第06話 運命を断ち切る乙女ゲームを始めよう
日曜日の穏やかな午後、公爵令嬢ガーネットの正式な婚約者であるヒストリア王子が、ブランローズ家を訪問。病気で倒れた婚約者のガーネット嬢を見舞うために、大きな花束を国内で1番の花屋から買い付けてプロポーズさながらの様子だったらしい。
美麗な王子は多くの女性達の目を惹くが、婚約者のガーネット嬢に一途だともっぱらの評判だ。
だが、最近になって妙な噂も流れ始めている。ガーネット嬢とヒストリア王子はいずれ破局し、女学校の一般生徒と結婚するというもの。根拠はよく分からないが、前世の記憶を取り戻したと訴える女子生徒数人が口を揃えてそう語るのだという。
どうして、前世の記憶を取り戻した途端に、皆が口々にガーネット嬢の将来起こる不幸を語り始めるのか。
前世の記憶を取り戻す者は、ガーネット嬢と同じ女学校に通う同い年の娘ばかり。前世療法を得意とするスピリチュアルカウンセラーは、似たような内容の診断書をいくつも書くことになったとか。
女子生徒は、同情するそぶりを見せつつも、嬉しそうに顔を赤らめつつこう語った。
「私が前世で知り得たこの世界の将来が本物なら、ガーネットさんは日頃の我儘が祟って悪魔憑きとなり王妃様と揉め、国外追放になるのです。実際は、王妃様が悪魔憑きに遭っていて、ガーネットさんはそれを止めようとしただけなのですが」
「ほう、それは可哀想な話ですね。彼女の無実は証明されないんですか?」
「ガーネットさんが無実であることが判明するまでに数年かかり、その間にガーネットさんは行方不明になってしまいます」
これらのガーネット嬢追放エピソードにはバリエーションがあり、『悪魔憑きが原因で王妃と揉める』パターンの他にも、『同学年の女子生徒を怪我させたというガセネタで追放』というものもある。
まるで、この世界で起こる出来事には、いくつかのルートがあるかのようだった。
だが、最後に前世の記憶を取り戻した女子生徒達はこぞって皆こう語るのだ。
「可哀想だけど、ヒストリア様と結ばれるのは乙女ゲームのヒロインである私だから……」
また、生徒によっては『推し』や『攻略対象』が異なるとかで、敢えてヒストリア王子のことは選ばないという者もチラホラ。
例え前世の記憶を取り戻したとしても、別のことをやりたいと言い国外へと移動する者もいるらしいが。女学校に留まる記憶所有者の方が多いだろう。
街の若い女子生徒達にとってヒストリア王子は、眉目秀麗で憧れの存在だ。けれど、第三王子という立場、そして側室の息子ということから考えても、現在の王位継承権は第三位かそれ以下になると言われている。
ヒストリア王子の花嫁になれたとして、王族入りこそ出来ても国王の妻になれるわけではない。
何故、女子生徒達がそこまでヒストリア王子と結ばれるのは自分であると思い込めるのか、集団催眠か何かなのではないのか……。
解決策が見つからない謎の現象は、スピリチュアルカウンセラー達の中でも課題になりつつあった。ヒストリア王子も通っている魔法大学スピリチュアル医療学科では、有識者を集めて緊急会議が開かれた。
「前世の記憶を取り戻した女子生徒達は自分達を『異世界転生者』と名乗っています。そして、自分こそがこの世界の『ヒロイン』であると主張するのです。困ったことですな……本来は皆自分自身が人生の主人公。ヒロインは大勢いて当然でしょう。なのに、他人のことをランク付けしたり、モブや取り巻きと言った専門用語で呼ぶのです」
「診断書によると、大体の転生者はガーネット嬢を敵対視しており、あろうことか彼女のことを『悪役令嬢』と呼んでいます」
「若い男のことは『攻略対象』と呼び、ポイントを貯めてフラグを立てればモノに出来るという言い方をする者も。まるで、恋愛をゲームか何かのように捉えるのが当然のようだ」
「ゲーム! そうだ、カウンセリングを向けている娘たちは皆、この世界を『乙女ゲーム』と呼んでいます。これも特徴です」
「そして、ガーネット嬢の追放予定日である彼女の十七歳の誕生日パーティーを心待ちにしているのでしょう」
「可哀想に。ガーネット嬢はノイローゼが原因で倒れたとか。妙な噂が原因でしょうな」
そんな会議で話題になっているとは知らず、ガーネットはお見舞いに来たヒストリア王子と愛を確認しあっているのだろう。有識者の1人は、周囲に阻まれる若いカップルに心から同情していた。
「1番手っ取り早く妄信をなくす方法は、転生者の皆が楽しみにしている『ガーネット嬢の十七歳の誕生日パーティー』を開かないことでしょう」
「こればっかりは、ブランローズ家の当主が検討する話ですし。我々が口を出してしまっては、異世界転生という現象を認めていることになる」
「ガーネット嬢が本当に追放されるのかは、神のみぞ知る……と言ったところか」
* * *
ちょうど会議の真っ只中、時を同じくして話題のガーネット嬢は、ヒストリア王子とお見舞いデート中。
「君が病気で倒れた時に、悪魔憑きに遭ったという噂も飛び交っていてね。どうせ悪い噂だろうと思ったんだけど、僕なりに対処出来るアイテムを持って来たんだ。これ以上、悪魔憑きの噂を世間に流させないように」
「まぁ! ありがとう。この小さな箱の中身がそうなの?」
「うん。聖なる教本にも悪魔憑きに遭った者は、魔除けの香炉を部屋に焚けば悪魔が立ち去ると記されているんだ」
流石はヒストリア王子、気が利いていると感心しながら小箱を受け取るガーネット嬢。中には、小洒落た金色の香炉と魔除けのお香のセット。
身体が弱っているガーネット嬢に気を遣い、2時間ほどの滞在で城へと戻ることになったが、ヒストリア王子の想いは充分伝わっただろう。
2人のやりとりを遠巻きながら見守っていたメイド長は、ホッと胸を撫で下ろした。
だから帰りがけにヒストリア王子がひとこと、「ガーネットまで転生前の記憶を取り戻したと騒いでいたのかと思って、凄く心配したけど杞憂に終わりそうでよかった」と爽やかな笑顔で語っても普通に聞き流してしまった。
その晩、ヒストリア王子から贈られた香炉を、ガーネットの部屋の隅々に行き渡るように焚いた。
実は、そのお香の1つに『前世の名を贈り主に伝える魔法』がかけられていたのだが、そんなこと気づくはずもない。
* * *
真夜中の午前二時。
魔除けの香炉を介して、ガーネット嬢の前世の情報がヒストリア王子に伝わる。ヒストリア王子の書斎兼魔術部屋では、自動書記の魔法を展開中。羊皮紙にサラサラと記されていく彼女の前世の名、亡くなった当時の年齢とその日の出来事。
何か面白い遊び道具を見つけたように破顔して、ヒストリア王子は天に挑戦するように笑いながら叫ぶ。
「あははッ! やっぱりッやっぱりそうかッ。キミも所詮は、異世界転生者だったというわけかガーネット……いや、早乙女紗奈子! だけど、僕は君を逃がさないっ。さあ、始めようっ。乙女ゲームとやらの続きをッ! 断罪を君に運命づけた悪魔を君の心の剣で断ち切るためにッ」