第12話 新婚旅行は夢の狭間に
有名芸術家デイヴィッド先生とアルサルが私とヒストリアの住む邸宅の庭造りを行っている間、しばらく工事の関係で家に住めなくなることが判明した。大掛かりな庭の改築には、住まいの方にも手を加えたり木を切り倒したりと工事が大掛かりなため、期間中は住むのには適さないという。
その期間仮住まいを探すか、ホテル暮らしをするか? はたまた実家にお世話になるのかなど、いろいろな案が検討された。するとある休日、邸宅の所有者であるゼルドガイア国王が改築工事前の視察に訪れ、私とヒストリアにあるプランを提案してくれた。
「ふむ、ヒストリアと紗奈子君は正式な新婚旅行がまだだろう? いい機会だし、二人きりでゆっくりと羽を伸ばしたらどうかね」
ソファに腰掛けハイブレンドの紅茶を味わいながら、しれっと新婚旅行オススメプランのパンフレットをテーブルの上に差し出すゼルドガイア国王。
「えっ? 新婚旅行ですか。学業の方は、もう単位は習得済みなのでいいんですが。仕事もまだたくさんあるし、なかなか長期間の旅行は考えられなくて」
「だがなヒストリア、王家の男の役目には、我がゼルドガイアの血を絶やさぬよう子孫繁栄も重要だぞ。ヒストリアは信仰が厚く根が真面目だから、仕事ばかりして子作りする時間が取れないのではと心配でな。せっかく好きな女性と結婚したのだから、もっと遠慮せずに休みを取って子作りを重視しても誰もお前を責めないぞ」
仕事が片付いていないのは本当のようで、確かにヒストリアはこの三週間ばかり帰りが遅いことが多い。浮気なんかしない人だから信用しているけれど、前回夫婦の営みがあったのは例の改築工事が決まった夜だけで、それ以降はすれ違いのような忙しい生活だった。
ヒストリアの父であるゼルドガイア国王は、どうやら早く孫の顔が見たいようだ。ゼルドガイア王家では現在、王位継承者である第一王子から第三王子のヒストリアまで全員既婚となっている。王の隠し子であるアルサルを省いては。
だが、孫は『王位継承権の無い幼い王女のみ』で世継ぎとなる『孫世代の王子』が誕生していなかった。
(天使のように麗しいヒストリアのイメージは、実の父親から見ても子供を作ったり欲求に身を任せるタイプには見えないということかしら? 最近は忙しいから、この三週間位そういうことをしていないけど。こう見えても夜は意外と積極的なんですよ、なんてお義父様に言えないし)
私がなんとも言えず俯いて無言を貫いていると、隣に座るヒストリアが照れながら自分達の健全ぶりをアピールし始めた。
「おっお言葉ですがお父様、その……僕と紗奈子の間には、きちんと夫婦としての営みもそれなりにあります。確かにここのところは仕事の関係で、あれですが……。いやっあまり、心配なさらないでください!」
「おやおや、済まなかったな。ヒストリアは内気で奥手だし、紗奈子君はまだ少女にしか見えぬ外見だから。はははっ! おままごとの延長線上で、可愛らしい新婚生活を送っているのかとばかり。そうか、これまでには何度か夫婦の営みがあったか……よしっ。ヒストリアも立派な大人の仲間入りだっ」
「はぁ……もう余計な心配しないでください、お父様。僕と紗奈子の間には【乙女剣士の純潔の契約儀式】がきちんと終わっているのだから、ちゃんと夫婦の営みくらいありますよ。まったく……ほら、紗奈子が黙っちゃったじゃないですか。大丈夫ごめんね、紗奈子……顔赤いけど」
まだ昼間なのにお酒でも入っているかのようなノリについていけなくて、私は自分でも気がつかなかいうちに顔を真っ赤にしていたようだ。けれど息子が三人とも既婚なのに未だに一人も『後継となる男子の孫が出来ていない』となると、内心焦るのも無理がない。
一応、妻としてフォローを入れるために、おそるおそる義父である国王陛下に夫婦円満をアピール。
「ええと、ヒストリアさんはいつも優しくて……その、頼り甲斐があります。だから心配なさらないでくださいな。国王陛下」
「はははっ! そうかそうか、家庭でのヒストリアは頼り甲斐があるか。それにしても紗奈子君は可愛いな、孫はどちらに似てもきっと可愛いらしい子が生まれるだろう。ワシとしては孫に王子が生まれなければ、他国のように女王に王位を継承しても構わんのだが。一応、歴代の王位継承はほとんど男子なのでなぁ……」
もしかすると私やヒストリアにプレッシャーをかけないために、わざと戯けたフリをして息子夫婦の新婚生活を探りたかったのかも。それにしきりに孫、孫、訴えるゼルドガイア国王は、遠回しに『一刻も早く子作りをするように』と焦っているようにも感じられた。
「ではお言葉に甘えて、新婚旅行の検討を……あれっ? お父様、実はもうチケット購入していたんですか」
ヒストリアがパンフレットを手に取ると、旅行代理店の封筒にチケットが同封されていることに気づく。どうやら私とヒストリアの意思は半ば無視して、このパンフレットの旅行先に向かわせたいらしい。
「いやぁ……実はなヒストリア。子宝に恵まれる素晴らしい温泉が、東の都にあると聞いてな。運良く館一棟の貸し切りでプランに申し込めたんだよ。もちろん、この旅費はワシのポケットマネーだから安心してくれて良いぞ」
「あやかし温泉旅館東の都本店・子宝の湯……ですか。運営会社は、黒狐温泉連盟本部など……あのこれって、いわゆる東方地域の神様が運営している旅館なのでは?」
「そうなんだよ、東の都では神様が自ら旅館を運営しているそうで、その祈りの効果は抜群なんだ! 神様のご利益できっと良い子宝に恵まれるだろう。周辺には有名な神社仏閣があり、ゼルドガイアとは異なる風流さがある。東方地域までの道のりは、プライベート飛空挺を使っていいからな」
そう言ってニッコリと笑うゼルドガイア国王は、本当に子宝温泉の効果を信頼しきっているようで。私とヒストリアを改築期間中は、ずっと東の都の温泉郷に滞在させるつもりらしい。お目付役として、守護天使様達も遠巻きで同行するというから、そのメンバーもタイムリープ以前フラグを回収しているようだった。
(まさか断念したはずの東の都への旅を新婚旅行という形で、再び挑戦することになるなんて。まるでまだ、夢の狭間にいるようだわ)
チケット封筒の裏側には日本語で、『再びお待ちしております。早乙女紗奈子様、朝田ヒストリア……様』と文字が浮かび上がっていた。けれどその封筒はヒストリアが預かっていて、『彼の地球における名前』をその場で知ることは出来なかった。
* 次回更新は2020年6月7日(日曜日)、ヒストリア王子目線の閑話を予定。第3章は2020年7月開始の予定です。




