第08話 気がつけば誰かの手のひらの上で
「そんな……このキャッチフレーズは、地球にいた頃に流行していたスローライフ系の乙女ゲームのものだわ! 次に行く里は、そこがモデルになっている可能性もあるってこと?」
「確か、異世界転生者達の前世の世界では、我々の世界が御伽噺やゲームの世界として登場しているんでしたな。チャネリングか何かで、遠いところから情報を取得しているのでしょうか」
爺やさんが異世界サイドからの疑問点をふと挙げるが、ゲームシナリオを書いている人達がどれくらいの割合でチャネリング能力を持っているかは定かではない。
「どうして異世界が地球で御伽噺やゲームとして登場しているのか、カラクリは分からないけれど。まるで魔法がかけられているかのように、ゲームのシナリオと、異世界はリンクしているんです。ゼルドガイアに関しては、中世風の異世界を舞台にしたゲームシナリオと被っていたけれど。東の地域に来てからは、別のゲームのシナリオが混ざっているみたい……」
「ふぅん。具体的にスローライフ系乙女ゲームとは、どのような世界観なんだい?」
「そうね……具体的には……」
守護天使フィード様にスローライフ系乙女ゲームのシナリオを問われて、自分なりの定義を説明していく。
スローライフ系乙女ゲームとは?
ゆったりとした時間設計で、自然豊かな環境の中、日常生活を送ることをメインとしたゲームを『スローライフ系』と呼ぶ。定番設定としては、とある村や里で暮らすことになった主人公が、釣りや炭鉱、農作業、料理などを楽しみながら、住人達と交流を深めるというものが多い。
これらのスローライフ系ゲームの中には、人生の転機として結婚や出産を組み込んでいるものも見られる。イケメン達との交流や、恋愛をゲームのメインとして捉えているゲームを『スローライフ系乙女ゲーム』と定義したいと思う。
また、恋愛要素以外にも可愛い動物なども登場し、部屋作りなどのドールハウス的要素もあり、普段ゲームをプレイしない層にも支持されている。心に潤いを与えてくれるジャンルとして、女性に大人気だ。
ひと通り自分なりの見解を交えつつ、ゲームジャンルの特徴について説明したけれど。肝心の問題点となりそうな部分までは、上手く説明出来なかった。
「えぇと……紗奈子、ずいぶんと焦っているようだけど。そんなにそのスローライフ系乙女ゲームってものの舞台に足を踏み入れるのは、危険なことなのかい? 随分と平和で、安全そうな世界観じゃないか。それに、ゲームって言うからには最悪の場合、クリアしてしまえば問題解決なんじゃないの」
「それが、スローライフ系は人生をそこの村や里でずっと過ごすことを目的としているから、明確なストーリークリアがないのよ。やることがたくさんあって、ずっと遊べて……一本のゲームソフトとしては充分すぎるくらい面白いわ。けれど、もし万が一、そんな世界に閉じ込められたら……」
そう……私が、スローライフ系乙女ゲームの里に移住を希望している場合ならば、次の目的地には何ら問題はない。むしろ、素敵な場所に移住出来ると喜ぶかも知れない。けれど、今の私には、ゼルドガイア第三王子の妻という立場というものがある。
「なるほど、つまり……ゲームシナリオ通りの展開がやってきて、里から帰れなくなることを恐れているのか」
「確かに、観光客が不思議と移住してしまうという噂話からしても、目に見えない何かのチカラが働いているような雰囲気すらありますな。しかし、移住には里の者と結婚が必要のようですし、紗奈子様にはチカラが及ばないかと」
私が異国の里に定住することは立場上不可能だし、既に夫であるヒストリアがいるため、里の住民と恋愛することはあり得ないのだ。
だから、それほど心配する必要も無いのかも知れないけれど……それでも、ゲームシナリオの強制力が発動した時のことを考えるだけで、不安になってしまう。
「……ごめんなさい。いきなり、怖気付いて。でも、ヒストリアのことを考えると、薬草は必須だし。私は既婚者だから移住者条件に合わないし、考えすぎよね。今はヒストリアの呪いを解くことだけを目指していくわ」
冷たい麦茶を飲み干して、どうにかして気持ちを落ち着かせようとするけれど、心のモヤモヤはすぐに飲み込めるほど簡単ではない。
その後、薬草を隣の里から送ってもらうことも検討した。が、呪い解きの薬草は在庫が切れており、やはり直接自分達で採取にいかなくては治療が間に合わない状態だった。結局のところ、私とヒストリアは……あの狼達の群れに襲われた瞬間から、スローライフ系乙女ゲームの因果に巻き込まれていただけなのだ。
* * *
ヒストリアの看病のために治療センターへと戻る爺やさんを見送り、いよいよ私とフィード様は隣の里へと足を踏み入れることになった。竹林を抜けると長い長い木製の橋がかかっていて、ざわざわと風が橋の素材となる木を軋ませる。周囲の滝の音が轟々と鳴り響き、橋の下には激しい川の流れ。
「……ついに、隣の里との境界線にまで来ちゃったけれど。なんだか話よりも、ずっと激しいコースじゃない。随分と長い橋よね……引き返す猶予を与えているかのような」
眼前の橋はお世辞にも安全とは言えないような老朽ぶりで、足を踏み外したらと思うだけで、ゾッ……としてしまう。隣の里までは安全なコースが多いと聞いていたのに、あれは嘘だったのだろうか。それとも既に私達は何者かの手によって、神隠しにでも遭っているのだろうか?
「どうする? 橋そのものがかなり古いもののようだし、迂回して別ルートから行こうか。パンフレットによると……女神の泉見学コースっていう三十分ほど遠回りするルートがあるね。女神様へのお供えを忘れずにって……」
「泉の女神様か……まるで金の斧の御伽噺みたいね。無事に帰って来られるように、願掛けも兼ねてそっちのルートに変更しましょう!」
ギシギシと軋み続ける橋に挑戦するのは断念し、女神が宿る泉を見学する迂回ルートを選ぶことにした。きっとこうして……気がつけば誰かの手のひらの上で、スローライフゲームのシナリオは着実に進んでいくのだ。




