第01話 光の道が開く時
待ちに待った雪溶けの季節は、数週間前までの寒さなんか嘘みたいに暖かだ。
この異世界で春分とされているある日、ついに雨宿りの里の連絡橋を修繕する工事が再開した。
すっかり分断されてしまった外界との貴重な繋がり、それを直すべく途切れた橋の向こう側では魔法建築士達の姿が。
「あら、アルサルも直接現場でお仕事するのね。ヒストリアの姿は……まだ無いか。あらっデイヴィッド先生が工事を仕切っているのね」
「もしかして、あの有名な建築家のデイヴィッドさん? そんな知名度の高い人に手直しして貰えるなんて、雨宿りの里も運がいいな。橋が完成したら新しい名所として、紹介出来るね。流石に病み上がりのヒストリアさんが、建築現場に立ち会うことは難しいだろうけれど。けど、多分快方に向かっているはずだよ。僕の調合した薬を信じて」
「そうよね、ありがとう。あっアルサルが、こちらに気づいたみたい。おーい。こっちは元気にやってるわよ」
双眼鏡で確認すると私を安心させるためか、現場に立ち合っている庭師アルサルが此方に向かって手を振っている。
私もアルサルに応えるために、手を振り返す。が、私のすぐ隣に当然の如く立っている薬師カズサの存在が気になってしまい、何だかぎこちない仕草かも知れない。
「へぇ……あれがアルサルさんか、ヒストリアさんとは髪色と瞳の色以外、双子みたいにそっくりなんだってね。ふむ……双眼鏡越しにみても随分といい男だな、顔だけじゃなく高身長でスタイルも良し。流石は、ゼルドガイア本家の血を引く人間。いや、失礼……ただの独り言さ」
「う、うん。けど、カズサみたいな人でも、アルサルみたいな人のことはカッコいいと思うのね」
「あはは! この数年は里に潜りっぱなしで、あんまり外界の同世代と接触していないし。オシャレなイケメンのことは、結構気になるかな。外はどんな感じ何だろうって……」
僅かに覗かせた寂しそうなセリフから、彼が【何かの事情があって、雨宿りの里で暮らしているのでは?】という疑惑を呼んだ。
チラリとカズサを横目で見つめる……サラサラの黒く長い髪を一つに結って、優しく微笑む横顔は中性的であり誰もが思わず見惚れるほど端正である。
カズサの身長は170センチくらいで、細身ながら鍛え抜かれたスタイルは剣士の国、いわゆる【東方の国の男子らしさ】を漂わせていた。実際にカズサは薬師でありながら、剣技にも長けている。前世が日本人である私からすると、日本人男子の平均的な背格好の彼と一緒にいることは、懐かしい気持ちを抱かせるのだ。
着崩した浅葱色の着物と鼠色の袴は若さと落ち着きを兼ね備えていて、青年らしいファッションと呼べるだろう。
(もうこの里に来て数ヶ月、こうしてカズサと一緒にいることに慣れてしまったけれど。里の人達からは、まるで夫婦のようだと揶揄われることさえ増えてしまった。もちろん後ろめたいことなんて一つもないけれど、精神的に支えてもらったことは事実。そんな暮らしをしていたことをヒストリアが知ったら、きっと彼を傷つけるに違いないわ)
夫であるヒストリアの姿が見えなくてガッカリしている気持ちとは裏腹に、カズサとのツーショットをヒストリアに見られなくて良かったという気持ちもある。
「さて、工事の邪魔にならないように、僕達は里の仕事に戻るか。今、午前10時を過ぎたところだから、太陽の光がもっと強くなるだろうね。なんせ今日は、太陽の通り道であるレイラインがこのあたりの神域を通る日だから」
「レイライン? うーん、聞いたことがあるような無いような……もしかして春分の日と関係がある?」
ここは異世界ではあるが、太陽系の惑星と同じ名称の惑星で構成されている。そのせいか、冬至や春分の日などの太陽の長さに関する行事も、地球と同じように行われていた。
けれど、レイラインという名称のイベントは何となく専門用語っぽい感じで、そこまで馴染みがない。
「太陽の光が、遠方の神域同士で一直線に繋がることをレイラインと呼び、春分の日はそのレイラインが綺麗にできる日だという。今日はそう言った観点から見ても、縁起の良い日というわけだ」
「へぇ……そういえば雨宿りの里って、神域に行くまでの立ち寄る場所って意味合いもあったものね。それにあの橋は、雨宿りの里にとってのレイラインと呼ぶにふさわしい存在だわ。いろいろあって、修繕工事が頓挫していたけど、ようやく再開したわけだし。このまま何事もなく、上手くいくといいのだけれど」
「きっと、大丈夫だよ。さっ行こう」
カズサの『きっと、大丈夫』というセリフが、私のことを命懸けで庇い呪いをかけられた夫ヒストリアの最後に話したセリフと被った。
思わず胸の奥底が、ヒストリアへの罪悪感でギュウッと締め付けられてジクジク痛む。そうだ……私が今、こうして無事な状態で此処に立って居られるのは、ヒストリアの犠牲のおかげ。
「えっ……あの光は?」
橋から離れて里の方へ帰る途中で、思わず過去を振り返るように後ろを振りむく。すると、崩れ落ちているはずの橋の部分に一筋の光の線が。まるで光が一本の太い橋となって、アルサル達のいる向こうと側と雨宿りの里があるこちら側を結んでいるかのよう。
その光の道は、私の過去と未来をつなぐ、新たなタイムリープの道筋なのであった。




