第04話 彼は私の盾となる
ボディガードのメンバーと異空間によって引き離されたため、こちらは二人、敵の狼モンスターは六匹。数では向こうが三倍有利だけど、賢者のヒストリアは全体攻撃魔法を使えるし、魔法攻撃メインで私がサポートに回ればそれほど難しい相手ではないはず。
「ふんっ。威勢だけは一人前のようだな、彷徨える魂の娘よ。だがお前達に、我々を倒すのは困難だろう。くくく……無力なカップルで、そのまま大人しく引き下がるか? 短剣を構える手が、おぼつかないように見えるが」
「おあいにく様、これでも剣士と賢者のバトルコンビなのよ! あなた達くらいのモンスター、けちょんけちょんにしてやるんだからっ」
売り言葉に買い言葉とはよく言ったもので、やたらと煽ってくる狼モンスターに対して、思わず喧嘩越しになってしまう。実のところ、この数週間は新婚生活に専念するため、殆ど剣の修行を行なっていない。一人前の剣士を目指すなら本来は落第点かも知れないが、王室に嫁ぐということで夫婦間を仲良くさせる方を周囲の人々が優先させたのだ。
内心は狼モンスターの指摘にギクリとしながらも、せめて上辺だけは弱いところを見せたくないと必死だった。
「では、お手並み拝見としよう! この爪の連撃、かわせるか?」
「くっ……」
ビュッビュッシュッ!
ボス格の狼モンスターが号令をかけると、一斉に手下が私に対して鋭い爪で連続攻撃を仕掛けてくる。ショートダガーで辛うじて攻撃を防ぐけど、これ以上連撃されると、流石に無傷とは行かない。
「紗奈子、下がって! 氷の精霊よ、荒ぶる刃となり敵を殲滅せよ!」
ダダダダダッ!
ヒストリアが杖を振り、氷系の攻撃呪文を放つと狼モンスターを足止めするように、地面に氷柱のような刃が突き刺さる。
「えっ……今の攻撃で、無傷だなんて。嘘でしょう?」
「どうやら相手は見た目の形状を狼に似せているだけで、身体の構成は物理的なものでは無いらしい。いわゆるエーテル体というものだろうか、厄介だな」
「エーテル体って、守護天使様とか精霊様みたいに物理攻撃が効かない系統で、私達人間とは異なる肉体の構造ってこと?」
直接的に相手のダメージになっているかというと、そうでも無い様子。私達人間の感覚だと刃物で斬られれば傷がつくのが通常だけど、霊魂を本質とするエーテル体は物理的なダメージに強く、その中の魂に攻撃を仕掛けなくては倒せないとされている。
このノーダメージの様子から察するに、やはり狼モンスター達の本質は幽霊や天使のようなエーテル体というものなのだろうか? すると、攻撃呪文が効かないことに勘付いたヒストリアを嘲笑うように、ボス格の狼モンスターがクスクスと再び煽り始めた。
「はははっ。その魔法攻撃は足止め程度にはなるだろうが、残念だったな。我々には属性攻撃の類は効かないのだよ。さらに大抵の物理攻撃もエーテル体である我々には通じぬ。お前達はジワジワとヒットポイントを削られて、神域の手前で志半ば崩れ落ちるのだ! 残念だったな。【あのお方】のところまであと一歩というところで」
「あのお方……一体何を言っているの?」
「ふんっ。白々しい小娘だ。この山を登り神域に足を踏み入れようとする者は大抵、あのお方への御目通りを目的としている。都合よく万全の状態で、地球とやらに戻ろうなんざ、人間側の都合でしか無い。生きるということは喜怒哀楽を体感すること……苦悩と苦痛を味わいながら、生きていることに感謝しなければならんのだっ」
一旦止めていた攻撃の手を再開して、さらなる連撃を私とヒストリアに浴びせる。気がつけば狼モンスターの数は、倍以上に増えていて、私とヒストリアはすっかり追い詰められてしまっていた。
「すまない、紗奈子。まさか僕たちの攻撃が両方とも効かないなんて、せめてキミだけでも離脱できるように魔法で何とかしよう。異空間の外に出られれば、あとはそのショートダガーがキミを守ってくれる。守護天使様達なら、異空間に裂け目を入れられるだろうし」
「ダメよ、ヒストリア! 乙女剣士は絆のチカラが重要なんだから、貴方が欠けたら私は剣士ですらなくなるわ。それに……経緯はどうであれ、私達、永遠を誓った夫婦じゃないっ! 今更、放流しようったって離れないんだからっ」
「紗奈子……」
逃げ道もなく打つ手もなく、不安な状況。私がヒストリアの腕を離さないようにキュッと掴むと、彼も私の肩を抱き寄せてくれた。金色の揺れる前髪、青い透き通る瞳は陰りが見えて、いつもの彼より大人びて見えるのはきっと気のせいじゃない。おそらく、封じられていた彼の地球時代の記憶が、徐々に解かれつつあるせいだ。
攻撃がメインの私とヒストリアだけど、実のところ錬金術の使い手であるアルサルのサポートあってこその体制だったと思い知らされる。私とヒストリアの足りないところを上手く補い、いざとなれば後方の戦闘も任せられるアルサルは万能なサポーターだった。二人で絆を結び、何処でも戦いに行けるつもりになっていたけれど、バトルメンバーとしてパーティーが完成するのは、『剣士』『賢者』『錬金術師』の三人体制なのだろう。
(本当は……こんな時にアルサルが居てくれたら、錬金術で罠箱や薬を作って打開策を見つけてくれるのに!)
するとヒストリアも同じ考えが頭をよぎったのか、懐からアルサル特製の小さな錬金ボックスを取り出す。ボックスには可愛らしい小妖精のマークが描かれていて、そのアイテムが空間仲介役の小妖精を召喚できるアイテムであることを現していた。小妖精への依頼賃として、先程のお土産店でウイロウのおまけとしてもらった飴玉を取り出し、ボックスに入れる。
「外の守護天使様に助けを……」
コロン! と、飴玉が吸い込まれる音がして、依頼が受理されたことが確認出来た。あとは小妖精が、異空間の外のボディガード役の人達に訴えかけて、空間を裂いてくれるのを待つだけ。
「ようやく観念したようだな、彷徨える魂よ。二人まとめて冥府の迷宮へと送り込んでくれる」
ザシュッザシュッザシュッ!
「きゃあっ」
「うっ……紗奈子、大丈夫、大丈夫だよ」
「えっやだ、ダメよ。ヒストリアッ」
もはや防ぎきれない攻撃の連続、私を庇うようにヒストリアが盾となり、全ての攻撃を受け止める。
(嘘でしょう? まさか、助けが来るまでこうして私を庇いながら、時間稼ぎをするつもりなの?)
「くはははっ。その優男の体力が、どこまで持つかな?」
私を抱きしめたまま、その背に傷を負っていくヒストリアは、次第に命を消耗していく。
(お願い、早く、早く……! 守護天使様、誰か……この閉ざされた異空間を開いて!)
ギギギギギギ……!
祈りが届いたのか、背後から裂け目が出来るとともに外の日差しが溢れ始めた。それは希望という光が再び、私達に訪れた合図だった。




