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転生公爵令嬢改め、乙女剣士参ります!  作者: 星里有乃
第3章

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第13話 太陽が最も短い、空の下で


 辺境地の裏山にひっそりと封印されていた悪霊の祠は、想像していたよりも厄介な霊魂がうじゃうじゃとしていた。


『お願い、私……まだやり残したことがあるの。助けて、助けて、ここから出して!』

『ねぇ、僕……なんでこの祠にいたんだろう。お家は、学校は? キミは誰……』

『ダメ、私……ここを離れない。だって待ち合わせしてるから』



 私とカズサが足を踏み入れた禁断のその場所では、既に霊魂達が悪霊としての力を蓄えて周辺を荒らした後だった。この世に未練を残したまま行き場もなく彷徨う者の霊、自分が死んでいることに気がつかないまま肉体に戻ろうとして右往左往する者、恋人を待ち続けて長く留まろうとする者も。

 足のあたりにウゾウゾと黒い瘴気が絡み付いてきて、思わず霊力短刀で払い除ける。


 シュイィイイイイッ!

 ザシュッ! ザシュッ!


「きゃっ私達は貴方たちを助けにきたのよ! 分かって」

「紗奈子、大丈夫かい?」


 剣技の腕もなかなかの薬師カズサと協力して、自分の脚を傷つけないように気を揉みながら戦っていく。ある程度の霊魂の群れが落ち着いたところで手を止めて小休憩、どうやら中にはもっと大きな魂が眠っているらしい。早く祠の札を元どおりにして封印してやらないと、里の方まで危ないだろう。


「はぁはぁ……想像以上に危なっかしい霊がいっぱいじゃない。雨宿りの里周辺って、何かの慰霊碑かなんかだったの」

「大まかには紗奈子の予想通りかな。もともとこの辺りは……異世界転生者の魂が、お稲荷様に挨拶に行く際の中間地点だったんだよ。けど、全ての魂がお社まで辿り着けるわけじゃなくてね。中間地点だったこの場所を最後の輪廻で訪れる里ってことで、定住地にしたのさ」


 雨宿りの里はまるで楽しい観光地のような売り文句だったが、実のところ、行き場のない魂を回収する役目を果たしていたようだ。その辺りの事情にカズサが詳しいことに違和感を覚えるが、今は彼のバックボーンを追求している暇はない。


「まさか、里のキャッチフレーズにそんな秘密があったなんて。それで異世界転生者の魂が、自然とこの辺りに辿り着くのね」

「ただし、地球に未練のある霊魂は里には呼べず浮遊しっぱなしだったから、この祠に封印したんだ。この札でね……」

「そうだったの。じゃあ、この霊魂達は改めて神様のところへ送ってあげないとダメだわ」


 回復ポーションでひと息入れて体力をチャージしたところで、おそらくこの祠のボス格であろう魂と対峙する。大きな黒い瘴気はヒトの形作っているが、元の姿がどんなだったかは分からないほどモヤで覆われていた。

 だが、シクシク泣くか細い、けれどある程度の年を重ねた大人の女といった感じの声から察するに、実体は妙齢の女性のようだ。彼女を祓わないと、祠の奥にある封印の札の設置台に辿り着けない。せめて私が気を引いている隙に、カズサが札を納める時間が欲しい。


『約束したのよ、結婚しようって! 私を故郷へ連れて行ってくれるって、あの時話したよね。何年も、何年も、私、あの人が迎えにきてくれるのを待っているのに! どうして迎えにくれないの? もしかして、あなたのせいなの……ねえ、彼に会わせてよっ』


 キィイイイイッ! ビュッビュッ!

 ヒステリックな叫び声をあげて黒い瘴気が襲いかかってきたが、霊力短刀で攻撃を弾く。


「私のチカラでは、あなたの恋人と対面させることは出来ないわ。それどころか、このまま悪霊として定着してしまったら、成仏だって出来ないわよ!」

『煩い、煩いっ! お前なんかに私の気持ちが分かるものかっ!』


 悪霊達の元締めらしき魂は、まだ来ぬ恋人をずっとこの異世界で待ち続けているうちに、悪霊になった様子。好きな人に会えない辛さは、ヒストリアと離れ離れになっている私には痛いほどよく分かる。けれど、同情してしまったら、自分まで取り込まれてしまうだろう。

 目配せをして私が短刀で応戦しているうちに、カズサには封印の台座で札の設置作業をしてもらう。


「封印の札は、全て納めたよ。殆どの悪霊は再び眠りにつくはずだけど……」

 カズサと協力しあった努力が実り、これで封印は完了……のはずが、時既に遅し。この女性の魂は外で暴走していた悪霊同様、強制的に天へと昇らせなくてはならないようだ。


「可哀想に。自分が異世界で彷徨っていることすら理解していないのね。けど大丈夫……その因果、断ち切ってあげるっ。はああぁああああっ!」


 ザシュッッッッッ!


『あぁっ! せめてもう一度、あの人に会いたかった……』

「きっといつか会えるわ……それまで安らかに……」


 シュイィイイイインッ!

 女性の魂だったはずの黒い瘴気は、乙女剣士の因縁斬りの刃の技で因果を失い、やがて白い煙となって消えた。


「……お疲れ様だったね、紗奈子。ずっとここにいるのはよくない……出よう」

「ええ……」


 何かが、何処かで、歯車が狂えば。私もヒストリアのことを想って、この魂のように悪霊になっていたかも知れない。他人事とは思えない女性の魂に祈りを捧げて、カズサと共に祠を後にする。一つ間違えれば、自分もこの祠に封印されていたという可能性と、天に昇った彼女達への哀悼の痛みを感じながら。


 祠を出て空を見上げると、太陽と雲の間から、チラホラと早めの雪が降り始めていた。



 * * *



「封印の祠クエスト、ひとまずはクリアしました」


 疲労辟易とした脚をなんとか動かして、雨宿りの里の拠点であるギルドカウンターに戻り、クエスト終了を報告。


「まぁお疲れ様、紗奈子さん! カズサ君も助っ人してくれたのね。フィード君はまだ女神様へのおつとめで帰ってきていないけど、先に温泉で休んできたら?」


 この施設には観光案内所以外にもギルド、ショップ、宿泊所、食堂、温泉と必要なものがすべて揃っていて、とても便利だ。定住してしまう冒険者が多いのも頷ける設定だが、それも作為的に作られた物だと考えると妙に納得する。


「はい。そうします! たくさん動いたし、温泉で汗を流したいわ。美容にもいいそうだし、ヒストリアの具合が良くなって再会する時までにお肌を整えておかないと」

「あらあら。やっぱり新婚さんなんだね、紗奈子さんは……。大丈夫、ヒストリアさんならきっとうちの里の薬で良くなるよ」

「ええ……信じています」


 夫のヒストリアの薬を取りに来たというのが、本来、私とフィード様がこの里に来た目的だ。今は里が土砂災害の影響で閉じ込められて、会えないだけで……会える日が来るはず。あの祠に閉じ込められていた霊魂達とは、違う。


(けど、祠に閉じ込められていた霊魂といい、土砂災害で封鎖された里といい……。実はよく似た状況であるには変わりないのよね。まさか……いや、考えすぎか)


 一瞬だけ、自分でも気付いていないだけで、『この雨宿りの里も先ほどの封印の祠も役割としては、全く同じ物なのではないか』という疑念が胸の内に沸いた。すると、助っ人同行してくれたカズサが、労いの意を込めながら私の肩をポンッと叩いてきて、思考が停止する。


「それにしても、紗奈子は心身ともに強いね。素敵なお嫁さんを貰っているヒストリアさんが羨ましいよ。もっと早く紗奈子に出会えていれば、僕がキミの相手役になれたのかな……なんてね。きっとヒストリアさんは良くなるよ……今日の温泉は、柚子を浮かべたそうだ……風流だろう?」


 柚子湯とは、珍しい。

 今の季節は秋のはず。本来ならば、柚子湯は冬至ではないだろうか。


「へぇ……まるで冬至みたい! あら? けど、暦としてはまだ冬至には早いはずよね」

「ん……いや、もう時節柄、冬至のはずだよ。ああ! ゼルドガイアでは東の都と風習が違うから、よく分からないのか。冬至っていうのは、一年で最も太陽が短くなる日。12月の終わり頃に行う太陽の復活を祝う一大イベントなんだ。まぁそれはともかく、柚子湯で温まって、疲労を回復しちゃおう!」


 にこやかに微笑むカズサは流石、スローライフ系乙女ゲームの人気ナンバー1キャラといった美しさ。典型的な和風イケメンのキラキラとした笑顔に誤魔化されそうになるが、どう考えても時間の流れがおかしい。


(……! 12月の終わりって、一体どういうこと? まだ、この里に閉じ込められて数日のはずだわ……私がここに来たのは秋の半ばなのに。いつ、どのタイミングで時間が経過したっていうのっ)


 祠のクエストを受理した時点では、確かにまだ秋だった。けれど、クエストを終了して祠を出た時には……雪が降っていた。不自然な時間経過のタイミングとしては、あの時?


 不可解な展開に背筋が凍るが、それすら側から見れば冬の寒さに震えているだけなのだろう。


 この日から、私は『雨宿りの里』というスローライフ系乙女ゲームの世界に、みるみる飲み込まれていった。


 ――太陽が最も短い、空の下で。


* 次回更新は、2021年1月中旬頃の予定です。

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* 2023年04月30日、連載完結しました。 * 主人公紗奈子が異世界に留まるか地球へ戻るかが不明瞭だった当作品ですが、結論を出してからのエンディングとなっております。 * ここまでお読みくださった読者様、ありがとうございました! 小説家になろう 勝手にランキング  i907577
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