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誤解なのに

桐ヶ谷先生と飲み歩き、帰る頃には0時を回っていた。

お互いに好みの男性のタイプとかを言い合って、女子会みたいなノリで楽しかったな。


玄関の鍵を開けてたっだいま〜と陽気な気分で入ると、壁にもたれ掛かるようにして相澤先生が立っていたのでビクゥってなった。

田口さんとこのピッピ、もう無事に捕まえることが出来たんだ……



「俺、まっすぐ帰れって言ったよな?」



相澤先生からただならぬ負のオーラを感じる……

なにこの門限を破っておとんに怒られている年頃の娘みたいな状況は……



「あ、あの……桐ヶ谷先生と飲んでました……」

「はあっ?桐ヶ谷だとっ?」



相澤先生の顔が一気に険しくなった。

しまった……

私の中では桐ヶ谷先生はもう女友達の一人として認識してしまっていたのだけれど、相澤先生にとっては犬猿の仲だった……



「飲み直したいと言うので…教頭先生の世話を押し付けてたし、ちょっとだけならって……」

「もう午前様だけど?」


「これには深〜い事情がありまして……」

「事情って?」


桐ヶ谷先生がずっと好きだった人が相澤先生でもう諦めると泣きそうになりながら言うので放っとけなかったんです。

とは言えない……


「俺には言えないような事なのかよ?」


相澤先生だから言えないんです……

明らかにイラついている相澤先生に目も合わせられずにいると、大きなため息を付かれた。




「もういい。」




相澤先生は自分の部屋へと入っていった。

今日は一緒に寝ないんだ。

別にいっけど……


私も自分の部屋へと入りスマホを見ると、相澤先生からの着信履歴が何回も入っていた。



─────全然気付かなかった……



私のことを心配してくれてたんだと思うと

胸が痛いくらいに苦しくなってきた……




今からでも謝りに行く?




───────でも……


悲しそうに微笑む桐ヶ谷先生の顔が浮かんだ。




本当のことなんて、言えないよ………

























相澤先生……土曜日も日曜日も顧問をしているサッカー部の練習試合でずっと家を留守にしていた。



「真木先生にもわかるように簡単に説明すると、このゼンマイでガンギ車っていうこの歯車を回すんだ。」



晩御飯も外で食べてきたし、今日も登校指導の当番だからと朝早くに出て行った……



「で、この部品がアンクル。これのカギが歯車の回転を止めながら一枚ずつ歯を送っていくんだ。」



きっと私が約束を破って飲み歩いたから怒ってるんだ。

どうしよう…完全に謝るタイミングを逃してしまった。



「そうすると繋がっている振り子部分に動力が伝わって、往復運動を繰り返すんだけど……」



しばらくは一人で寝るとか言うし……

そんなあからさまに避けなくても良くない?

なんでいつもみたいに怒鳴り散らしてくれないの?


もおっ……相澤先生の馬鹿!!





「……真木先生…まったく話聞いてないよね?」



はっ…なんだっけ……?

無表情の玉置君と目が合った。


「まあ理解しなくてもいいよ。真木先生の頭じゃ無理だろうから。」


玉置君てちょいちょい私のことけなすよね。

別に、いっけどさあ……

材料も全て揃い、ようやく取り掛かれることとなった内装作り。の、はずだったんだけど……



「俺以外のメンバーが見当たらないんだけど?」

「ねえ…ホントに、びっくり……」



休みだった二人は付き合っているらしく、週末にデートをして風邪がぶり返したらしい。

柿ピーも順調に勝ち進んだらしく、次の大会に向けて今日も練習へと行ってしまった。


「柿ピーって空気読めない奴だよね。ここは負けるとこでしょ。」

「……そんなこと、教師が言っていいの?」


来れない人はしょうがない。

文化祭までもう一週間を切った。今は内装作りに集中だっ。



「カフェカーテンやテーブルクロスは手芸部の子に作ってもらうように頼んだから。ランプとかの小物はもう百均で揃えよう。振り子時計は二人で頑張って作ろっ!」


「……それが一番問題なんだけど……」



イマイチ気乗りのしない玉置君に寸法計りを任せ、私は大工道具を取りに体育館横にある倉庫へと向かった。

ノコギリとトンカチと…あとなにが必要かな?日曜大工ってあまりしたことがないんだよな〜。



「相澤先生〜っ。カレー作りの材料取りに行く時車出してもらって良いですかー?」

「あの店なら配達してもらえるだろ?」


「だって先生とドライブしたいし〜っ。」

「俺、車持ってねえわ。」



階段を上がってくる相澤先生の話し声が聞こえてきて思わず隠れてしまった。

なんか気まずい…非常階段から行こ。

……って。なんでコソコソしなきゃならないんだろ。


やだなあ……

相澤先生とこんなにギクシャクするの……




「なーにため息なんか付いてんの?」



思わず付いたため息を、非常階段にいた人に聞かれてしまった。


「菊池君…なんでこんなとこにいるの?」

「ちょっとね。避難中。」


なんでも文化祭で上がる花火を一緒に見ようと女の子達に追いかけ回されていたらしい。

菊池君はモテるからなあ。


「それよりなんか悩み事?俺で良かったら話聞くよ、マキちゃん。」


みんなこの優しくって爽やかな笑顔にやられちゃうんだろうな。

相澤先生の機嫌がどうやったら元に戻るのか…男心を聞くには菊池君はうってつけだ。

でも、生徒にこんなプライベートな相談をしてもいいものなのだろうか……



「と…友達の話なんだけどね……」

「友達の話ね。どうぞ。」


菊池君が手で隠した口元がなんだか笑っているような気がするのだが……

私が話し出すと菊池君はうんうんと言いながら熱心に聞いてくれた。



「それって…マキちゃんの友達は、その彼のことが好きなの?」



私が相澤先生のことを?

なんでそうなるのっ?!


「それはないないっ!どちらかと言えば嫌いだよ?口は悪いし自分勝手だしデリカシーもないしっ!」

「あ〜…誰かもわかっちゃった。ああクソ、聞くんじゃなかったな……」


菊池君がなにやらブツブツと独り言をいっている……



「マキちゃんの言う通り本当に嫌ってるのなら、彼のことなんて放っておけばいいんじゃないの?」

「……だって、一緒に住んでるし……」


「住んでるのっ?!」



なんだろう……

菊池君のリアクションがいちいちデカい。


「単なる同居人だよ?いろいろあってルームシェアしてるだけで。」

「なにそれ…相澤先生マジで羨ましい。俺は卒業まではって我慢してんのに…すっげえ焦る……」


菊池君がまたブツブツ言いながらがっくりとうなだれた。

気分でも悪いのかな……



「……ねえ、マキちゃん。」



菊池君は顔を上げると真剣な表情で私を見つめてきた。





「文化祭の花火、俺と二人で見ない?」






文化祭の、花火を──────?


桜坂高校の文化祭で上がる打ち上げ花火は、多数の実績を誇る花火業者に頼んでいる本格的なものだ。

計200発もの花火が上がり、高校の文化祭のフィナーレを飾るにはもったいないくらいの演出なのである。

生徒達はそれを好きな人と見るために、この時期は告白めいたものが校内のあちらこちらで見受けられるのだけれど……



「菊地君…本命の子いたよね?振られたの?」



菊池君は少し寂し気に笑うと黙って目を伏せた。

聞いてはいけないことだったのかな……

私も黙って菊池君を見つめていると、何かを決心したように視線を上げた。



「うん、振られたのかな。でも…まだ諦めない。」



菊池君のサッカーに対する情熱には尊敬さえしていたけれど、振られてもめげずに突き進む姿勢も凄いなあと感心してしまった。


「好きなことに真っ直ぐに頑張れる菊池君て偉いよねっ。」

「そう?俺、結構計算高いよ?」


そう言って菊池君は私の頭をぽんぽんとした。

菊池君はクセなのかよく私の頭を軽く叩く。

これをされると私は非常に照れるのだけれど、わかっていてやっているのだろうか……



「まあその友達も素直になって謝れば、彼はすぐに許してくれると思うよ。だから頑張ってって伝えといてね、マキちゃん。」



私は二年生の国語が担当なので三年生である菊池君とは授業での接点がない。

だからなのか菊池君は私のことをちゃん付けで呼ぶ。きっと、先生とは思ってくれてないんだろうな……



「俺との花火考えといてよ。マキちゃん、小指出して。」



約束っと言って指切りげんまんをさせられてしまった。
























夜、相澤先生の好きなメニューをいっぱい作って帰りを待つことにした。

食いしん坊の相澤先生のことだから、これでちょっとは機嫌が直るはずだ。

そこで誠心誠意をもって謝るしかない。


緊張しながら待っていると、玄関を開ける音が聞こえてきた。

リビングから靴を脱ぐ相澤先生の姿を見ると、手にはコンビニの袋を持っていた。

まさか晩御飯、それで済ますつもり?

食べないなら連絡ぐらいしてくれてもいいのにっ。


……もう、わけわかんない……私のこと嫌いになったならはっきり言えばいいのにっ……!!



「……マキマキ?」



一言文句を言ってやりたいのに、目からはボロボロと涙が零れてきた。



「おまえなんで泣いてんだよっ?!」



相澤先生が慌てふためきながら走ってきた。

自分でもビックリするくらいに涙が溢れてくる私を、相澤先生はよしよしと抱き締めてくれた。


「ああもう、子供かよ。」


二日ぶりの相澤先生の温もり……

嬉しいやら悲しいやら悔しいやら、ぐちゃぐちゃな気持ちが渦を巻いて一向に泣き止まない私のことを、相澤先生はずっと優しく撫でてくれていた。


ようやくちょっとだけ落ち着いてきた。



「……相澤先生はもう私が作ったご飯は食べたくない?」

「なんで?めっちゃ美味そうじゃん。」


「コンビニで晩御飯買ってきたんでしょ?」

「ああ…そういう事か。」



見せてくれた袋の中には田中牧場の極上プリンが入っていた。

店頭に並んだら直ぐに売り切れてしまうほどの大人気商品で、私が今どハマりしているプリンだ……




「俺もおまえと気まずいままなのは嫌なんだよ。」




相澤先生は気恥しそうにしながらプリンを手渡してくれた。


もしかして─────……

相澤先生も私と仲直りがしたいと思ってくれてたの……?

また涙がボロボロと溢れてきてしまった。



「相澤先生ごめんなさ〜いっ!もう夜遅くまで飲み歩いたりしませんからあ〜っ!!」

「泣くな泣くなっ!飲み歩いたって別にいいから!」


「だって私が勝手に飲み歩いたから怒ってたんですよね?」

「メール無視されたのは腹立ったけど、心配だっただけで怒ってはねえよ……」


「じゃあなんであんなに怒ってたんですか?」

「……男と二人でいたからだろ。」



相澤先生からの真剣な眼差し……

なにか言いたげな瞳でじっと私のことを見つめている。



「なんでそれで相澤先生が怒るんですか?」

「……おまえのその鈍さってなんなの?だいたい俺は、桐ヶ谷は止めとけって散々言ったよな?」


「桐ヶ谷先生ですか?桐ヶ谷先生は大丈夫ですよ。」

「おまえなあ、危機感無さすぎんのも大概にしろよ!」



「だって桐ヶ谷先生は相澤先生のことが好きですから。」




あ、しまった……

ついポロッと言っちゃった。





「……はぁああ〜?」





相澤先生は首を思いっきり傾けながらクエスチョンマークを口から吐いた。

ヤバいヤバいヤバいっ、ヤバいぞっ!

どうやって誤魔化そう………


「ささ、食べましょうか。相澤先生の大好物ばっかりですよ〜。」

「今のはどういうことだ?」


話を逸らそうとしたのだがやっぱり無理だった。

これは逃げるしかないっ。


「聞かなかったことにして下さいっ!」

「マキマキ!詳しく話せっ!!」




直ぐに捕まって羽交い締めにされて問いただされた。


桐ヶ谷先生ゴメンなさい……

全部ゲロっちゃった……




だって相澤先生、身動き取れないようにしてコショばしてくるんだもん………




















職員室でいつもは偉そうにふんぞり返っている相澤先生が、今日は朝からソワソワとしていて落ち着きがない。

明らかに後ろに座る桐ヶ谷先生を意識している感じだ。

俺は明日っから桐ヶ谷にどう接すりゃいいんだって頭を抱えて悩んでたからな……

作業をしていた桐ヶ谷先生が椅子から立ち上がってこちらに近付いてきた。



「相澤先生、二年B組だけ予算案が出ていないので実行委員の生徒に催促してもらえますか?」

「き、桐ヶ谷、先生…はいっ、早急に伝えときます!」



文化祭で会計担当をしている桐ヶ谷先生に話しかけられ、相澤先生はアタフタしながらも返事をした。

頼むから普通にしてよ相澤先生…桐ヶ谷先生が自分のことを好きだと知ったからって動揺しすぎ。

バレたことがバレちゃうじゃん。

桐ヶ谷先生がチラリとこちらを見るもんだから私も不自然な態度で顔を逸らしてしまった。


「そうだ、相澤先生。」

「な、なんですか桐ヶ谷先生っ?」


だから相澤先生っ。いつもは桐ヶ谷先生のこと呼び捨てだし敬語も使わないのに怪しすぎるんだってばっ!

桐ヶ谷先生はカチコチに緊張している相澤先生にこれでもかってくらい顔を寄せてニッコリと微笑んだ。



「顔にまつ毛が付いてますよ。」



フッと桐ヶ谷先生から息を吹きかけられた相澤先生は、椅子ごと後ろにひっくり返った。


桐ヶ谷先生……

これって、わかった上で相澤先生のことからかって楽しんでるよね?



恐ろしい人……













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