま涙と一緒に流れてしまえばいいのに………





いつか、今日会ったことが


良かったと思える日がくるように





私も泣きながら……


相澤先生のことを強く、抱きしめた───────




















年が明けて直ぐに、相澤先生のお父さんが亡くなったという知らせが届いた。




ステージⅣまで進んだ末期の大腸癌だったらしく、既にあちこちに転移をしていて、手術をしても、助かる見込みはなかったのだという……



明日死んでしまうかもしれないとわかってから、どうしても相澤先生に一目会っておきたかったのだ。






桐生会の組長であり、神戸川中組の幹部でもあるお父さんの葬儀は関西で壮大に執り行われた。

相澤先生がその式に顔を出すことはなかった。

ヤクザの看板でやる葬儀は組の行事ごとで、遺族は遺族で別に葬儀をすればいいという考えなのだという……


あんなたぬきじじいの葬式なんかあげねえけどなと、相澤先生は寂しげ気に笑った。







ある日いつものように晩御飯を食べていると、相澤先生がおみそ汁をすすりながらポツリと呟いた。



「春になったら、俺の母親の墓参りに行こうか。」


「お母さんの、ですか……?」



相澤先生は気まずそうに私から目を逸らした。






「そこの霊園、桜がすげえ綺麗なんだよ。お袋にもマキマキのこと見せてやりたいし……」






お母さんとお父さんは同じお墓で眠っている。



「逆プロポーズされましたってちゃんと報告しないとな。」

「あれはっ……忘れて下さい!」








二人とも良く似てるよね。



本当、素直じゃない親子────────……




















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