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姉の残想



「大丈夫。この先もず──っと、私がテルの分も笑うし泣くし怒ってあげるから。」



お姉さんが口癖のように玉置君に言っていた言葉。

感情が表に出なくていじめられていた玉置君にとって、その言葉はどれだけ心強かっただろう……


お姉さんがいつも玉置君を守ってあげていた。

お姉さんだけが、玉置君のことを分かってあげられる唯一の理解者だった……



もし、玉置君の一連の行動の全てが亡くなったお姉さんのためにしていることなのだとしたら……

それは…全部、全部………




間違ってるからっ───────










花火の打ち上げには安全距離を確保するため、打ち上げ場所から50m圏内は立ち入り禁止区域になっている。

ぐるりと囲まれているフェンスが少しだけズラされ、人ひとりがやっと入れる隙間が1箇所だけ開いていた。

玉置君が行きそうなところ、もしかしてと思って来たのだけれど間違いなさそうだ。

私もその隙間から中に入って少し進むと、あの旧校舎が見えてきた。



昼間見た時はノスタルジックな建物だなあと思ったけれど、夜の旧校舎は不気味以外の何者でもなかった。

ゴクリと唾を飲み込みつつも、一階の右から二番目の窓から中に入った。

デッカイ懐中電灯を持ってくれば良かったかな……

スマホの小さな明かりだけじゃ余計雰囲気が増してしまっている。


「玉置君っ、いるんでしょ?」


声が真っ暗な廊下の先に吸い込まれていく。

今にもなにかが出てきそうだ……

二階からトントンと足音のようなものが聞こえてきた。

玉置君、だよね……?

小刻みに震えてしまう膝を抑えながら軋む階段を上がった。




あの時、玉置君は相澤先生がホテルの部屋から生徒と出てくる写真を撮ろうとしていた。

きっとそれを…ネットに流して相澤先生を辞めさせようとしていたんだ。

なぜなら、相澤先生が辞めたらみんなが悲しむから。



「玉置く〜ん、村岡さんのことも文化祭のことも怒ってないから出ておいで…お願いだから、早く出てきてよぉ……」

怖すぎてだんだんと涙声になってきた。



でも玉置君は、相澤先生を辞めさせたかったわけでも文化祭をめちゃくちゃにしたかったわけでもない。



「ねえ、もしかして玉置君て……」



ただ見たかっただけなんだ─────……






「人が悲しむ顔が見たかったの?」






返事はなく、辺りは静寂に包まれていた。

えっと…あの足音は玉置君だったんだよね?

まさかここまできてオバケでした〜なんてことにはならないよね?

いやいや…オバケなんてこの世の中にいるわけないしっ。

怖さで緊張が最高潮まで達していた時、目の前にあった壁に黒い影が横切った。

スマホの明かりでツヤツヤと照らされたそれは、今までに見たことないくらいのデカさのゴキブリだった。


「ギャアァア────────!!!」


後ろに勢いよく下がったもんだから古くなっていた床を力強く踏み抜いてしまった。

ちょうど腐っている部分だったのだろうか……

床はぼっこりと抜け落ちてそのまま体が下に落ちた。

寸前のところでなんとか床にしがみついたけれど、このままじゃ落ちて死んじゃうっ!だ、誰か、助けてっ!!



「真木先生なにしてんの?危なっかしい。」



玉置君が私の腕を掴んで引っ張りあげてくれた。

た、助かった……本当に死ぬかと思った。


「玉置君っなんですぐに出て来てくれないの─っ!」

「そりゃ無視するでしょ。退学まがいのことしたんだから。」



善悪の区別はあったんだね……

良かった。それまで無かったらどうしようかと思っていた。





「……正解だよ。」




玉置君が観念したようにポツリと呟いた。



「真木先生の言う通り。俺はいろんな人の、悲しむ顔が見たかったんだ。」



窓から差し込む月明かりが、玉置君の顔をぼんやりと照らしていた。

それは相変わらず人間味を感じさせない表情だったけれど、精巧に作られたドール人形のように儚くも美しく見えた……




「……どうしても思い出せないんだ。」




遠くを見つめる玉置君の目には夜空に浮かぶ黄色い月が映っていた。

チクタクと振り子時計のように瞳の中で揺れて、時を刻んでいるかのように見えた……



「ヒカリは俺のために、いっぱい笑ったり怒ったり泣いたりしてくれたはずなのに…時が経つほどに、笑ってる顔しか思い出せなくなってる。」



玉置君はお姉さんのお葬式の時もずっと無表情のままだった。


「誰になにを言われたっていい。でも…ヒカリだけには、俺の気持ちをちゃんとわかってもらいたい。」


友達や親戚や両親にまで、おまえに感情はないのかって責められた……





「俺が、ヒカリともう一緒にいられないのがこんなにも悲しいんだって……伝えたいんだ。」






どうしてそういう風に考えてしまったんだろう……

どうしてこんな出口のない苦しみを背負ってしまったんだろう……

そのために人を傷付けていいわけが無いのに。


でも……


そう言って玉置君を責める気にはなれない。




「ねえ、玉置君……お姉さんならちゃんとわかってたんじゃないかな?自分が死んだら玉置君が凄く悲しむって……」



玉置君は目を閉じると、力なく首を左右に振った。

自分の殻の中に閉じこもって、周りを頑なに拒絶しているようにしか思えない。

どう言えば玉置君の心にまで届くのだろう……




15歳でこの世を去らなければならなかったお姉さん。

怖かったし辛かったし泣きたかったはずだ。

それでも最後まで笑っていたのは、きっと…玉置君にこの先も笑っていて欲しかったから。


自分のこと以上に、一人残される玉置君のことが心配で堪らなかったんだ──────




気付けば私は、床に座り込む玉置君の体を優しく包み込んでいた。



「あなたはもう十分すぎるくらい悲しんだよ。だからもういい……」



言葉が自然と口から零れ出た。





「もう、悲しまくていいんだよ…テル……ありがとう。」






あれ…私……こんな声、だったっけ……?



「………ヒカリ?」



お互いになにが起こっているのかがわからず、気が抜けたように見つめ合ってしまった。

すると、私の体から温かな光がボウッと立ち上り、上空へと消えていくのが見えた。




「今の……ヒカリだった………」





えっ…ちょっと待って。

それってお姉さんの霊が私にのりうつってたってこと……?

信じられないけれど、信じたくはないけれど……

自分の体で今実際に起きてしまったことを否定しようがない。

玉置君は上空を見据えたまま静かに口を開いた。




「……俺の方こそありがとう。バイバイ、ヒカリ。」




全身の毛という毛が逆立っていく感覚がした。

ダメだ。鳥肌が止まらない……



「真木先生…なんて顔してんの?」

「ごめん私っ…本当にそういうのが全くダメなの!」


「ヒカリは怖くないよ?」

「わかってるけどお!どうしよう玉置君っオバケが実在しちゃったよ〜!!」


「真木先生が気付いてないだけで、この旧校舎にはいっぱいいるけど?」

「キャ────!嘘でしょ玉置君?!嘘だと言ってえ!!」


玉置君がほらあそこにもと指さした。マジなの?!

もしかして玉置君がこんな薄気味悪いとこにいたのは幽霊になったお姉さんに会えるかもとかそんなオカルトな理由?!

今すぐに外に出たいのに腰が抜けて立てないっ!



「なに笑ってんのよ玉置君!!」

「だってその顔。ヤバすぎ。腹痛え。」



その後もパニックになる私を見て玉置君はお腹を抱えて笑っていた。











「……てめえら〜……」


玉置君の肩を借りてなんとか旧校舎から出ると、目の前に恨めしそうな般若の顔が現れた。

ギャ────────!!!

今度こそ私にもバッチリと見えてしまったあ!!



「俺に片付け押し付けてこんなとこでちちくりあってんじゃねえわっ!!」



あ、相澤先生……?!

よく見たら激おこの相澤先生だった。

玉置君が一歩前に出て頭を下げた。


「……相澤先生…俺…すっ……」


謝ろうとした玉置君の言葉を遮るようにして、相澤先生は頭にゲンコツを食らわした。

ぼ、暴力反対っ!!


「反省してんなら俺には謝らなくていいんだよ。その代わりもっと俺を頼れっこの問題児が!」


素直にコクリと頷いた玉置君を見て、相澤先生は嬉しそうにぐしゃぐしゃっと頭を撫でてあげた。



「朝までにはあの教室を直すぞっ。マキマキも玉置も早く手伝えっ。」


教室に戻ろうとした相澤先生を玉置君は呼び止めた。



「相澤先生、それなら直さなくても良いアイデアがありますよ。」

「はあっ?アイデアだと?」



「組み合わせるんです。ここにある物と。」




ここって……

旧校舎にある物を?






















文化祭当日。


学校に登校してきたクラスの子達がザワついていた。

それもそのはず…自分達が用意していた大正ロマン風のオシャレな喫茶店が、今にもなにかが出てきそうな気味の悪い洋館風にアレンジされていたからだ。


昨日あれから旧校舎にある使えそうな調度品や垂れ下がったカーテン等を運んで、壊れてしまった外観や内装と上手いこと兼ね合わせてはみたのだが……



相澤先生は、あとは玉置が一人でケジメを付けることだと言ってはいたけれど……

私は玉置君のことが心配で、隠れて様子を見に来てしまった。




「ごめんっみんな……俺が壊したせいなんだっ。」



ちょうどクラスのみんなの前で、玉置君が事情を説明して謝っているところだった。

相変わらずの無表情のままなんだけど大丈夫かな……

玉置君の心からの謝罪。みんなは受け入れてくれるのだろうか……

シーンと静まり返る微妙な空気の中で、柿ピーがいきなり玉置君に向かってバチンと両手を合わせた。



「俺の方こそ全然手伝わなくてゴメンっ!!」



野太い声でそう言うと、今度は玉置君の首に豪快に腕を回した。


「てかすっげぇカッコイイじゃん!なにこれサイコー!なあみんなっ?」



「私も凄すぎて感動しちゃったあ!」

「うんうんっ。絶対こっちの方が良い!」

「俺らのクラス超イケてるじゃん!」



みんなせきを切ったように口々に褒め出した。予想外にノリの良い反応だ。

まあ、確かに……文化祭の模擬店とは思えないほどのリアリティなんだよね。

だって実際、旧校舎から勝手に持ってきた本物だし……

教頭先生にバレたら絶対怒られる……



玉置君がちょっといいかなと言って手を挙げた。


「衣装で着るはいからさんとバンガラもイメージを合わせてゾンビ風にしたいんだ。包帯とか血のりを付けて。タバスコ入りの血の池地獄カレーってのもメニューに加えたい。」


一度スイッチが入ったらトコトンやりたがる玉置君らしい提案だ。

みんなイイねーっと大盛り上がりだ。

いつも教室にいても端の方で物思いにふけっていることの多い玉置君が、今は大勢のクラスメイトの輪の中で笑っている……


とても素敵な光景だ────────







二年B組の、ホラー屋敷でカレー屋さんは長蛇の列が出来るほどの大人気で、午前中で完売してしまった。
























体育館のステージの、最後を飾るのは三年A組による女装ファッションショーだ。


この手のキワモノ的な企画はウケが良い。

さらにライブ的な要素を取り入れて照明や音楽にも力を入れているので、会場は異様なほどの盛り上がりを見せていた。

菊池君が白のロングドレスでキラめくような照明の中から壮大な音楽にのせて登場すると、観客席からはため息が漏れた。


「菊池君キレイ────!!」

「菊池〜っ!俺と結婚してくれ──!!」


さすが菊池君…女子にも男子にもモテている。

客席に向かって優雅に手を振る姿はまるで女神様だ。

大歓声を浴びながらステージ袖へと帰ってきた菊池君は、袖口にいた私と目が合うと抱きついてきた。


「ちょっと菊池君っ?!」

「女同士だからいいじゃんっ。緊張したーっ!」


女同士って……確かに女性にしか見えないんだけど。

その綺麗さで抱きつかれるとこっちが緊張してしまう。



「それよりあいつ大丈夫なの?もうそろそろ出番なんだけど……」


菊池君の視線の先にはツインテールでセーラー服を着た、双子のお姉さんそっくりの玉置君がいた。

村岡さんを脅してホテルに誘い込んだのはやり過ぎだし悪質だった。

その罰として玉置君も女装ファッションショーに参加するようにと、相澤先生から命じられたのだ。



「俺には無理です相澤先生!罰なら他のにして下さい!」


無理やり着替えさせられてカツラを被せられた玉置君だが、ステージには絶対上がりたくないと猛抗議をしていた。


「嫌なことするから罰なんだろ?玉置、男なら腹くくれ。」

「女装さしといて男ならとか言うの止めて下さいっ!」


相澤先生…完全に面白がってるよね。

玉置君は村岡さんにもきちんと謝って許してもらった。

ていうか村岡さん、あの時玉置君からされた束縛プレイ?が大変興奮したようで、不倫をしている年上彼氏にもやってもらっているらしい……

私の中の村岡さんへのイメージは完全に崩壊した。




「続いては飛び入り参加の〜っ……二年B組、玉置照人君ことタマちゃんで───すっ!」



司会者に名前を呼ばれた玉置君は凍りついた。

咄嗟に逃げようとした玉置君を、相澤先生はヒョイっと持ち上げた。


「何すんだよ!下ろせ!!」

「暴れたらパンツ見えるぜタマちゃん。」


ピンクの照明とK-POPの音楽が流れる中、玉置君は相澤先生にお姫様抱っこされたままステージ上へと連れていかれた。

さすがにいつもの無表情ではいられないようで、両手で隠した顔が真っ赤になっていた。

その恥じらいがセーラー服姿と相まってめっちゃ可愛い……

観客席のみんなも萌え〜ってなっていた。


すっぴんなのにあれだけの完成度ってもはや反則じゃない?

飛び入りだけど、優勝しちゃうんじゃないだろうか。



「俺も優勝狙ってたけど無理無理。今回大本命いるから。」

「……大本命?」



桜坂高校に菊池君や玉置君以上に綺麗な顔をした男子なんていたっけ?

悩んでいると後ろから肩をポンポンと叩かれた。


「真木先生、御機嫌よう。」


振り向くと和服姿の超ド級の美女が立っていた。

豪華絢爛な着物に幾つもの派手なかんざしに独特の白塗りメイク……

これって、花魁?!

たかが高校の文化祭に出るようなレベルじゃないっ。


「えっ…と……桐ヶ谷先生、ですか?」

「ええ、桐ヶ谷ですよ。」


扇で口元を隠しながら妖艶に微笑むもんだからドキュンとやられてしまった。

桐ヶ谷先生って…知れば知るほど底知れない……

相澤先生が玉置君を抱えたまま舞台袖へと引っ込んできた。

やっと解放された玉置君は、ぐったりと憔悴しきった様子で床に倒れ込んだ。


「相澤先生。次は私のエスコートをよろしく。」

「ああ?おまえ誰っ……」


誰だと言いかけた相澤先生だったが、気付いたようで一気に顔面蒼白になった。


「……お、まえ…桐ヶ谷か?待て…俺は遠慮する!」

「まあそうおっしゃらずに。」


桐ヶ谷先生は後ずさりする相澤先生に腕を絡ませ、顔を擦り寄せた。

その様子を見ていた玉置君がすかさず茶々を入れる。


「良かったじゃん相澤先生。ステージ上でキスでもしてもらえば?」

「玉置てめえ!余計なこと言うなっ!!」



桜吹雪のような照明とお琴で奏でられた音楽が流れると、相澤先生は引きづられるようにして連れていかれた。

桐ヶ谷先生は逃げ場のない相澤先生に熱い抱擁を交わすと、頬っぺに熱烈なキスをした。

相澤先生…白目向いてるけど意識はあるのかな……


菊池君も玉置君も、盛り上げるために男相手にあそこまでするなんて桐ヶ谷先生ってすげえなあと関心していた。


桐ヶ谷先生ってお茶目だよね……ってことにしておこう。




女装ファッションショーの優勝者はもちろん、桐ヶ谷先生だった。













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