選ばれなかった庭師アルサル目線:02
あれよあれよ、と。
庭の改築作業を一旦中止して、辺境に閉じ込められた紗奈子の救援作業を手伝う流れとなっていた。爺やさんが改めて、資料を元に計画を説明し始めた。
「デイヴィッド先生の建築魔法を駆使して、土砂崩れにより落ちた橋を修繕。いえ……新しいものに変えるという計画で」
「ええ。偶然とは言え、スケジュールを紗奈子さんの新婚生活をよりよくするため、庭の改築作業に充てていた期間ですし。居住者がいない庭を改築するより、居住者本人を助ける方が重要だ」
「現地の報告によると、土砂が起きた周辺の片付け作業はゴーレム達に命じて、早急に進めているとのこと。ですが大規模な建築魔法をすぐに使える者は、東の都でも少数。デイヴィッド先生の魔法があれば、百人力ですな」
土砂崩れの復旧や崩れた橋の修繕は、地球での常識ならば結構な時間を要するはず。だが、流石は異世界といったところか、手間がかかりそうな土砂の片付けは便利なゴーレム達にお任せだ。さらにデイヴィッド先生はかなり高度な建築魔法の使い手で、急ピッチで橋を架け直すことが出来る。
雨宿りの里は自給自足の辺境地だから、閉じ込められているとはいえ紗奈子も衣食住にはしばらく困らないだろう。けれど、万が一のことも考えて、外界とのルートを短期間で回復出来るのは不幸中の幸いと言える展開だ。
「もちろん、アルサルさんも同行するということですよね?」
「ああ。建築魔法を使うのはオレだけでも出来るけど、魔法に耐えられる丈夫な石材や煉瓦はアルサルの錬金術が頼りだな……出来るだろう? アルサル」
「あっはい。全力で取り組ませて頂きます」
そんなわけで孤立集落と化した雨宿りの里に再び橋を架けるのが、建築家であり庭師であるオレとデイヴィッド先生に託された任務だ。不可思議な現象に対抗出来る錬金術の心得があることも、オレに白羽の矢が立った理由。
――決してオレが、紗奈子と一時とはいえ恋仲になった男だから、この話が舞い込んできた訳ではないのだ。
分かっている、分かっているけれど……。心の何処かで、オレの中の薄暗い部分に潜む悪魔が、『紗奈子という女はまだアルサルという男を必要としているんじゃないか』って、囁いてくる気がして。
何度タイムリープしても懲りないのか、紗奈子を掻っ攫いたいという悪い気持ちが疼いて来た瞬間。勘が良いのか、黙って会話の流れに耳を傾けていたクルルがスッと手を挙げる。
「あの、すいません。僕、もうお嬢様のメイド役からは、一旦外されているんですけど。でも、僕としては……大切な紗奈子お嬢様をこのまま、放ってはおけないんです。僕も行きます! 偽りの姿メイドのクルルではなく、エクソシストとして。謎の多いいわく付きの里ならば尚更、僕のチカラも役に立つかも知れません」
「確かに、いわく付きの土地に無防備な状態で挑むのも危険か。悪魔祓いが出来る者がいた方が安全だろうな。まぁ今回の敵は悪魔というより、女神様のようだがね」
意外なことにクルルからの同行の申し出を了承したのは、堕天使のデイヴィッド先生だった。先ほども、デイヴィッド先生が悪魔祓いされたらどうするのかと、不安になったくらいなのに。いや、悪魔を名乗っているとはいえ、元々は天使だから心配するほど祓われる危険性は無いのだろうか。
「では、決まりですな……出立は明日の予定です。ルートとしては、ゼルドガイアの自家用飛空挺で東の都の領空まで飛び、その後、列車に乗って山を移動します。早ければ三日後くらいには、橋を架ける魔法陣を設置出来るでしょう」
* * *
久しぶりの飛空艇、そして旅行用列車。この乙女ゲーム異世界における空の道は、浮遊モンスターなどとの遭遇率も高く、決して安易ではない。だがオレ達が東の都に向かうことは、神が決めたシナリオの意思のようで、天候にも運にも恵まれた。
モンスターとのバトルもなく、特にこれと言ったアクシデントもない、順調な旅路だ。
列車のボックス席は四人がけだが、スペースに余裕を持つためにオレとデイヴィッド先生、クルルと爺やさんの二つのボックスに分かれた。錬金用の術式の準備などでテーブルを使うため、大の大人の男が四人でぎゅうぎゅう詰めはちょっとだけキツいのだ。
作業はもっぱら、羊皮紙の上にサラサラと錬金魔法陣や呪文を書き込んでいくのがメイン。橋の材料となる特殊な石材や煉瓦を、この羊皮紙の術式で喚び出すのである。何枚目かの術式書が出来上がったところで、向かいの席に座るデイヴィッド先生から食事休憩を勧められる。
「アルサル、錬金の準備に精を出すのもいいが、もうとっくに昼餉の時刻を過ぎている。ちょっとは休憩した方がいい。我々の国でも『兵士は胃袋で歩く』と言うが、『腹は減っては戦はできぬ』と、東の都でも言うらしい。ほら、ビーフステーキサンド。お前、こういうの好きだったろう? 東方風のスパイスはなかなか、刺激的でいけるぞ。ドリンクの玉露とやらも渋みがあっていい感じだ」
差し出されたボックスには、軽食には豪華な分厚めのビーフサンドイッチ、そしてポテトサラダがちょこんと添えられている。ドリンクの冷たいペットボトルは東方ならではのグリーンティーで、漢字と英語で玉露入りなのがアピールされていた。
以前、オレが仕事中にビーフステーキを喜んでいたのを、デイヴィッド先生は覚えていたのかも知れない。
「えっ……もう14時過ぎですか。確かに、何か腹に入れておかないとキツいですね。いい加減、昼飯にします……へぇ東方風ステーキサンドか、頂きます。んっ……ワサビが効いてるけど、醤油とマッチして旨い」
「そうか、このスパイスはワサビという名前か。醤油は何度か食べたことはあるが、ワサビは初めてだ。おっ……外の景色もだいぶ東方の風情が色濃くなって来たな」
旨い食事に綺麗な景色、これが本当にただの旅行だったら、良い心の洗濯になるのだろう。けれど、今回の旅の目的はあくまでも紗奈子達の救援、気を抜いてはいけない。橋を架けて、紗奈子を助けて、それから、それから……。
(この窓から流れていく東方特有の和の景観も、澄んだ青空も、時折すれ違う鳥達も……みんな数日前に紗奈子が夫のヒストリアと愉しんだ新婚旅行の思い出の情景。どうして、紗奈子の隣にいるのが、オレじゃなく兄のヒストリアなんだ)
二人が愛を深めるために寄り添って眺めた景色を追っているだけだと思うと、次第に胃のあたりがピリピリしてきて、暗い暗い気持ちが再び湧き上がってきた。せっかく好物の弁当を用意して貰ったのに、これではいけないと、もう一度ビーフステーキサンドを頬張る。
思わずじんわりと涙目になるのは、きっとツーンと辛いワサビのせい……ということにして、片恋の痛みを腹の奥底に沈み込ませた。
 




