二人っきりの花火
文化祭終了後、運動場では生徒会主催の後夜祭が行われていた。
キャンプファイヤーの周りでフォークダンスをしたり、有志によるライブや漫才等の出し物が行われたりしていて、本祭とはまた違った盛り上がりを見せていた。
これが終わればいよいよクライマックスの打ち上げ花火だ。
いいなあ…みんなすっごく楽しそうだ。
私はと言えば……
教頭先生にバレる前に旧校舎から無断で借りてきたものを片付けといてくれと相澤先生から言われた。
玉置君も一緒に言われたはずなのに、どこを探しても見つからない。
いつもの省エネ主義が発動して家に帰ったのだろうか……
私は台車を借りてきて沢山の荷物を乗せ、肩にもいっぱいの紙袋を抱えて運動場の脇をコソコソと通っていた。
火のそばで安全のために見守り当番をしている相澤先生の姿が生徒達の隙間から見えた。
本当なら私も、相澤先生と一緒に見守り当番だったんだけどな……
旧校舎は危険区域の中なので花火が始まる前には中に入れておかないといけない。
「マキちゃ〜ん、なに運んでんの?手伝うよ。」
群衆から菊池君がかけ寄ってきてくれた。
そんなのいいから楽しんできなよと言って断ったのだが、菊池君は私から荷物を全部奪って台車を押し始めた。
正直、暗い中をあの旧校舎に一人で行くのは怖かったからホッとした。
「マキちゃん、俺と花火見るの考えてくれた?」
運動場からの音が小さくなり、人もまばらになってきたところで菊池君が尋ねてきた。
「それなら大丈夫だよ、花火の時は当番ないし。屋上と運動場が人気なんだってね。どっちにする?」
「う〜ん…そういう事務的な答えが欲しいんじゃないんだけどな。」
菊池君が微妙な笑みを浮かべながら困ったように頭をかいた。
近くにいた花火師さんに事情を説明して中に入れてもらい、旧校舎まで急いだ。
「マキちゃん、文化祭の花火にジンクスがあるのって知ってる?」
……ジンクス?そんなのは初耳だ。
私がなに?と聞くと、菊池君は意味ありげにクスっと笑った。
「一年E組の山田さんっ大好きだ─────っ!!」
運動場のステージからマイクを使っての大絶叫が聞こえてきた。
なにこれ…今、大好きって言った?
「ああ、今年も始まったか。」
なんでも毎年、サプライズの告白があるらしい。
その後も続く愛の雄叫びを遠くに聞きながら台車から荷物を下ろした。
あんな風にまっすぐに好きな人に好きって言えるのって、青春って感じでいいなあ……
「相澤先生のことが好きで──────すっ!!」
持っていた高そうなツボをツルッと落としそうになった。
「菊池君、い、今の……」
「うん。相澤先生にも毎年何人か告白する子がいるよ。」
また違う子が相澤先生に、付き合って下さ──いと言っている声が聞こえてきた。
相澤先生はなんて返事をしているんだろう……
ここからじゃ相澤先生の声が聞こえてこない。
気になってソワソワしていると、突然菊池君が両手で私の肩を掴んで自分の方に向かせた。
不満げな表情の菊池君と目が合う──────
「な、なに?菊池君……?」
「マキちゃん…お友達はその後、同居している彼とはどうなの?」
「……どうって…普通だよ?」
「普通、ねえ……」
なんか…菊池君、怒ってる?
菊池君は私のことを間近でジットリと見てくると、そのままさらに顔を近付けてきた。
お互いの鼻先が微かに触れ合う……
いつも距離感が近くて菊池君にはドキッとさせられることが多いけれど、いくらなんでもこれは近すぎるっ!
「ちょっと菊池君っ!」
逃げようとしたのだけれど、私の肩を掴んだままの両手がビクともしない。
逆に、後ろに押されて壁へと押し付けられてしまった。
私より五つも年下なのに、その力強さに男なのだと意識せずにはいられなかった。
「菊池君、離して。」
「……やだ。」
………菊池君?
いつもとは全然違う菊池君の様子に、どう対応したらいいのかわからなくなってしまった。
「……そのお友達は彼のこと好きだよね?マキちゃんも、客観的に見てそう思わない?」
……客観的に見てって─────
私が、相澤先生を好きかどうか……?
目をそらさずに真剣に聞いてくる菊池君に、心の中を見透かされているみたいで息がつまりそうだ。
……言いたくない。
でも…嘘や曖昧な誤魔化しではとても通じそうになかった。
今までに何度もそう思う瞬間はあった。
あったけど……
その度に私は打ち消してきた。
だって……─────
「……思う、よ……」
────認めたくなかったから……
「そんなに近くにいるのに、なんで告白しないんだろう?」
「それは……」
その答えだって、もうわかってる。
「……今の関係が壊れてしまうのが、怖い。」
もうとっくに───────
私の中では相澤先生への思いは溢れてしまっていた。
「もっと仲良くなれるかもしれないのに?」
「……なれないよ……無理。」
この半年間、毎日のように一緒のお布団で寝ていても二人の間にはなにも起きない。
私は、相澤先生からは全く女として見られてないんだなって…思い知らされる。
今さら私が相澤先生を好きだと意識したところでなんになる?
そんなの、虚しくなるだけだ……
「じゃあ言うけど。マキちゃん、俺さあ……」
なにかを言いかけた菊池君だったけれど、私を見て口をつぐんでしまった。
私の目から、涙が零れてしまっていたから……
「ごめんっ菊池君。なんか気持ちがいっぱいいっぱいになって……」
今すぐ止めたいのに、涙がボロボロと流れてきた。
菊池君は私の頭をポンポンとしながら、シャツの袖で涙をそっと拭ってくれた。
「ずるいよなあマキちゃん…これじゃあなんも言えなくなるじゃん。」
ホントに…なにを泣いているんだろう。
教師なのに、菊池君が優しいからって甘えてしまっている。
菊池君は残りの荷物を全部下ろし終えると、台車を畳んで持ち上げた。
「マキちゃん…花火が上がる頃に非常階段のとこに来て。約束、ねっ?」
そう言い残すと、台車を抱えたまま運動場の方へと走っていった。
運動場に戻るとステージでは軽音部によるライブが行われていた。
火のそばに居るはずの相澤先生の姿はなく、代わりに用務員のコマさんが立っていた。
「相澤先生なら中庭で生徒同士がケンカをしていると聞かれて飛んでいかれましたよ。」
「そう…ですか……」
相澤先生、最後まで大忙しだな。
顔を見たら真っ赤になりそうだったから助かったかも……
──────私は、相澤先生が好き。
考えないようにしていたのに、とうとうしっかりと認識してしまった。
これからどう相澤先生と接していけば良いのだろう?
職場でも家でも一緒なのに、今まで通りなんてもう意識しちゃって無理だよ……
コマさんと火の当番をしていると花先生がやってきた。
やたらと咳払いをしてくるのだけれど、これは私が邪魔だということですよね。
いつもはおっとりとしている花先生なのに、恋愛のこととなると遠慮がない。
「すいませんコマさん。私、この後約束があるので。」
「いいですよ。花火楽しんできて下さいね。」
時間は少し早かったけれど、私は菊池君が言っていた非常階段へと向かった。
さっきの菊池君……なんだか変だった。
私になにか言いたそうにしていたし……
もしかして悩みがあるのかな……?
きっと他の子達には聞かれたくないことなんだ。
なのに私ったら自分のことばかりベラベラと喋ったあげく、泣いてしまった。
今度はちゃんと菊池君の話を聞いてあげないと……
ステージでの後夜祭のプログラムは全て終わり、次はいよいよ打ち上げ花火だ。
みんな思い思いの人と見るのだろう、それぞれの場所へと移動しているのが見えた。
「……菊池君、まだかな……」
涼しい風が吹いているせいか、少し肌寒さを感じる。
肩をすぼめて肌を擦りながら待っていると、スマホが鳴った。見ると菊池君からだった。
「ごめん、行けなくなった。代わりのが行くから。」
うん?代わり……って、誰のことだろう?
戸惑っていると再びメールがきた。
「言わなきゃなにも始まらないよ。マキちゃんなら大丈夫。頑張れ。」
頑張れって、私がなにを?
菊池君が私に悩みを言いたかったんじゃなかったの……?
画面を見つめたまま困惑していると、すぐ後ろの非常階段の鉄の扉が勢いよく開いた。
大きな音がしたもんだから飛び上がるくらいビックリした。
「マキマキ?!やっと見つけたっ……菊池はっ?!」
振り返るとそこには、息を切らした相澤先生が扉にもたれかかるようにして立っていた。
なんで相澤先生がここに?
「菊池君がどうかしました?」
「どうかしたかじゃねえっ!!」
怒り心頭の相澤先生が、菊池君からきたというメールを見せてくれた。
「今からマキちゃんを人気のないとこに連れ込んで襲うから。バレて退学になりそうになったらまた庇ってね。よろしく〜相澤先生♡」
なにこのメール……
「いくらなんでも菊池君はこんなことしませんよ。私には来れないってメールが来ましたし。」
「くっそ菊池のヤローっふざけやがって!!」
相澤先生は倒れ込むように座り込んだ。
着ている服が汗だくだ。
こんな意味不明な場所もわからないようなメールを信じて探し回ってくれてたんだ。
どうやら菊池君のいう代わりとは相澤先生のことのようだけれど……
「だいたいこんなとこで男と二人っきりで花火見ようとするか?!何度も言うけどおまえは危機感なさすぎなんだよっ!バカなのか?!」
相澤先生の怒りの矛先が私へと向かってきた。
「菊池君とはそんなんじゃないです!相澤先生こそ、女子生徒からいっぱい告白されてましたよね?!なんて返事したんですか?!」
「あんなもんまともに相手するわけねえだろ!俺はガキには興味ねえわっ!!」
「色っぽいお姉さんが好みってことですかっ?いやらしい!」
「はぁあ?!誰がそんなこといつ言ったよ?!」
なんだこの子供みたいな言い合いは!
意識するかもなんてポってなりながら思ってたのに、なんも変わらない!意識する暇がないっ!
花火打ち上げのカウントダウンが聞こえてきた。
あれ、このままじゃ相澤先生とここで花火を見ることになる?
二人っきりで見る打ち上げ花火なんて、好きな人との憧れのシチュエーションだ。
────マキちゃんなら大丈夫。頑張れ。
菊池君からのあのメール……
私が友達の話だとか言ってしてたこと、もしかして全部バレてた?
────言わなきゃなにも始まらないよ。
言わなきゃって……
今ここで気持ちを伝えろってこと?
無理でしょっ?心の準備が間に合わないからっ!
「あんまり俺に心配かけさすな。」
相澤先生に頭をコツンと小突かれた。
こっ…これはダメだ。意識しちゃう……
脈拍と体温がヤバいくらいにうなぎ登りになってきた。
カウントゼロとともに、鮮やかで細やかな模様の花火がいくつも打ち上げられた。
「……花火っ…綺麗……」
「まあ高校の文化祭とは思えないくらい立派なもんだよな。」
色鮮やかで本当に凄く綺麗だ。
音が体を震わせ、手を伸ばせば届きそうなほど近くで花火がみだれ咲いている……
下では仕掛け花火が回り出した。
それは花火の噴射で風車のようにクルクルと勢いよく回るもので、火花が七色に変化していった。
「そうだ相澤先生、花火のジンクスって知ってますか?」
「…………」
すぐ隣にいるのに、相澤先生は花火を見上げて黙ったままだった。
花火の音で聞こえてないのかな。
終わってから聞こうと思ったら、相澤先生が私の方に顔を向けた。
「花火師さんの粋な演出だよ。200発上がる花火の中に毎年一個だけ特別な花火を混じらせてるんだ。」
──────特別な花火?
空を見上げるとちょうど、丸い花火の中に一つだけ形の違う花火が上がった。
それはピンクの大きい、ハート型の花火だった。
「相澤先生っそれってアレですよねっ?」
相澤先生の肩を叩こうとしたら強引に引き寄せられて唇に柔らかな感触がした。
一瞬の闇と静寂のあと、空気を切り裂くような独特の音が空高くまで打ち上がり、大玉が一斉に開花した。
二人の重なる影に、夜空に咲いたいくつものしだれ柳の花火の尾がキラキラと輝きながら垂れ下がっていく……
えっ……
相澤先生の唇が、ゆっくりと私から離れていった。
「そのハートの花火が上がった直後にキスをしたら、その二人は永遠に結ばれるんだってよ。」
えっ……?
「花火終わったし俺ら教師は場内整理に行くぞー。」
えっ…えっ……───────?
大きく伸びをしながら去っていく相澤先生を
ただ……
呆然と見送った────────




