第07話 ゲームのシナリオが……変わった!
ヒストリア王子のお見舞いも無事に終わり、次の日の朝となった。王子がくれた魔除けのお香のお陰で、頭の中でごちゃごちゃと渦巻いていた良からぬものが出て行った気がする。俗に言う邪念が消え失せたのだろう。
「ふぁあぁ……うーん、よく寝た。はぁそれにしてもあのお香って、本当によく効くのね。この部屋に漂っていた、呪いのオーラまで消え失せたみたい。まぁ、実際にいくつかの曰く付きインテリアは、不吉だからって理由で博物館に引き取って貰ったんだけど」
メイド長の勧めで、取り敢えずは自分達でも不吉な呪いに対処することにしたのだ。カッコいいから高級だからというミーハーな気持ちで、あれこれ曰く付きアイテムを買い集めたのだから自業自得か。
よく考えて見たら、ここは乙女ゲームの世界。最近の乙女ゲーム、特にスマホアプリ展開している作品なんかは、主人公のマイページである『お部屋のインテリア』が重要な役割を果たす。
プレイヤーの魔力を高める効果のあるアイテムはもちろんのこと、愛され度や魅力数値などが変化するのだ。インテリアのバランスがよければ、お目当てのイケメンからデートに誘われることもあるし、そのまま結婚ルートに突入することも。
私が転生したキャラクターは、プレイヤーではなく悪役令嬢の『ガーネット・ブランローズ』だから、インテリアを変えたところでいろいろなイケメンとのフラグ立てに効果を発揮するかは謎だけど。
地球でも雑誌などで風水特集が組まれ、この方位に置物を飾るといいとか、ベッドの頭の向きはこっちがいいとかよく掲載されている。この国『魔法国家ゼルドガイア』に至っては、他の国よりも魔法インテリアが多数あるのだから気をつけなくては。
「さてと、ガーネットのお部屋にかかっていた数多の呪いも消え失せたし、あとは断罪イベントの誕生日パーティーを開けないようにするだけなんだけど」
今のところ、思いつく断罪イベントの回避方法は、見習い剣士に転職して修行期間を設けて、誕生日パーティーなどのフワついたイベントを一切開けないようにすることだ。特に厳しいことで知られる『鳳凰一閃流』は、免許皆伝するまで自分自身のためにお祝いごとを開いてはいけないらしい。
本来の計画では、学校が休みの昨日のうちに街の剣道道場を見学する予定だった。けれど、悪魔憑きにあって倒れたという噂が婚約者ヒストリア王子の耳にまで届いてしまい、お見舞いデートをするために外出は出来なかったのだ。
結果としては、ヒストリア王子から魔除けの香炉を頂いて良かったのだろう。
朝の身支度を開始すると、メイド長が自室に入室。本日のスケジュールを伝えに来たようだ。
「ガーネットお嬢様、おはようございます。もうすぐ旦那様と奥様が、隣国からお戻りになられます。それから、剣の修行について、大事なお話があるそうです」
「えっ? 私が剣の修行をしたいって話、もうお父様達の耳に入っていたの」
すでに、お父様達の耳に剣士転職計画が届いていたとは。しばらく隣国にいた両親だけど、不在中もメイド長が連絡を取っていたようだ。
「ええ。度重なる嫌がらせや先祖霊からの毎晩のメッセージ、それに今回の悪魔憑き事件。普通に考えて、数日後に控えた誕生日パーティーを開くのは難しいでしょうし。けれど、中止にするには何か体裁の良い事情が必要だったので、渡りに船の発案だったようです」
あれっ。これって、ナチュラルに断罪ルートが回避されたんじゃない? っていうか、常識から考えても誕生日パーティーの決行は無理があると思っていたんだ。
「へぇ……実は、お父様達もいろいろと私の将来に危機感を覚えていたのね」
「そうですね。あれほど毎日脅迫めいた不幸の手紙が送られてきて、誕生日パーティーで万が一のことがあったらち度々仰っておりました」
「じゃあ、今年の誕生日パーティーは……?」
「ええ。残念ながら中止となりますが、ガーネットお嬢様の身を案じると、それが最も良い決断なのでしょう。ヒストリア王子も、『ガーネットさんの身の安全を優先するように……』と」
よっしゃああああ! 断罪ルート回避だぜっっ。
思わず少年向けバトルアニメの主人公のように、心の中ではガッツポーズをしてしまう。だが、流石に公爵令嬢のガーネットがそんなヤンチャな姿をメイド長の前で晒すわけにもいかず。品良く手をキュッと握りしめて可愛らしく喜びを伝えることに。
「そ、そうなの! 両親とヒストリア王子の両方がパーティー中止を勧めているなら、それが一番いいわよね。あぁ! なんだか、ホッとしちゃったわ」
「ふふっ。大変なのはこれからですよ。なんせ、乙女剣士として修行しなくてはいけないのですから。倒れたばかりですし、体調を整えつつの修行になるそうですが。詳しい話は旦那様から直接……」
* * *
「おぉっ! 私の可愛いガーネット。悪魔憑きの噂を聞いて安心したが、よくぞ無事で。しかも、前世を思い出すブローチを装備した途端だと聞いたから責任を感じていたんだが。まぁ剣の道に突然目覚めたとかで、結果オーライだったのかも知れんな」
「ガーネット、よく悪魔憑きの呪いから抜け出せたわね。偉いわよ! それに、前世ブローチの効果がキツすぎたみたいだったけど、剣の道に目覚めて……。うふふっきっとガーネットの前世は、素敵な女剣士様だったのね」
お父様もお母様も、私の剣士への転職がよっぽど嬉しいのかご機嫌だ。他の女学生は大抵。白魔法や黒魔法、錬金術などを学んでいるが、ガーネットは殆ど何も出来ない。ヒストリア王子と結婚して王族入りするためのマナー教育ばかりで、魔法の類は殆ど使えないのだ。
その箱入り娘が、手に職をつける決意をしたのだから、嬉しいのは当然か。
「実はね、ガーネット。お前が入りたがっているいくつかの道場は女人禁制なんだ。けれど、ギルドに仮所属して、師匠をつけて、直接剣の修行に励むことは可能らしい。お前は潜在魔力数値がズバ抜けて高いからな。欲しがるギルドはすぐ見つかったよ」
「ギルド? 道場じゃなくて、直接ギルドに入れるの。しかも、師匠までつけてもらえるっ」
道場入りよりも難しいと思われていたギルド入りだったが。実は生まれつき魔力が強い設定だったらしく、あっさり決まった。
「ああ、しかもお前が最も気にしている鳳凰一閃流の師範代だ。その名も『スメラギ・S・香久夜』様……かつて隣国で一世風靡したイケメン聖剣士チームのセンターだった方だよ!」
「えっ……あの超有名な伝説のイケメン、スメラギ・S・香久夜ぁぁっ?」
お父様が自慢げに告げた名に、思わず頭がショートする。その名は、乙女ゲームが流行りたての頃に一世風靡した超人気イケメンキャラの名前だったからだ。
断罪回避のその後の人生が、まさか別の乙女ゲームのキャラとの出会いだったとは。
――断罪の運命を回避して、ゲームのシナリオが……変わった!